コードギアス〜反逆のルルーシュ〜 

雪の花〜貴方に捧げるスノードロップ〜



 君にこの悲哀が聞こえているだろうか。
 僕の友人が、大切な人を亡くしたと泣いている。



 シャーリー・フェネットは最近出来た友人だ。とても明るい、思いやりのある屈託のない少女。人に痛みを知る彼女は、ついこの間、敬愛する父親を亡くした。
 黒の騎士団と日本解放戦線とブリタニアの正規軍。三者の交わる戦闘に巻き込まれてのことだった。
 彼女の父の葬式に参列し、その落とされた肩を、沈む背中の列を眺めながら。僕の胸は痛み、それとは別の感情もまた抱いていた。

 ―――ああ、僕らもそうだった。

 あの日、まるで天災にでもあったかのような唐突さで僕等は投げ出された。日常を奪われ、家族、友人、繋がりを持つあらゆる人々との連絡は途絶え、生死の確認もままならず。
 美しかった全て。醜かった全て。故郷(ふるさと)であった全て、焼け野が原へと姿を変えた。
 瓦礫の山を渡り、七年探し続け、諦めかけていた。
 瓦礫の道で足を引き摺り、七年彷徨い続け、祈ることをやめようとしていた。
 泣き叫ぶ誰もが煤で身を汚していた。悲しみと苦しみで疲れ切っていた。
 それでも彷徨い着た見知らぬ人間を目に留めると、縋るように腕を伸ばし、必死に身を出して訊ねる。
 大切な人の行方を。

 身振りまで交えて必死でその特徴を告げ、首を横に振られて失望に肩を落とす。
 僕も同じだった。
 やがて人々は落ちた肩が上がるものであることすら忘れてしまったかのように。俯いて足元ばかりを見つめる。

 いっそその死が分かっていたら、泣くことも出来るのに。彼女のように。彼女の母のように。彼女の親族のように。
 彼女の父の、友人達のように。
 そう思う度に、少しだけ彼女らの背に恨みがましい視線を向けそうになる自分に嫌悪が湧いた。

 君の生まれたその国は、いつだって好戦的だ。今だって戦(いくさ)を仕掛けてる。
 僕等が投げ出されたように、君達も投げ出される覚悟をしておくべきなんだ。なぜなら、それが君の地に足をつけて生きる、その世界なのだから。

 幼いあの日、君よりも尚

 身元も確認できずに埋葬されてしまったものも多くいる。積み上げられてまとめて火葬に付される死体の山。
 篝火の松明代わりのように積み上げられたそれらの人々はまとめて灰となり、忘れ去られていくのだ。
 僕はそれを知っている。
 僕もまた、それを見つめていた一人だったから。

 生死のはっきりしている知人は幾人かいる。それはとても幸福なことだ。恵まれている。
 生きて再会できた頑是無い友人は、ルルーシュとナナリーが初めてだった。
 僕が捜す友人達の中にも、身元も明らかにならずにああやって灰となり散っていったものもいるのかもしれない。考える度に、その視線を落とした。僕が俯き地面を眺めたところで、何もなりはしないのに。

 そして僕はまた考えてしまい、自分に嫌悪する。
 死体に会えただけでも幸せで。
 その死を確認できただけでも恵まれていて。
 家族に。友人に。そうと確認され、見守られて埋葬されること以上に恵まれていることなどはないのだと。
 僕の心は確かにそれを悼んでいるのに、ある一部分のどこかはそれを皮肉気な思いで見やり、暗い考えに囚われる。


 おまえ達の国に侵略された僕らは、もっと理不尽な死を与えられた。


 君達は忘れているけれど、今、君の生きるこの国は戦時中で。こんなことは、いつだって起こりうる想定内の出来事だ。
 僕の心の冷めた部分が嘆く彼女らの背中を冷たく見つめる。
 僕等に訪れたその侵略は、休戦協定を破っての突然のものだった。その影で、なぜ君達だけが、僕等が失ったあの『日常』をのうのうと甘受しているのか。
 僕の心の卑屈な部分が憤りに震えて訴える。震える拳を握り、唇を咬んでその背を睨み付ける。
 ああ、なんて理不尽な死を与えられたんだ。こんなにも悲しいことがまた起きた。食い止められなかった。
 僕の心の建前が、悔しさと遣り切れなさで叫ぶ。声にして。

 こんな僕だからこそ、君を否定しよう。
 君が誰であろうと。
 君がどれほどの嘆きと怒りと、そして憎しみの果てにその目を覚ましたとしても。
 駄目なんだ。
 駄目なんだよ。

 それじゃあ、駄目なんだ。

 こんなにも理不尽な死をばかり振り撒いて、どこで悲しみは終わるのだろう。僕はこんな風に考えてしまう自分が大嫌いで、こんな風に考えさせる出来事もたくさんだ。
 こんなのはもうごめんだ。終わりにするんだ。
 終わらせたいんだ。
 生きているのは辛い。でも、自分からは死ねないんだ。そんなことは出来ないんだ。そんな道を選ぶこと、僕には決して許されない。
 こんな僕には、そんな容易い道を選ぶ権利なんてないから。

 だったら、せめてこんな道を選ぶしかないだろう?

 だから僕は全力で君を否定しよう。君のやり方は、あの日の僕等をさらに生み出すと、確信できるから。
 僕はもう、名前のない死体を見送りたくはない。



 君にはこの嘆きが届いているのだろうか。
 大切な人が失われたと泣いている人がいるよ。
 けれどそれ以上に、孤独に誰もが疲れている。自分に繋がるあらゆる人の行方が知れぬと、行く当てもなく彷徨って―――。
 俯く気力もなく、虚ろに空を映して。



writing 2007.01.20_ちょい中途半端。なんだか上手く盛り込めなくて燃焼し切れなかった感じの作品。タイトルのスノードロップの花言葉は『希望、慰め』など。でも贈り物にすると『あなたの死を望みます』という真逆のものになるんだそうです。本当に隠された花言葉らしいので使ってみた。『雪の花』というのはスノードロップの別名です。『待雪草』という別名よりもこっちの方がタイトルとしてはさっぱりして気に入ったので採用。13話感想になっちゃうのかな。これって。14話を見る前に書いてしまえ。とは思った。スザクはもっと怒っていいと思う。理不尽だと叫んでいいと思う。つか叫べ。せめてもうちょっとだけでも。
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