毒の林檎をくちびるに
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あなたになら、このすべてをささげてもいいのに。 あなたが欲すると言うのなら、私はこの身のすべてをあなたに捧げてかまわないのに。 けれど、けれど。 この身はあまねく毒なのです…。 「アレンの手って林檎みたいさ」 真っ赤な左の手を取り、ラビが言う。 窓からは朝靄の如き光りが差し込み、気だるいながらも穏やかな部屋に清々しさを醸し出している。二人でベットの上に腰を下ろして向かい合っていた。 本来はラビの私物である夜着はアレンには大きく、上着一枚だけでもその身を十分に覆ってくれている。上半身を曝け出した状態のラビの肢体を眼に写し、アレンはもう幾度目になるかもわからぬほどのことなのにもかかわらず、胸中頬を染めていた。 「林檎ですか?」 アレンが不思議そうに首を傾げるのに、ラビは楽しそうに返す。どことなくからかうような風貌は、彼の性質のようなものだ。 林檎と聞くと、アレンは瑞々しく鮮やかなに光る赤色のそれを思い浮かべるばかりで、まるで皮を剥がされたような、赤黒く引き攣れた己の腕とは決して重ならない。ラビが何が持って林檎のようだと語るのかが、まったく理解できなかった。 けれどアレンの考えなどラビにはお見通しなのだろう。彼はいつだって、飄々としたふざけたスタイルで、けれど一番大切なことは見逃さない。 観察力もあるが、何より察しがいいのだ。空気を読んで、そのときに一番大切なものをくれる。けれど、決して自分を崩さない。 だから、この時もそんなふうにアレンに答えを返してくれた。いつもは見上げる彼からの上目遣いがかわいらしいとは、アレンは小さく胸中で微笑む。 これもまた、彼の魅力の一つで。アレンが大好きな彼の一面。 彼の紡ぐ声には、揶揄するように楽しげな響きが含まれていた。 「おいしそうで、食べちゃいたい」 それに、アレンは小さく微笑んで返した。微笑にあわせるように、軽い髪がさらりと揺れる。 ラビは楽しそうで、だから、アレンも自然と楽しくなる。 「でも、これは毒林檎ですよ」 食べたらみんな死んでしまう。 私の敵を殺すための凶器。 「別に〜」 ラビは相変わらず楽しそうで、アレンはやっぱり不思議そうに目を瞬いた。 ラビはそれを見て笑みを深くする。アレンの瞳は普段は碧く、その色は海や空の色というよりは清廉な川の流れの色だ。ラビはその色も好きだった。 だが、彼が地獄に佇むとき。その色は灼熱の獄炎を写し取ったかのような火星色になる。 赤は毒の色だ。青く瑞々しい林檎は熟(う)れて赤くなり、その鮮やかさが誘いをかける。甘い蜜の中に毒があると知っていて、それでも触れることを止められない。 ラビはアレンの手を取ったまま、しばらく静かに笑んでいた。口角が上がったその笑みは、満面の笑みからは程遠く、楽しさや喜びとは異なった、もっと別の次元の思惑からきているものであった。 ラビの視線の先には、赤く熟れた林檎のような。アレンの左の腕が写っている。 アレンからはラビの後頭部が見えるばかりで、表情が見えなければなおさら、彼の思考などアレンには窺い知ることができない。ましてこのように、彼が自分のことについて何やら思いを馳せているときはなおさらだ。 ぐんっと風が唸ったような勢いがあったようにアレンには感じられた。ラビが突然面(おもて)を上げて、ラビと視線を合わせたのだ。 アレンの瞳をまっすぐと見つめたのは、瞬間のことだっただろうか。真剣で、けれどきょとんとしたようにも見える無表情。お互いに似たような表情だったのではないだろうかとアレンは思が、あまりにも刹那過ぎて、彼の表情を捉えることができなかっただけかもしれない。脳のどこかで捉えられなかった空白の時間を埋めるために、自分がしていただろう表情を彼に当て嵌めたのだろうか。 ラビはにぱっと笑った。それは出会ってまだ日が浅いときに、彼がした笑顔にも似ていた。 そう、呪われた瞳から視力が失せて、爪先にある崖の存在のわからないような。深い深い霧の中を、手探りで進んでいるような恐怖に襲われたあの頃。 笑い掛け、手を差し伸べて、近寄ってきてくれたのは初めから、彼からだった。 今回だってほら。彼は。嬉しそうに笑って云う。 「だって、愛するお姫様の与えてくれるものだから」 愛する人の与えてくれたものならば、我が身を切り裂く刃でさえも愛しいのだと。 アレンとて、その思いは良く知っていた。 養父が与えた呪いは、アレンを地獄の中へと放り込む。自分を愛するというイノセンスは、愛したものを修羅の道へと引き摺り込む。 それはこの身を死へと誘う危険。絶望と孤独、恐怖と嘆きに囲まれた日々。 けれど、けれど。 養父の呪いはイノセンスを持ち、アクマに襲われ続ける運命の己に危険を知らせる親の愛。この身を凶器へと変え、強制的に戦いの日々へと身を投じさせたイノセンスは、愛する誰もと出会うためには不可欠で。 毒と知っていて、この身を蝕む甘い毒だと知っていて、それでもなお、手放せない、幸福で。 アレンは何もいえぬまま。 ラビは真っ赤なその手に口付けた。 あなたのすべてを欲しています。 あなたのすべて、あなたの与えてくれるすべて。 私が受け入れられないものなど、私が受け取れないものなどないでしょう。 そう。 たとえそれが、この身を滅ぼしたとしても。 |
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白雪姫はラビかい?(毒林檎=アレンの手をラビのくちびるに…)。でもマナの呪いもアレンにしてみれば毒の林檎。毒を持ってても林檎は甘いのです。前後の短文は前半がアレン、後半がラビの思い。 お題のコンセプトは白雪姫。前後一行は白雪姫の物語をイメージしてます。私は白雪姫って馬鹿なので大嫌いなのですが、ここでは絶対にありえませんが、白雪姫は継母である魔女の罠に、それが自分を殺すための行為だと知っていて引っかかったと書きたかったんです。絶対にありえませんが、白雪姫は継母を愛していたのです。お母様として!むしろお母様に愛されたかったのです。娘として!だからお母様の望むようないい子になりたかったし、お母様がくれるものはなんでも嬉しかったんです。絶対にありえませんがね!!(物語の真実は彼女が只ゝ馬鹿だったからだと信じて疑っていませんし、それでかなり正しいとも信じていますが、それでは話ができないないので、曲解です)。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/04/30_ゆうひ |
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