sweet days
-髪結いの朝-









 白い髪は元には戻らないまま。今では腰にまで伸びている。
 生まれつきであれば。あるいは銀であれば、気にすることもなかったのだろうか。
 出会った頃、彼女はなんでもないような顔をしながら、その髪をいつも隠したがっていた。

「さらさら〜」

 触れていて気持ちのいい髪というのは、貴重なものだと思う。ラビは己の膝の間に腰を下ろしたアレンの髪を梳きながら、その手触りのよさにご機嫌だった。
 夜はすでに明けていて、カーテンの掛かったままの窓からでもその日差しの柔らかい様子がわかる。明かりもつけない薄暗い部屋は、しかし不気味とは程遠く。朝の清々しさと、昨夜の名残の甘い倦怠感の合間って、ゆったりとした穏やかさに包まれていた。

 二人、一つのベットに腰を下ろしたまま、寝起きの姿ではあるものの、整えられた四肢はどのような時と場合であろうとも見るものに美しく写る。この二人の場合もそうで、ほっそりとしたアレンの姿態と、逞しいラビの姿態とが並び、よりいっそう、互いを際立たせていた。
 ラビの触れるアレンの髪が、差し込む陽光のようにきらきらと煌めいて見えるのは、常に欠かすことのない手入れによるものか。ラビがそれに触れて心持ちの良くなるのも、ひどく頷ける。見ていてでさえそうなのだから、実際の触れ心地などはどうであろうか。推して知るべきであろう。

 アレンはいつもの通り、ラビに髪の梳かれることを気持ちよく感じている。髪に触れられて彼の体温が理解できるはずもないが、その優しさと愛しさが伝わってくることが心地良いのだ。愛され、優しくされることは、アレンにとって泣きたくなるほどの切ないまでの喜びをもたらしてくれるものだった。
 かつて、誰にも約束されているはずの無上の愛を渇望して得られず。得られた愛への愛しさの失われる嘆きに、愛するものを絶望へと追いやった身であるから。
 ずっと、ずっと。
 ただただ穏やかな愛を切望しては、心の奥で諦めていた。

 彼はそれを与えてくれた。
 与え続けてくれて、自分にもそれを与えさせてくれる。

「今日はこのまま下ろしておく?」

 ラビは後ろからアレンを覗き込むように、上半身を横にずらした。彼女の髪を整えるが彼の仕事になったのは、いつの頃からだったろうか。
 アレンは首を後方へと心持ち向けて、小さな微笑と共に答えた。目元がやわらかく眇められるのは、この部屋に満ちた空気もまた、穏やかであるからだろう。

「どうしましょうか。もう随分と伸びましたし、ポニーテールとかしてみてもいいかもしれませんね」
「ユウみたく?」
「あはは。そういえばそうですね。でも神田にはまだまだ遠く届かないですよ」

 それに、彼の髪は自分とは真逆。正反対に、つややかな漆黒色をしていた。
 もう会わなくなって久しく経つかつての仲間を思い出し、アレンは懐かしさに瞳を眇める。僅かに思考の中へ旅立っていると、突然背中に圧力が掛かった。どきりと心臓を弾ませて振り返れば、ラビが背後から抱きこむようにしがみついている。
 ちょっと不機嫌そうな、不貞腐れた彼の表情。理由がわかっているから、アレンは笑いを納めながら訊ねる。暖かい気持ちが、また、胸の奥からじんわりと湧き上がって広がっていくのを感じていた。

「どうしたんですか?」
「二人でいるのに、なーんで、別の男のことを考えてるんさ」
「振ったのはラビからでしょう?」
「そうだけださー」

 アレンの肩にラビの顎が置かれた。首の辺りにふわふわとした彼の髪が当たり、微かなくすぐったさに首をすくめた。
 それに気づいたのだろう。ラビはますますアレンの体に身を寄せて、くっついてくる。
 本当に子供のようだ。そして、それが愛しくてしかたがない。

「そういえば、リナリーはツインテールでしたね」
「アレンは髪、フードでかくしてたもんなー」
「あれは別に…。ティムキャンピーを隠すためにフードをつけてもらっただけです」

 アレンの師匠であるクロス・マリアン製作のゴーレム、ティムキャンピーは、なぜだかわからないがどんどん大きくなっていて、どんどん目立っていた。このゴーレムはアレンの頭の上に良く乗るので、それを隠す意味も含めて、アレンは教団の団服のデザインを問われた際に、頭部のすっぽりと隠せるフードを注文したのだ。
 もっとも、それはあくまでも建前で、本当はその白い髪を気にしていたのは、知る人にはわかることでもあった。

「ほんとー?」
「本当です。だから、別に髪を切ろうとかしなかったじゃないですか」
「そうだっけ?」
「そうですよ。」

 ラビは教団時代を思い浮かべるが、アレンの髪は常に肩よりも上にあったように感じる。
 彼が思い出す前に、アレンが答えを出した。

「一度結べるほど伸びたこともありますよ。ほら、ラビと初めての任務のときです。クロウリーさんに噛み千切られるまで、後ろで結んでましたよ。短かったですけど」
「あー…あの時……。そういえばあのとき、クロちゃんってばアレンの髪を「噛ん」で「咥え」てたんさー…。もしかして、飲み込んだりしてた?」

 それでは変態である。彼の祖父は孫さえ認める変わり者ではあったが。
 ちょっと不穏な空気。ラビの目が据わる。
 アレンは慌てて取り繕った。別に、彼がそれで本気で怒りを感じているとは思っていないけれど。

「あ、あれは、仕方ないですよ。というか、ラビ、あの時は気絶してませんでしたか?」
「そうだっけ?」
「…寝たふりとか?」
「あんまり覚えてナーイ」

 ……ごまかした。
 アレンが半眼になる。
 彼が見聞きしたことを忘れることなど、基本的にないことを知っている。

「まったくもう」
「で、どうする?髪?」

 ひょっこりと覗き込まれて、アレンは目の前に現れたラビの姿に小さく瞠目する。すぐに自分表情が笑みを作るのを感じ、彼の姿を眼にしただけで機嫌の良くなる自分に、僅かに胸中で呆れた。

「ラビにまかせます」
「いいの?」
「はい。お願いします」

 ラビは僅かに考える素振りを見せた。
 アレンの髪は触れていて心地良く、丁寧に編みこんでいくのも好きだが、でもやっぱり。

「じゃ、今日はこのまま下ろしてて」

 彼女の背中を多い、その動きに合わせて軽やかに舞い、陽の光りにきらきらと輝く様(さま)を見るのが一番きれいだ。
 彼女の動作の一つ一つに、その髪は澄んだ清流の様にさらりと流れて彼の瞳に春の陽光にも似たやわらかな感情をもたらすのだ。

 ラビの要求に、アレンは微笑みと共に答えた。

「はい」

 どちらの瞳もが眇められ、見詰め合ったその表情には微笑。
 そろそろベットから腰を上げて、遅めの朝食をとりましょうか。カーテンを開ければ、窓からは明るい日差しが差し込むはずだから。
 そしてそれは、これからも。続いていくはずだから。
 ずっと、ずっと。
 あなたがいて、私がいる。
 その限り、ずっと。






----+ こめんと +----------------------------------------------------

 なんか最近、古典の現代語訳に掛かりきりになっていたせいか、言い回しが古典臭いです。前半。
 
ずっとシリーズ化したかったんです。すでにUP済みの話よりもネタは生まれていました。そしてそのうちにこの二人の間には子供が誕生します。紅茶の頃からその予定です。らぶらぶの甘々目指してます!
 ご意見ご感想お待ちしております_(c)ゆうひ_2005/04/08

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