信愛 







そこに痛みが伴うのが愛だというのなら。
それはあまりにも悲しすぎはしないだろうか。
最も愛するあなたを信じることができない私は、
いったい何に信頼してもらえるというのでしょう。
愛するあなたにさえ信じてもらえない私に、
いったいどれほどの価値があるというのでしょう。







 「僕の師匠はそんなことで沈みませんよ」
 その台詞に、絶対的な信頼を垣間見ちゃったりした。





「アレンはなんだかんだで、クロス元帥のこと、とっても好きって感じさ?」

 くりっと、小首を傾げて聞いてくるラビの姿は、かわいいのと無気味なのとどちらの割合が高いのだろうか。見るものによって判断の割れるところかもしれないが、一般的に想像したところでは、十代も後半の、体格もきちんと鍛えられていて逞しい少年だ。無気味の割合がかなり高くなるだろう。
 訊ねられたもまた、そのように感じたようである。半眼で答えた。

「何なんですか、その微妙に気味の悪い云い方は」

 呆れと云うよりは妖しさに警戒していると云えるだろう。それでも引くことなく動じないあたり、アレンとラビの間にはそれなりの信頼関係があると見て取れるのかもしれない。

「だぁ〜ってぇ。アニタにあんなにきっぱり、はっきり断言してさ〜。なんかもーいっそ、激しい「愛」とか感じちゃって、ちょびっと、ジェラシー?」
「……気色悪いこと云わないで下さい」

(というか、なんでアニタさんのことをそんなに気安く親しく馴れ馴れしく呼んでるんですか/怒)

 心底嫌そうなふうを見せるアレンの表情の下には、現在ラビが胸中に抱えているらしい「ちょびっと、ジェラシー?」どころではない、激しい嫉妬の炎が渦巻いていた。
 ラビはいつだって初対面から馴れ馴れしい。アレン自身の場合もそうであるが、クロウリーのときもそうだった。いきなり「もやし」に「クロちゃん」だ。ただ名前を呼び捨てにするくらい、ラビからしたら馴れ馴れしくもなんでもないのではないだろうか。

 ……などということは、アレンの思考の範囲外だ。またもや(アレンの知る中での一番初めはよりにもよってアクマのエリアーデだった)美女にふらふらふらふらとハートマークを飛ばしまくっているラビに、アレンは密かにご立腹だったりする。
 アレンはラビが大好きで、ラビもアレンを好きで、それでも他の女性に目移りするラビの思考回路が信じられないのと同時に、悔しくて仕方がない。

(どうして、僕だけじゃダメなんですか)

 そっと唇を噛んで耐えているのは、いったいなんと呼ぶ感情であるのだろうか。湧き出すそれを抑えるのに必死で、アレンにはその正体がなんであるのかという本質は見えていない。
 ただ、それはとても醜くて悔しいものだと、本能的に感じ取っていた。感じ取り、抑えていた。
 醜いというよりも、ただ、アレンのプライドが、それを表面に吹き上がらせることを嫌っているだけだろう。握り締められた拳が僅かに震えていた。

 そんなアレンの内面に気づいているのか、いないのか。ラビは相変わらずの態(てい)で言葉を告ぐ。気の抜けたその態度が、アレンの内面とは真逆にあるが、アレンにはラビの内面までがその態度の通りであるのかが窺い知れない。
 アレンにはまだその術がなかったし、ラビもまた、アレンにそれらすべてを曝け出してはくれていないのだろう、と、アレンは感じている。
 要するに、二人の間には圧倒的に足りないのだ。そう、つまり―――。

「んじゃ、その絶対的な信頼は何なんさ〜?」

 絶対的な信頼。
 それこそ、今まさにアレンがラビとの間に築きたいもの。
 愛だけではなくて、信頼だけでもなくて。
 愛と信頼と、その両方が互いの間に等しく満ちた関係が欲しい。

 愛だけでは悲しすぎて。
 信頼だけでは満たされなくて。
 人並みのそれでは物足りなくて。
 あなたが私の一番で、私があなたの一番で。
 そんな関係が、欲しくて欲しくてたまらない。

 ダレきった態度で訊ねてくるラビに、アレンは笑いながら返した。

「だって、あんなめちゃくちゃな人でも敵わなかったら、善良で真っ当な僕に、希望がなくなっちゃうじゃないですか」

 にっこり。
 その笑顔は普段はとてもかわいらしくて、ラビはアレンのその笑顔が大好きだった。
 大好きだった。
 今も大好きだ。
 大好き、なのだが……。

(なんか、くっろいオーラが漂ってない?)

 善良で真っ当な人間は、そんな風におどろおどろしい黒いオーラを背後に背負ったりはしない。……ような気がする。多分。
 自信がどんどんなくなるこの気弱さはいかがしたものか。
 ラビは心中こっそり呟いた。


「ええっと、そんなもん?」
「そうですよ。好き放題やってる鬼畜ですよ、あの人は。慈悲も慈愛もないのに、なんとなくで勝手気ままに生きてるんです。地道に生きるしかできない人間を嘲笑って…」
「あ、アレン…?」

 ふふふ…と、眼の据わった状態で薄ら笑いをされると、とても怖ろしいということを、ラビははじめて真の意味で実感した。
 恐る恐る声を掛けると、アレンはぱっと、顔を上げて、ラビをまっすぐに見つめる。
 その表情が思いもかけず、純粋で透明で必死で。どこまでも切実な様子を抱いていたので、ラビは思わず言葉をなくした。

「ラビ」

 どこまでも切実で。
 どこまでも必死で。
 ひたすらまっすぐで。

「アレン?」

 空気さえ、氷のように冷たく澄み切って。
 痛々しいほどにぎりぎりで。
 けれど、春のように愛しかった。

「ラビ、僕は―――」





 あなたの心が分からない。
 たったそれだけのことに、ひどい不安を感じるのです。
 自分以外の誰かの心など、わからないのが当たり前なのに。
 わからないから、精一杯、言葉を伝えて、
 態度を表して。
 気持ちを伝えて、気持ちを推し量り。
 人は、人を尊重し合うのに。
 あなたの心についてだけ、
 私はそれがほんの少しでも漠然であるだけでさえ、
 不安で心が千切れてしまいそう。





 言葉が潮風に流されて、互いの距離はあと数センチでのできごとだった。







愛だけでは辛すぎて。
信頼だけでは物足りなくて。
一番でも満たされなくて。
あなたのすべてが私のものならよかったのにと。
私の心は不毛なまでに渇いているのです。









talk
 短いな〜。ええっと、46夜ネタバレ?――いや、原作が手元にないので記憶が曖昧…。
 はじめは拍手用にと書き進めていたのですが、書いてみたら案外普通にUPしても大丈夫?、みたいな長さになったので。せっかくの七夕なんだからそれをネタに何か書きたかったのですが、七夕であることに気がついたのが七夕になってから数時間経過した後なので、いろいろと無理でした。しかもUPさえ七夕に間に合わなかったし…。壁紙はチューリップです。花言葉は…(あんまり気にしない方がいいかも)。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/07/07_ゆうひ
back