sweet days
-午後の紅茶-
アレン18歳、ラビ21歳。千年伯爵とノアの一族、そしてAKUMAとの戦いが終結した世界で。 二人は共に、暮らし始めていた。 出会った頃はまだ幼児体形であったアレンも、今では女性らしく丸みを帯びた凹凸のはっきりとした、しなやかでスリムな姿を見せている。肩に届かなかった雪の煌めきの如き白髪は、腰を越えてその背に広がっていた。 白い肌とふっくらとした赤い唇。バラ色の頬と青い瞳。アンティークドールのような整った肢体の所々に小さな傷が見え隠れしているのが、彼女の過酷な人生の記録だ。中でも左腕と左目の付近に伸びる大きな傷痕が、これほどまでに整った少女の造作と合わせると酷く気の毒に感じる。 幸いなのは、当の本人であるアレンと、彼女が唯一自分の女性としての造作を気に掛ける対象である彼――ラビが、それらについてまったく意に介していないことだろう。もっとも、アレンの場合はラビが気に掛けないからこそ、それらの傷痕について負い目も劣等感を感じることがないのではあったが。 「ラビ」 小さく愛らしい唇を震わせて、名を呼ぶアレンの面(おもて)に浮かぶ表情は、これ以上ないだろう至福に満ちた微笑だ。そっと扉を開けて、中の様子を伺うように、控えめに掛けられる声。 ここは書庫だ。大好きな彼は、午後のお茶までの時間をいつもこの部屋で読書に費やしている。集中し出すと時間も忘れ、周囲の声も聞こえなくなる彼のこと。アレンはそんな彼の集中を乱さぬように、いつも控えめに、出入り口から先に踏み込まずに、そっと声を掛ける。 「ラビ」 けれど、それでは彼は決して気がつきはしないから、アレンは今度は足音を忍ばせて彼の横に立つ。彼の顔を覗き込むために腰を曲げれば、彼女の白髪がさらりと肩を流れて中に広がり落ちる。 アレンの顔が数センチにまで迫っても、ラビは未だ本に集中したまま、机に肩肘を掛けて足を組んだいつもの体勢で、本を読み続けていた。 アレンはそっと微笑を洩らす。気がついてもらえないことよりも、彼の隣にいられることの方がずっと嬉しくて、彼の集中の邪魔にならないことの方がずっと大切だったので、心は優しさに包まれるばかりだった。 暖かな陽射しがそっと室内を照らし始める時間、この書庫はほんの劣化を抑えるために、カーテンが開かれることはほとんどない。薄暗い室内で、アレンはそれでもはっきりと写る見飽きることのない彼の横顔に至福を感じていた。 その姿を目に写し続けることだけで、幸せだといわんばかりに。それは、いつもの彼と彼女の午後の風景。 「ラビ」 三度目の呼びかけに、今度こそ彼は視線を本から上げた。数度目をぱちぱちと開閉して焦点を合わせてから、首を横に巡らす。 予想に違わぬ愛しい姿がそこにはあって、彼もまた自然と微笑をその面にのせた。これもまた、いつもの彼と彼女の午後の景色。 本をぱたりと閉じて、彼は体をほぐすために伸びをした。ぐっと上に伸ばされた両の腕には、これもまたしなやかな筋肉がついていた。 無駄な脂肪の一切ない肉体というのは、男女の区別なく美しいものであると実感させるかのような肉体。椅子から立ち上がれば、彼女よりも頭一個分高い背丈に、アレンは今度は首を上へと傾けて、彼に声を掛ける。 「お疲れ様です、ラビ。お茶の用意ができてますよ」 「ん。ちょっと休憩さ〜」 「はい。今日は天気がいいので、庭でお茶にしませんか?」 「賛成〜」 云い、ぎゅっと彼女の肩に腕を回した。ラビに後ろから抱きこまれる形になったアレンは、まるで子供が母親におんぶを要求して甘えてるようだと、笑いを洩らす。 (こんなに大きな子供もいないけどね) そっと心の中で呟けば、彼女の笑いに気づいた彼がその顔を覗き込むようにして、肩口から顔をのぞかせる。 「な〜に、笑ってるさ」 少し拗ねた声。でも表情は相変わらず優しそうに微笑っていて。 だから、彼女はそっと微笑み返して答える。彼女の指先に、彼の唇が触れた。 「ラビが子供みたいでおかしかったんですよ」 人差し指でそっとおさえられた唇。そこに触れた指が離れていくのを僅かに淋しく思いながら、彼は戯言に付き合って言葉を紡ぐ。 「アレンの方が子供だろ?」 「じゃあ、ちゃんと立って歩いてくださいね」 いつまでも寄り掛かられていては、歩くことができなくて。お茶の時間を逃してしまうから。 優しく微笑みつきで云えば、彼はしぶしぶとした態度でアレンの体から身を離す。自分で離れてと云っておきながら、それが寂しいと感じて、アレンは胸中で苦笑を洩らした。 (いつもいつも、身勝手だな) いつも、甘えて身を寄り添わせてくるのは彼からで、甘えべたの彼女は彼からの抱擁を待つばかり。そして、それをまるで母親のようにいなす。 離れていく体温に淋しさを覚えるのはその度ごとのことで、きっと、彼も気づいている。 その証拠のように、体を離した彼は、今度は手を繋いでくる。これなら、二人並んで、一緒に歩けるから。 二人はそっと顔を見合わせて、微笑み合って。薄暗い部屋から春の日差しのあたたかな下へと歩んでいく。 これから仄かに甘く香るお茶を飲み、アレンの手作りのお菓子を一緒に食べて。時間があれば、買い物に出てもいいかもしれない。 今日は、本当に天気がいい。 彼の分は甘さ控えめに。アレンはラビのためのおやつを庭に出された丸テーブルに並べる。 お茶もお菓子も、量も香りも温度まで。すべて、彼の好みの通りに整えて。 甘い、甘いゆっくりと流れる時間。 風景として広がるそこには、アレンが手入れを欠かしたことのないガーデニング。少し気の早い春の花が、この暖かさに花弁(はなびら)を開かせている。もう少し時が経てば、まだ硬い緑の葉にも、新芽の鮮やかな薄緑が加わることになるだろう。 ラビが、ここでもやはり足を組んで椅子に座る。座ったときに足を組むのは、どうやら彼の癖のようだと気がついたのは、いつのことだっただろうか。 紅茶を飲むその視線の先には、彼女が先ほどまでその目に写していた花と緑と日の光り。 同じものを見ている。嬉しくて、彼女はまた、微笑んだ。 「ん?」 横目でラビが彼女を見やり、ちょっと不思議そうに目を瞬いたけれど。それも本当に僅かのこと。アレンがあまりにも幸せそうに微笑んでいるから、彼もまた、嬉しそうに微笑んだ。 ある日の、彼と彼女の日常。 |
----+ こめんと +----------------------------------------------------
いきなりこんな異次元パロで申し訳ありません。しかも手元に原作がないままに書いているので設定がおかしいです。ご容赦下さい…。本当に、うろ覚えで書いてるんです。そのうち原作購入させていただいて読み直して青褪めてから、赤面しながらこっそり直します。それまで生暖かい目で見守ってくださ…。 実はタイトルちょっと迷い中なんです。シリーズ化してこのまま妊娠、出産、家族ネタがやりたくて…でもいきなりそんなの怖くて出せない。ちょっと様子見(笑)。タイトルは「午後の紅茶」と「cafe sweet」とどっちにしようか迷ったんですよね。どちらもいろんな意味で微妙すぎて使えない(自分がダメすぎて)。 ご意見ご感想お待ちしております_(c)ゆうひ_2005/04/03 |
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