荊の奥で待っています
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荊の奥で待っています。 幾重にも張り巡らされた有刺鉄線の内側にいる私に、早く触れてください。 誰も近づけぬそこで蹲って待っているのは、いつか必ずあなたが訪れてくれると信じているから。 深い深い、幾重にも巻き付いた荊の蔦のその奥で。 荊の蔦の中心で。 ずっと、ずっと待っています。 早く来て。 まだ見知らぬあなた。 早く来て。 早く来て。 荊の中央で蹲っている私。 あなたならきっと、私が植えて育てたこの荊さえ、ずたずたに切り裂いて。 私の手を取り、無理矢理立ち上がらせてくれるのでしょう? そして、私を引き摺って、明るい光りの下(もと)へと連れ出すのです。 「離して…下さい……」 腕を掴んで離さない彼の手には、大して力など込められていない。そんなことは、触れらている当のアレン自身には良く分かっていた。 少し、ほんの少しでいいから、力を込めて腕を振り上げるだけで、掴むその手は容易に振り解(と)けてしまえるだろう。それがわかっていながらしないのは、それができないからだ。 離して欲しいと望みながら、心の奥底にいる自分が、閉じ込められたそこから開放される救いの手を期待しているからだ。 「振り解けるデショ?」 「……っ」 ラビはただ静かだ。静かにアレンを見つめ、静かに事実を語るだけ。小首を傾げておどけるような態度で、それでもなお静かなだけだった。 だから、アレンは唇を噛み締めた。歪んだ表情は泣きたいからか、あるいは憤ってか。 背中に当たる壁の硬質な感触から、冷たい熱が伝わってくる。どれほどそうしているのだろうか。体がやけに冷えていることに、不意に感じた寒気にはじめて気がついた。 「ラビ…」 「なに?」 アレンの声が震えていた。小さな、掠れた声で、しかしラビは答えを返す。 アレンとは逆に、その声はどこまでも穏やかに。落ち着いていた。 「寒い…です」 「廊下だしなー。――…一緒に毛布にでも包まっちゃおっか」 「……あなたの部屋へは、行きません」 何度誘われても。 誰に誘われても。 誰の元へも、足を運びません。 「んー…、別に、アレンの部屋でもいいんだけど」 ちょっと考えるようにしてから、ラビはゆるやかに微笑った。 アレンは小さく瞳を伏せた。ラビのその答えを、知っているような気がしてたから。 (きっと、僕はラビに来て欲しい) 伏せた瞳に写るのは、汚れがこびりついて変色してしまった教団の床だけだ。まるで曇り空のように重苦しい色に写るのは、自らの心のあまりの卑怯な姿に、理性が呆れているためだろうか。 まっすぐに求めてくる相手に対してさえ、罠に掛けて絡めとるかのような用意周到さで。 ようやく見つけた希望の光が逃げてしまわないように。手の届くところまで誘き寄せて、それでもまだ捕まえない。 捕まえようと、掴み取ろうと腕を伸ばせば、己を閉じ込める荊の檻によって、自ら血を逃すのを知っているから。 痛みを知って、臆病になり。卑怯なまでに、誘き寄せて絡めとろうとしている。 「ラ、ビ……」 云わなければいけない。 早く云わなければいけない。 (大好きです) だから、早く逃げて。 私に掛けられた祝福は、私の周りにも呪いを飛ばす。 私はそれに抗う強さを持たぬまま、何も知らぬうちに、その祝福の引いたレールの上を走らされる運命。自らが選び取ったと錯覚までして。 だから、早く云わないければ。 手遅れになる前に。 また、私に掛けられた祝福の巻き添えにならぬうちに。 「アレン」 頬に触れた感触に、アレンははっとして視線を上げる。目の前にあったラビの顔が、さらに近くなっていて、思わず息を呑む。 目元にラビの指が触れて、その指がそっと横に引かれて離れていった。 涙を拭われたのだ。 いつの間にか流れていた涙を、ラビが拭っていた。 目の前にある彼の表情は、酷く優しい微笑だった。 「ラビ、」 「アレン」 「……」 何を云おうとしたのか。アレン自身にもわからなかった。 ただ、ラビの優しい微笑が、あまりにも胸に痛く。同時に、嬉しくて。暖かくて。 そうだ、これは、きっと切ないと。そういうのだろう。 「アレン、俺、きっとアレンよりも強いよ」 「……わかって、ます」 「うん。それで、アレンが乗っかってるのと、おんなじ道の上に立ってる」 「!」 アレンは思わず面(おもて)を上げた。いつの間にか、瞳が再び伏せられていたのを真ん丸く開く。 銀灰色の瞳が、光彩の加減でだろうか。陽射し色に輝いて写った。 「アレン。荊の蔦なんて、所詮は植物だしさ。簡単に、踏み込めちゃうんさ」 何もしなくても、季節が廻り、やがて枯れてしまう。 荊の棘で傷つくなんて些細なこと。私たちは、もっと過酷な闇の世界へと佇んでいる。 それでも私たちは生きている。 荊の奥にはさらなる闇が鎮座していて、けれど、それに立ち向かう力を、私もあなたも持っている。あなただけじゃない。私も、その力を持っている。 それは呪いの如き祝福。甘い言葉で囁かれた呪いの言葉。祝福を装って掛けられた呪い。 一度だけ、アレンの表情が泣き出しそうに歪み。それを隠すために、アレンは再び俯いた。 深く頭を下げたその表情は伺えない。 「ラビ?」 「ん?」 「明日の朝は、ラビが起してくださいね」 伏せられた面はそのまま。アレンが小さく囁いて、ラビの手をとった。 俯いたまま、表情の見せないアレンへ向けて。 ラビは優しく微笑んで、肯定の返事を返した。 百年の眠りから目覚めたとき、世界はどのように変わってしまっているのでしょう。 それは絶望にも等しいほどの過酷さでもって私を襲い。 恐怖にも等しい不安を与え、それでも尚、私を慈しんでくれる愛しい人たちさえ巻き込む、呪いの如き祝福。 私は荊の中に閉じ込められて、自らの力では目覚める自由さえ奪われて。 いっそ、死という名の祝福をとさえ願っていたのに。 ああ。あなたが現れた。 深く深く荊の奥で、このまま永遠に一人。 誰にも知られず生きていこうと──。 傷つくことを恐れないあなたが嫌い。 力づくで私に触れようとして。 酷いわ。 ああ、なんて酷いの。 あれじゃぁ、荊の意味がないじゃない。 ねぇ、早く来て。 私はまだまだ、もっと奥深くにいるの。 もっともっと、もっとずっと奥深く。 足を踏み入れて、私に触れて、目覚めさせて。 そして、願わくば私を愛してください。 生まれたときから祝福という名の呪いを掛けられた私。 坂を転げ落ちるように、その祝福の導く人生を歩まされる私。 引き摺られ続けてきた人生の中で、きっと、あなただけが私を受動的から能動的へと。 この呪いを真に祝福であったのだと、感じさせてくれる。 本当はあなたを待っている。 だから早く来て。 そして私を受け止めて支えて。一緒に歩いて。 だって、こんなに姿を変えた世界で、一人。 生きられるほど、本当は私、強くない――。 |
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失敗。大失敗。最近睡眠時間が少ないです。なのに忙しい(忙しいから睡眠時間が少ないんですね)。寝不足で頭が痛い…。そのうち書き直します。ってか書き直したいです。 荊の蔦はアレンの精神世界に作られた檻のようなもの?荊に囲まれて、アレンは自分の世界に閉じこもってるのです。ラビはアレンの内側に遠慮もなく、アレンの拒否(=荊)さえ無視して、土足でアレンの中に入り込んで、アレンを外の世界へ連れ出します。つまりはラビに惚れさせます(笑)。はじめは「眠り姫」をイメージして作っていた前後の一文のはずが、気がつけばアレンの独白になってて、さらにそのせいでそれさえも微妙に女の子化してて大・失・敗。独白ばっかりでかつてないほど動きのない話です。というか、書いても書いても納得できない。書ききれないんです。…奥が深いぜ!眠り姫!!(爆) ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/05/13_ゆうひ |
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