指環に望む絆
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いつも大切にして、優しくしてあげたいにのに。 彼女が自分以外の誰かの眼に触れてしまうことがどうしようもなく嫌で、それを彼女に当り散らしている。 大切にして、やわらかく抱きしめたいのに。 きつくきつく、自分のものだと主張するように、力の限りに抱きしめてしまう。乱暴になってしまう。 本当は、もっと優しくしたいのに。 誰も与えたことのないような優しさで、包み込んで甘やかせてあげたいのに。 ラビは隣で眠るアレンの姿を見つめた。目尻には涙の後が色濃く残り、髪の乱れと合わせてラビに痛みと共に、さらなる劣情を与える。白く透き通るような肌は、疲れと恐怖に蒼褪めているかのようだった。 眉を顰めて見つめていると、不意に、彼女の顔の横に投げ出された華奢な手が目に写る。左ではなく右の手にしか指輪をつけられないからと…贈ったときに嬉しそうな顔と共に見せた申し訳なさそうな彼女の顔が思い出された。 彼女がそんなことを申し訳なく思う必要など欠片もないのにと思う。別に左の手にも似合う指輪などいくらでもあるだろうと思うし、そもそもラビはアレンの左の手さえ、いとおしいのだから。 贈った指輪は任務の終わりに不意に目に付いた安物で、時間もないのでじっくりと選ぶことさえできなかったものだ。気に入ってもらえなかったらどうしようと不安が半分。差し出してみれば、彼女はこれ以上ない幸福そうな微笑をはにかんで見せた。これは予想の通り。確信に程近い予測。 それから彼女は、右の手にしかつけられないと悲しそうに視線を下げた。その哀しみの表情は彼女の懺悔であると知っていた。 ラビはそっとアレンの手を取った。口付ければ、僅かに冷えた感触。 ラビの与えた指輪は、アレンから温もりを奪って尚冷え冷えと輝き、尚熱を奪ってゆく。それに飽き足らず、アレンに罪悪感ばかりを湧かさせるのだ。 申し訳なさもあり、そっとその指輪を引き抜こうとすれば、アレンの指が動き、その腕が抵抗するように引き戻される。アレンの顔へと視線を向ければ、そっと瞳を開いたアレンがラビのことを不安そうな表情で見つめていた。 「アレン…」 「ごめん、なさい」 何を思って口を開いたのかはわからない。何かを云いたかった気もするが、どちらにしてもアレンが先に言葉を発することでラビの声は止められることとなった。 弱々しい、小さな声はかすれていた。涙交じりの声に、ラビは胸が締め付けられる思いがする。 あまりにもアレンの瞳が悲しみと不安に震えていたこととか、吐かれたその言葉を彼女が発するのはあまりにもお門違いであるとか。そんなことがぐるぐると回りながら、実際、彼の胸を締め付けているのかもしれなかった。 アレンは言葉を紡ぐ。体を横たえて、右手はラビに捉えられたまま。 その姿は、まるで死期に面した病人の遺言でも聞くかのような風景で。普段の彼の性格からすれば、皮肉の視線を一瞥、鼻で笑っていたかもしれない。 小さな声は、今にも泣き出しそうだった。 「もっと、ちゃんとする、から…ラビと、一緒にいたいんです」 一人にしないで。嫌いにならないで。 「もっと、ラビの好き、な、っ」 アレンの言葉に、ラビは泣きたい気持ちを抑えるのが止められない。 ラビが指輪を外そうとしたのを、アレンはラビがアレンのことを嫌いになってしまったと思ったらしい。乱暴に抱かれて痛い思いをさせられるのも、アレンの方に至らぬところがあってラビが怒っているためだと思いつめている。 違うのに。 アレンは何も悪くないのに。 ラビはアレンの右手を握り締めたまま、涙を流して謝罪する。そして、それ以上の愛の言葉を紡ぎ続ける。 ラビが何に謝っているのか、何に涙を流しているのかがわからなくて、アレンはラビの涙に悲しさを覚える。どうすればいいのかわからなくて、痛む体に鞭打って体を起こした。とにかく、ラビを抱きしめてあげたかった。 悲しいときや淋しいとき、心細いときに抱きしめてもらえることは、ひどく安心できるから。少しでも、誰かの温もりを得られると落ち着く心を知っているから、アレンはラビに自分の温もりを分けてあげたかった。 「ごめん」 アレンの胸に顔を埋めて、ラビはまるで母親に縋りつきなく子供のように涙を流す。背中にまわされた大きな手の輪郭を感じるように、アレンは瞳を閉じた。ラビの頭を自分の中へとさらに抱きこむように腕の輪を縮めれば、ラビの涙の熱と冷たさが胸に沁み込んだ。 嗚咽と謝罪が決して広くはない部屋を静かに渡り、抱きしめる腕の温もりと愛しさが互いを縛り付ける。縛り付けられるそのことはとても幸福で、けれど縛り付けるそれはまるで棘(いばら)の蔦の如く、双方に平等の痛みを与える。 血を流してでも。その程度の苦しみなど。その切なささえも甘くて。 まるで甘美な囁きに酔わされて、樹海の中に誘われるかのような錯覚を得る。 「ごめん。ごめんさ…アレンっ……」 背中から心臓を抉り取られるかのように強く抱きしめられて、けれど、アレンの心に湧き上がる感情は歓喜だ。 今、ラビはアレンに縋っている。 「ラビ」 喜びに心満たされて、アレンはラビをさらに己の側へと抱き寄せた。瞳を閉じれば、その温もりと声がより鮮明になり、自らが彼の空気に包まれていることを実感する。 幸せだ。 母の胎内とは。あるいは海に抱かれるというのは、きっとこのように心地良く、安らかなものなのだろう。 「ラビ」 囁くようにその名を呼び続ける。生まれたての赤児に、一番大切で愛しいものを刷り込むかのように、何度でも繰り返して。 優しく繰り返して。 ふわふわとした灯火色の髪に、頬を寄せる。 この声でその名を呼べば、あなたがかならず振り向いてくれますように。 この声があなたの胸に染み込んで、決して忘れることも無視することもできなくなって。 あなたの胸に刺さり続ける、小さな棘(とげ)でさえいいから。 いつだって、思われていたい。 「ラ、ビ、…っ」 泣いてしまおうか。それとももう泣いているのだろうか。 アレンはラビの頭を抱き寄せた。あるいは頭を埋めて縋りついた。 ずっとずっと一緒にいたいのに。 優しく優しくしたいのに。 それなのに、いつもいつも痛くて。 ずっとずっと、一緒に痛くて。 二人一緒に、痛くて、痛くて、痛くて。 それでもなお、幸せで。 それさえもが甘い、甘い蜜のような歓喜で。 海の中で眠るような平安の中で、このまま二人寄り添って眠ってしまえたらいいのに。 アレンはそっとラビから体を離した。 ラビが顔を上げる。 二人の視線が絡み合った。 「ラビ」 「アレン…」 瞳を閉じて重なり合いましょう。 触れる唇は僅かに冷たくて、なにより暖かい。 まるで、この指に嵌るリングのように――。 ずっと貴方の側にいて。 私の熱を奪って燃えて。 彼にとって、彼女に贈ったそれは安物で、意匠がどうとかなんて見ている暇もなく手に取ったものだった。けれど、自分が何を贈ったところで、自分からのものであればそれが何であれ、すべてを喜んで受け入れてくれることを、彼は確信という名の元に知っていた。 それが嬉しくて、それをいつだって確認したくて、彼女がそれをその身に置き続けることを望んでいるのかもしれない。自分の所有物であることの証(あかし)として。 いすれは消えてしまう薄紅い花弁では物足りなくて、首輪をつけて繋ぎとめる代わりに。それが彼女の白い肌の上で、冷たい刃のように煌めくことで、どのような痛みでさえ彼女が喜んで受け入れることを確かめている。 それが、永遠に彼女のすべてを自分に繋ぎとめる鎖であることを、望んでいる。 彼女にとって、彼に贈られたそれは彼の愛で。彼のためにすべてを捧げてしまいたいのに、それを見るたびに、醜く歪んだ自らの肉が憎くて仕方なくなる。 すべてを捧げることができなくて、けれどすべてを受け入れたかった。否、すべてを奪い尽くしてしまいたい。彼のすべてになってしまいたい。 それは冷たく、温もりを奪っていくけれど、奪った熱の分だけそれ自身もまた、仄かに熱を持つ。まるで奪い合い、与え合うかのように。 それは永遠にこの右の指から動くことなく、嵌り続けているのだろう。他に行くところなどないのだから。たとえすべてが手に入らずとも、永遠に、あなたの隣にいられたら。あなたの一番近いところにいられたら。そう願っている。望んでいる。 まるで鎖に繋がれた忠犬のように、あなたにすべてを捧げて、永遠にあなたの一番近いところにいて。そんな夢を、それを眺めては望み、微かに笑って涙を流す。 月さえ隠れる薄焼けの夜。 月明かりのないところでは、真の闇など見えるはずもない。狂わすものが居(お)らずして、どうして深遠の闇に堕ちられようか。 だから、二人はまるで茨の蔦で繋がれたように。 互いに互いの手を取り合って、真白きシーツの波の中。 抱きしめ合って、眠るだけ。 |
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こめんと |
短っ!!相変わらず別に女体化する必要もなさそうな感じですみません…。タイトルはアレンの気持ちの方が比重としては重めに含まれてつけました。いつもの一文は最初はラビ、最後はアレンなつもり。どっちも闇的にお互いのこと愛して縛られてますよ〜。暗〜い歓喜の泉にに身を浸しています。 なんかもう指輪ってどっちにつければいいのさ?!と、ぐるぐる考えて、どうやらそれぞれに意味があるようなのですがやっぱり説がたくさんあるので、ここはもう誰もが知ってる通説っぽい方面で行こう!と開き直りました。恋人同士の時は右手薬指でいいみたいなんですが、それでも「いずれは左に…。」と暗黙の了解みたいな人が多いみたい(な感じ)なのですが、アレンはその「いずれ…」が自分には約束できないことに罪悪感とか諦めとか感じてるとか…そんな感じで…。ちなみに右手は現状打破を、左手は現状維持をそれぞれ願うものだとか、どこかで聞いたことがあります。 ご意見ご感想お待ちしております_(c)ゆうひ_2005/04/10 |
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