クロウリー氏の災難 
-並行人魚姫-







恋人達はその眼に互いしか写さず。気づかずに声を掛ける主人公の喜劇。







 アレイスター・クロウリー氏はエクソシストである。もっとも、彼がその肩書きを得たのはつい最近のことだ。
 エクソシストとはイノセンスに選ばれ、神の使途としてアクマと戦うものをいう。イノセンスはエクソシストにとって、また、人間とっては唯一の対アクマ武器である。装備型と寄生型があり、クロウリー氏は寄生型であった。

 彼と同じく寄生型のエクソシストがいる。それが、現在進行形で彼が行動を共にしている――ちなみにクロウリー氏はこれが初めての団体行動だったりする。素晴らしきかな、マイ・チーム――アレン・ウォーカーだった。
 しかし、同じ寄生型のエクソシストでありながら、二人の対アクマ武器の様相は大きく異なる。クロウリー氏のイノセンスは彼の歯であり、アクマに反応して自然発動する。アクマの血を吸うことでクロウリー氏自身の能力も高まるという優れものだ。対して、ウォーカー氏の対アクマ武器はその左腕であり、アクマがいようといまいと、ウォーカー氏の意思によって発動する。
 その際、ウォーカー氏の身体能力は別段強化されることもないらしく、さらに云えばまさに今しがた、彼の対アクマ武器が脆くも崩れたのであった。

 崩れたとは云っても一部がぼろぼろと剥がれた程度のことであり、腕そのものすべてが崩れ落ちたわけではない。しかしどうにも異様で無気味であり、イノセンスやアクマについて未だ知識の乏しいクロウリー氏(もちろん基本的なことはみっちりと叩き込まれました)には、それが異様なことであるか否かの確実な判断もつきません。
 にもかかわらずそれが異常であると判断することができたのは、素晴らしきマイ・チームの紅一点。リナリー・リー嬢の驚きと涙でありました。

 女性の涙に弱いのは男として仕方が無いことなのです。むしろ涙に弱いからこそ、人は人たりえるのでしょう。そんなわけで、アレン・ウォーカー氏は慌てます。もうわてわてです。
 ちなみにクロウリー氏はラビやブックマンのからかいに倣って、アレンを責めた。女の子を泣かす男は最低である。もちろん冗談でだ。責める方も責められる方も、それが本気で責めているものであると互いに理解しているからこそできるおふざけである。
 一見ふざけて見えるかもしれないが、実はクロウリー氏、このときえらく感動していたりする。

(ああ…!、これが同じ釜の飯を食う友人同士のじゃれあいであるか!!)

 なんと素晴らしいことであろうか。…はっきり云って微妙にいろいろと勘違いが生じているが、クロウリー氏を含めて、それは誰も知らないことである。誰も知らないことではあるが、誰の迷惑にもならないのでかまわないのである。そしてそれ故に、間違いは正されることがない。
 今までのクロウリー氏であれば、このようにふざけることなのできない。そもそもふざけあう相手がいないのであるから当然だ。
 また、ふざけて奇抜なことや厳しいことを云えば、それは「おふざけ」ではなく、アレイスター・クロウリーは「そういう」人間であるとされ、彼の周囲からはますます人々が遠ざかっていく。もっとも、遠ざからねばならぬほど近しい人々など、彼の周りにはすでに存在しなかったのだが。

 そんなこんなでその事件はとりあえずは収まった。専門家でもない彼らには原因も不明であるし、何よりも当事者であるウォーカー氏の体調に異常は見られないのであるから、仕方がない。
 時間が流れ、クロウリー氏はある風景を眼にする。それは日常の風景であり、非日常の風景であった。

 ラビとアレンが何やら話しこんでいる。クロウリー氏は、この二人がなんだかとても仲がよろしいことに、実は少々の疑問を抱いていた。だって二人を取り巻く――むしろ二人から振り撒かれる雰囲気が、な〜んか微妙なんだもんってな感じだったからだ。
 今まさに振りまかれているのは切ないまでの苦しみと、苦しみさえ生み出す限りない「愛」。


 愛。


 ……―――ああ、なんと素晴らしき友愛かな!
 クロウリー氏は本能の訴える様々なものを黙殺して、理性によって己を欺いた。しかも半無意識に。

 ラビがアレンの左腕を取り、眉を顰めている。どうやら先ほどの――アレンの左腕が脆く剥がれ落ちたことを原因として、ちょっとした口論が起こっているらしい。
 リナリーも泣いていたが、やはり仲間とはいいものであると、クロウリー氏はその感動を改めて噛み締める。自分の身を親身になって心配してくれるもののいることの、なんと幸福で素晴らしいことであろうか。

(確かにアレンはここ最近、一人でみんなの倍以上のアクマを倒しているのである)

 うんうんと頷きながら、腕を組んで一人納得。仲間のできた今になっても、クロウリー氏の一人自己完結癖(へき)は改められる様子がない。当然だ。長い間たった一人で物事を完結させねばならなかった孤独生活を送ってきたのである。そうそう今までの人格を一新することなどできようはずもない。

 そうこうしているうちに、ラビがアレンをすっぽりと抱きしめた。クロウリー氏突然の展開にびっくりである。思わず肩がびくりと持ち上がってしまうくらいに、予想外のできごとだった。
 友愛とはここまで深いものであったのか?
 クロウリー氏は考える。一生懸命考える。自分の辿り着きたい答えに辿り着くために、論理を展開していく。

 あれ?もしかして親しい仲間内というのは、男女関係なく、親密に抱き合うのが普通なのではないのか?そういえばそんなような挨拶方法が物語の中でも描写されていた。
 遠く離れて暮らしている友人同士が久しぶりに再会したときに、お互いの身を抱き締め合って頬を寄せるのである。そうしてお互いの変わりない様を確認し合うのだ。

 なーんだ、同性の友人同士が固く抱きしまえうことなんて、よくあることなんじゃん。

 クロウリー氏は納得した。目の前で繰り広げられるそれからは、友愛と呼ぶにはちょっとあきらかに異様な雰囲気が醸し出されており、悲しいことにクロウリー氏はそれに本能的に気づいてしまっているが、そんなことは無視である。自分の信じる道を歩むために、時に人はそれを否定する情報を切り捨てることを選ぶのだ。

 もっとも、それを一般的な常識として、どうにかこうにか普通のことであると折り合いをつけて納得する必要も無いのだが、彼には非一般的なそれを受け入れるのには少々どころかかなりの弊害があったりする。彼は基本的に理性の人であり、常識人であるからだ。
 あるいはイノセンス発動状態の彼であれば、いとも簡単に見たままを受け入れて納得してしまうかもしれない――…いや、無理かもしれない。どっちだと云われるかもしれないが、どちらの彼であろうとも、基本的にクロウリー氏は理性の人なのである。

 変態だとか変わり者だとか吸血鬼だとか言われてきたが(前者二つは彼自身よりもむしろ彼の祖父のことである)、おそらく現在彼が身を寄せている集団の中にあっては、彼は一番の常識人だ。時点がかろうじてウォーカー氏かもしれなかったが、残念なことに、彼はすでにその集団に毒されていた。ウォーカー氏は孤独であった割りには適応能力がかなり高い。
 話がいろいろと逸れたかもしれないが、つまり、彼にとってはそれしか心の平安を得る方法がなかったのである。

 そんなわけで彼はせっかくできた仲間、友人とのスキンシップを試みた。すなわち、アレンに抱きついたのである。
 それこそ「何やってるの〜、僕も仲間に入れて〜」と、花畑を両手を広げて駆けて行く――あるいは砂浜で「あはは、捕まえてごら〜ん」、「このぉ、待て〜」みたいな無気味なノリで。

 そんな哀れなクロウリー氏に訪れたのは、初対面時に繰り出されたのよりも遥かに威力が上がってるだろう的なラビのイノセンスによる攻撃と、アレンの対アクマ武器による強烈な拒絶である。
 巨大にしても限度があるだろう的大槌と、こんなのありえねぇ的巨大な赤い拳骨によって、クロウリー氏は吹っ飛んだ。心なしかその体が人としてありえないくらいに捩れているのは気のせいであろうか。まるで螺子である。

 なんで?どうして?何がいけなかったの?

 クロウリー氏には分かるはずもない。よれよれになりながら飛ばすことができるのは無限のハテナマークばかりだ。

「な、なにがいけなかったのであるか?……」

 ぼろぼろの体をどうにかこうにか起こしながら、怒り狂う二人に視線を向ければ、そこにはショックに顔を伏せてラビの胸に縋って泣くアレンと、そんなアレンを抱きしめてあやすラビの姿。
 思わず漏れた独り言を拾ったのは、ある意味最強、リナリー嬢だったた。黒髪の美しい少女は、純真無垢な笑顔で云った。

「ダメよ、恋人達の逢瀬の邪魔をしちゃvv」


 ………――――――は?


 クロウリー氏フリーズ。
 今までずっと本能が訴えてきて、それでも理性フル稼働で気づかずにいた決定打を、真正面からぶつけられてしまったのだからしょうがない。

「こ、恋人って、だって、二人ともたしか男性のはずではなかったか?」

 混乱する頭で、それでもどうにか言葉を紡ぐ。眼はもう、ぐるぐる状態だ。
 そして答えるのは天使の顔した最凶美少女リナリー・リー。彼女は決して常識に囚われて物事を正しく見ることができなかったり、前に進めなくなるような愚か者ではない。
 しかしなぜだろう。言葉にするととても賢人のように聞こえるのに、現実は誰よりも非常識に見えるのは。彼女の天使の笑顔には後光が差しているのに、その光が黒い。黒い光ってどんな光だよってなもんだが、そうとしか形容の仕様がないのだからしょうがない。
 発される光の色そのものは白く輝かしいばかりなのであるが、それの醸し出すものが黒いのである。夏の蒸し暑さを形にすることができたのであれば、それは限りになく似通ったものになるかもしれない。

「そうよ。でも、性別なんて、真実の愛の前にはとっても無意味だと思わない?」

 っていうか、ああいう異常でおかしなバカップルのことをまともに考えたらダメよ。むしろ関わらない方がいいの。触らぬ神に祟りなしって、どこかの国でも云うでしょう?

 ぼろよれになった哀れな常識人をよそに、精神面においては男などよりも断然強い女性は我関せずと微笑を浮かべ、恋人達は抱きしめ合ったまま、互いの瞳に互い同士のみを写している。
 そう。それこそ、甘い幸せに浸っている恋人達にとっては、人魚姫が泡と消えようがどうしようがまったく関係のない世界のことなのであった。







だから第三者は語るのだ。そんなバカップルは放っておけ、と。









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 さりげなくシリーズ化しちゃったり。なんか思っていた以上に人気が高かったんですよ、これ。でも前回と同じテンションで書けてるかは微妙。でも書き始めたらすっごい勢いで書き進められた。すごい…。
 サブタイトル?の並行人魚姫は、水影的7人のお姫様「03失うことなどこわくない」のその後…というか、クロちゃん視点ということでつけました。並行世界〜とかっていいません?とかやってたら、クロちゃんが人魚姫になってしまった…。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/06/25_ゆうひ
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