クロウリー氏の疑惑 
-愛の物語-







物語はえてして美しいものを選んでいた







 相変わらず汽車は進む。目的地へ向かってひた走る。
 そんな汽車の中で。
 事は起こっていた。
 むしろ起こり続けていたというか、これから起こるのか…。

「しっかし、アレンがこんなに博打(のイカサマ)が強い(ってか得意)だとは思わなかったさ」

 ラビが目を丸くして、半ば感心したようにも取れる態度で云う。

(うむ、あのときのアレンの勝ちっぷりは本当に見事だったのである)

 クロウリー氏は胸中で大きく頷き、ラビの建前意見に賛同の意と、アレンの博打への強運さへ感嘆の意を示した。

「別に積極的に賭け事を(で、誰かをカモに)しようとは思いませんけどね。…ええっと、ラビ?」
「ん?」
「その、ああいうのはやっぱり、嫌…ですよね?」

 アレンは僅かに俯いて、しょんぼりとした様子でラビの様子を伺う。

(ううむ…。確かに金銭を賭けることを積極的に行うのは、世間一般にもあまり褒められた行為ではないかもしれぬが…しかし、あれくらいは紳士の嗜みのようなものなのだ。そもそも我輩の不甲斐なさのために行ったことであるのだし、アレンが責められるは云われはなかろう)

 隣り合って座る二人を眺めながら、クロウリー氏は考察する。一人で自己完結する癖がついているのは、長年の孤独生活のためだろうか。
 アレンが博打を打っている(しかも芸術の如き強運じみたイカサマを仕掛けていた)とき、ラビは確かに少々呆れた様子を見せていた…ような気がしなくもない。彼、アレイスター・クロウリーは、アレンがラビにそれを咎められるのではないかと不安を感じている…と、見て取ったのである。

 思いっきり間違っているが、世間知らずの上にこれまで人との関わりの極端に薄い人生を送ってきた彼の、何をどう責められようか。否、責められはしまい(反語)。
 クロウリー氏の観察と一人自己完結型考察は続く。ちなみに椅子の上に膝を抱えて座っている。これも一種の癖だろうかと思われた。

「ん〜、確かにちょぉっとびっくりしたけど、別に嫌になる理由にはなんないさ」
「…本当に?」
「あれっくらいでアレンのこと嫌になるわけないデショ」
「ラビ…///」

 ラビが笑いかければ、アレンの頬がほんのりと朱に染まる。
 にっこにっこと笑い続けるラビに、恥らうように微笑を向けるアレン。なんだか二人の手はさり気なく繋がれてはいないだろうか。あるいは目の錯覚か。
 ……こんな近くで?

(アレ?)

 クロウリー氏、ちょっとなんだかよくわからないが、ともかくも違和感を感じたようだ。
 目をぱちぱちと瞬(しばた)いてもう一度二人のことを見てみる。
 目の前にはクロウリー氏を完全に忘れて、二人の世界に没頭しているラビとアレン。何がそんなに嬉し楽しなのか、にっこにっこと笑顔のラビにほんのり頬を染めたアレンの微笑。
 そこには先ほど見たのと代わらぬ光景が広がっていた。

(アレレレレ?これはまるで…)

 そう、それはまるで夢の中の物語。美しい世界を描いた愛の物語の中の恋人同士。
 ……と、いうところまで具体的なイメージをクロウリー氏は確認することができずにいた。だって目の前の二人はどっちも男の子。
 恋愛=男女の恋物語。が、クロウリー氏(だけではなく、世間一般)の常識である。まして世間知らずの彼にイレギュラーとレギュラーの曖昧さを感じ取るのは困難だ。何より彼はつい最近(むしろ昨日?)初恋に破れたばかりの傷心の身(でもここではあまり関係ない)。

(まるで…)

 クロウリー氏はその続きを表現するべき言葉を生み出すことができずにいた。その言葉を知らないのではない。土忘れてしたのでもない。
 まさしくその言葉が当て嵌るだろうと直感は告げている。告げてはいるが、理性(あるいは固定概念)がそれを確かなものとして認めさせるのを躊躇わせているのだ。

「アレンってばかわいい〜」

 ラビがアレンに抱きついた。アレンは嫌がる気配も見せずに頬をいっそう朱(あけ)色に染める。
 恥ずかしそうに俯くアレンと、かわいいを連呼し続けてアレンをぎゅうぎゅうと抱きしめるラビ。

(兄弟?)

 ラビはお兄さん気質であると思う。いつだったかアレンもそうは云ってなかっただろうか。
 それはおそらくもクロウリー氏の記憶が捏造したことだろうとは思うが(なぜなら彼らは未だそんな会話を交わすほどに砕けた時を過ごしてもいないし、何よりクロウリー氏自身にそのような余裕がなかった)、クロウリー氏はどうにかこうにかそれらしい言葉を思いつくことができた。
 ただしその言葉自体が真実を誤魔化していると無意識が告げ続けているために、違和感はどうしても消えないのではあるが。

 アレンとラビは年も近いようだし、きっとお互いを兄弟のように感じているのだろう。ラビはぶっちゃけ兄馬鹿なのだな。
 クロウリー氏はむりやり自分を納得させた。納得していない自分に、一生懸命に抗っていた。

 物語の中で人の紡ぐ愛はどれも美しいものだった。親は子を愛し、子は親を尊敬し、対立しつつも、そこにあるのは互いを思う限りない愛。親子、夫婦、兄と弟、師匠と弟子、友人、ライバル…愛を紡ぐ人間の関係、その形は多種多様であるが、中でも特に美しく深い愛を紡ぐその関係が、男と女、恋人達。

 そこにあるのは慈しみと切なさと。時には孤独と独占欲、そして憎しみを。美しくも醜くも、人の持つすべての感情がそこには内包されている。
 そう、すべてが、内包されている。
 たとえば嫉妬。

「そういえば、ラビはエリアーデのような美しい女性が好きなんでしたっけ?」
「いや、あれは、男の子としての一般的な意見を云ったまでで…」
「へぇ…」

 クロウリー氏が一人思考に耽っていた間に、ラビとアレンの話題はあらぬ方面へと移り変わっていたようだ。それはクロウリー氏にはまだまだ死にも等しいほどの痛みを覚えさせるもの。
 ああ、愛とはかくも苦しいものなのか。それはともかくとして。
 アレンがにこりと微笑みかけて、ラビは大量の汗を浮かべながらしどろもどろに言い訳をする。
 アレンの眼が据わっていた。

(まるで恋人に浮気を咎められているようなのである)

 物語の中だけでしか見たことのなかった世界が、そこには再現されていた。

「きっと神田だったら、愛した方以外は何にも目移りなんかしないんでしょうね」
「アレン、神田とは誰であるのか」

 クロウリー氏初聞きの名前に興味津々。

「ああ、同じエクソシストの一人ですよ。とっても強くて格好良い方なんですよ(馬鹿ですけど)」
「それはぜひ、いずれ会ってみたいのである」
「そうですね(でも、クロウリーさん――しかもイノセンス非発動時に会ったら神田すっごいイライラしそうだな〜)」

 アレンはにっこにっこと影に本音を潜ませながら丁寧に相対する。その姿はまさしく最凶イカサマ師としての彼の本領を発揮しているときに酷似している。
 おそらくこれこそが彼の本当の姿なのではないだろうか。はっきり云って黒い。真っ黒である。
 しかし愛とはかくも怖ろしきかな。どんなに性格が悪くて根性が曲がってしまっていたとしても、愛したその人はこの世で最も美しく愛らしい。

「…アレン」

 地獄の底から響くような声。煉獄の炎を纏ったそれは、もはや完全に不機嫌真っ只中に身を沈めたラビから発せられたものであった。

(な、なんでこんなに不機嫌になっているのであるか?!)

 もしやラビと神田とやらは仲が悪いのであろうか。
 クロウリー氏は推測した。大はずれである。しかし誰も訂正してくれない。
 世の中とは実にシビアなものなのである。

「ラビ…」

 アレンの呼ぶその名にはそれほどの思いが込められていたのだろうか。
 狂おしく、切なく。申し訳なさと居た堪れなさとを含ませた声の響き。
 視線を逸らすアレンをじっと見つめるラビ。
 やがてラビがアレンに手を伸ばし、ちょっと起こったむすっとした表情のままアレンを再び抱きしめる。それはまるで大切な宝物を離すまいと、子供が必死になっている様子にも酷似していた。

 ここでクロウリー氏は再び疑惑を抱く。
 だからさ、これってばまるで物語の中で見た恋人同士だよね?
 というようなことを直感が告げる。しかし理性がそれを強固な盾でもってして必死に跳ね返す。


 葛藤。


 クロウリー氏の胸中など露知らず、その向かいの席では「愛」の物語が目まぐるしく繰り広げられていた。
 それは人の持つあらゆる業の内包したもの。
 慈しみ、切なさ、憎しみ。喜びも幸福も、嫉妬を抱くことも、苦しみを与えることも。相反するすべてのものさえも手を結び合うそれ。







物語の中で、恋人達はその瞳に互いしか写していなかった









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 さりげなくシリーズ化したいかもしれないクロちゃん視点のラビアレです。性格や口調がいまいち掴めてないあたりが相も変わらず痛々しい…。というか、私はクロちゃんの性格や口調その他諸々について何か勘違いしてないですか?
 ああ、もう無駄にだらだらと話が続いたのは落ちがつかなかったからです。ダメダメです。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/04/17_ゆうひ
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