蒼い海を泳ぐ魚
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「ラビ、一緒に寝たらダメですか?」 ノック音に入室を促す返事を返して現れたのは、愛しい恋人の愛らしい姿だった。 枕持参で、ちょこんとドアから顔を覗かせるから、にっこり笑って入室を促せば嬉しそうにちょこんと入ってくるアレンの姿が可愛すぎて、ラビはにこにこ笑顔のまま。 アレンはぎゅっと枕を抱きしめたまま、冒頭の台詞を恥らうように口にした。 「アレン?突然どうしたんさ?」 ラビは笑顔のまま、ぴしりっ、と音が鳴るように氷付き、ようよう口にする。いったいこのかわいらしい恋人は突然何を仰ってくださって下さるんだろう?――もはや自分が何を云っているのかもわからなくなってきた。 アレンは上目遣いで恥らうように、それでもきちんとラビに意見を伝える。恥ずかしがっているのか大胆なのか、判断に苦しむところだ。 「だって、僕たち、付き合ってるんですし…」 一緒に寝るのは恋人同士なら当たり前vv ……アレンの中での「恋人」の定義らしい。 「アレン、寝るってどういうことか、ちゃんとわかってる?」 ラビは意識がなんだか遠くにいくような意識を感じていた。眼球の裏側が暗闇へとひっぱりこまれるような感じだとでもいうのだろうか。 このままいったら悟りでも開けるかもしれない。 「?」 アレンは小首を傾げた。 これは本格的に悟りを開くチャンスかもしれない。むしろ開かなくてはならないところまで追い込まれているのではないだろうか。 ラビの意識が僅かに遠くなる。 「二人、おんなじベットで並んで寝るんですよ。あ、朝は僕が起すんですよね」 アレンはにっこり、当たり前のように云う。アレンの中の恋人の定義に、ラビは本格的に意識が遠くなる。 遠くなりながら、それでも自分はきっと笑顔を作れていると思った。 そう、それこそが「悟り」の境地だ!!(違っ) それはさておき。 にこにこ笑顔でラビからの返答を待っているアレンに、ラビは言葉を返さなければならないのである。 だって愛しすぎる「恋人」が待ってるんだから。 「あのさ…アレン」 「はい?」 「ものすごく申し訳ないんだけどさ」 「え?」 「一緒に寝るのはちょっとゴメンさ」 「ラビ…」 アレンはショックのあまり二の句が告げない。ひどく傷ついた、淋しそうな表情を見せて俯いてしまった。 ラビの胸に罪悪感がざわざわと広がっていく。けれどラビとてそれで「じゃあ一緒に寝ましょう」などとは、口が裂けてもいえないことである。 だって絶対に理性が持たない。 「あのね、アレン」 「…はい」 「恋人同士が「一緒」に「寝る」っていうのはさ」 「……」 「…たぶん、キスよりもつらい、かな?」 「?」 アレンは思いがけないラビの言葉に俯けていた面(おもて)上げて、疑問符を貼り付けた表情で小首を傾げた。ラビが何を言わんとしているのかがわからない。 「僕、ラビとキス...するのは、辛くないです///」 アレンは恥ずかしさに頬を染めて俯いてしまう。顔に熱が篭もるのを感じ、あまりの恥ずかしさにラビの顔を正面から見られなかった。 それでも、これは真実からの言葉なので、心苦しいことは何一つとしてない。 ただ唇を触れ合わせるだけではない、ラビから教えてもらってはじめて知った深いキスは、確かにほんの少しだけ息が苦しくなるけれど、大好きなラビとぎゅっときつく結びつく感じはとても心が満たされる。 だから、全然辛くなんてないし、むしろその逆。もっと、ずっとずっとラビと一緒にいたいのだ。 ラビはアレンの様子をばっちり理解していた。理解したからこそ、悟りの境地に到達した微笑が浮かばざるをえなかった。 青く広がる真夏の空に、太陽の光が眩しかった。……そんな心象風景である。 アレンの気持ちを嬉しく感じるよりも、その一途さと無垢な心と、幼い無知さがかわいらしいのに憎らしい…。憎らしいけれどかわいいから本気で憎めるわけじゃなくて…ああ、なんだか泣きたくなってきた。 ラビの目尻にほろりと涙が浮かんで見えたのであれば、あるいはそれは幻ではなかったかもしれない。アレンが気づかないので、実際にはそんなもの浮かんではないのだろう。 愛する人の涙に気づかないほど、アレンは幸せなだけの人生を歩んできたわけではないのだから。 「アレン」 「はい?」 ラビはベッドの上で胡坐をかいた姿勢でアレンを手招きする。アレンは首をちょこんと傾げながらも、ラビに呼ばれたことが嬉しくて、素直にその側へと小走りに駆け寄る。 ベッドの縁(ふち)に辿り着くと立ち止まり、飼い主にお伺いを立てる犬よろしく、アレンは無言のまま、ラビがアレンを自らの胸の内に引き寄せてくれるのを待つのだ。 ラビは苦笑した。いつまで経っても、アレンは相手の気持ちを優先させるのだ。今夜だってそう。 一緒に寝てもいいかと訊ねてくるのは、ラビがそれを嫌だと思うのであれば、アレンがどれほどそれを望んでいようとも、諦めるつもりでいるからだ。大好きで、大切で、愛を失いたくない人の迷惑になり、嫌われてしまわないように。邪魔だと感じられないように。疎んじられないように。 それは愛し合う恋人達ならば珍しくもないことだ。みんな、恋には臆病になる。 大好きだから嫌われたくなくて。 愛してるから近いところにいたくて。 言葉一つ、態度のすべて、どう受け止められるかが怖くて。 ラビが腕を伸ばしてアレンの体を引き寄せる。そこで、アレンはようやく嬉しそうに笑い、ラビに腕を伸ばして抱きつく。 アレンの嬉しそうな満たされた笑顔が、ラビには少しだけ悲しかった。 「アレン」 ラビが呼び、アレンがそれに反応して顔を上げた。灰銀色の瞳が、まっすぐにラビを見つめる。 ラビは優しく、包み込むようにアレンを抱きしめた。 「一緒に寝よっか」 微笑みかければ、アレンは喜びに瞳を見開く。それから溢れ出す喜びのままに、頬を朱く染め上げて頷いた。 ラビの背中に回されたアレンの腕が、甘えるように、ぎゅっとラビにしがみつく。 ぽふっと、アレンを抱きこんだままがラビが倒れこみ、シーツが波打つ。アレンが肩を震わせて笑い声を上げた。 それは控えめなものであったけれど、とても楽しそうだった。 「おやすみ、アレン」 「おやすみなさい、ラビ」 今夜は二人抱きしめあったまま眠りに落ち。 明日はアレンが朝日を浴びて、ラビを起す。 それが、アレンの夢ならば。 |
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短いな〜。これって当初下書き(プロット)段階ではアレンは女の子で裏仕様だったんですよね…。きちんと形にする段になって、けっこういうつものことなんですが「これって別に女の子じゃなくてもいいじゃん…」と。いや、エロが入る予定だったんですよ。ラビにアレンの胸揉ませたかったんです。でも私にエロが書けるはずもなく…。タイトルが決まらなくて思いつきで書いたら話がそれに引き摺られました。蒼い海はシーツです。先にも述べた通り、私は二人を泳がせられない(変な隠語を使わないようにしましょう、ゆうひさん)ので微妙におかしいんですけどね。白い海じゃないのは、それだと比喩にならないから。最後の「止めた」は「とめた」、「やめた」どう読むほうがいいですか? ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/06/05_ゆうひ |
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