真摯な視線 







その手に剣(つるぎ)を取れ










 たまたま教団側にいるだけ。
 歴史を見るために。
 成り行きで知り合っただけ。
 だからまるで仲間のように話している。
 本当は必要のないもの。
 感情なんていらないもの。

 ブックマンに、感情はいらない。

 わかっていても納得できないこと。
 わかっていても消えてはくれないもの。
 わかってはいても、諦められないもの。
 だから、必死に笑った。


 諦めろ。


 それは 本当は 誰に向けられた言葉だった?



 諦められるはずもないのに、それは、誰に向かって叫んだ言葉だった?










「アレン〜」
「どうかしましたか、ラビ?」
「いやね、もうちょっとだけでいいから、俺のこと見て欲しいなぁ…なんて」
「……アホですか」
「酷ッ」

 アレンからはかなり大きすぎるように見えるラビのリアクションに、アレンは隠すことも無く溜息をついてみせた。
 はあ〜っと吐き出されたその溜息に、ラビの頭に「ガンッ」とかいう文字が石にでもデフォルトされて落ちてきていたかもしれない。
 ぐったりと肩を落として落ち込むラビに、アレンは呆れた。
 そんなふうに顔をうつ伏せてしまっては、彼がアレンを見ることなど不可能ではないか。

(それに、僕が何を感じるかなんて、きっと思いもしないんでしょうね)

 アレンは呆れた。呆れて苦笑が漏れた。
 胸中での呟きは、残念ながらラビには届かない。
 普段は聡いラビだが、アレンのラビへの思いには――あるいはラビへ向けられるあらゆる恋愛的好意には、とことん鈍いのだ。ある意味恋する乙女泣かせだ。
 …――アレンは乙女ではないけれど。

 内心はびくびくと、まるで愛情がなければ死んでしまうとさえ云われる兎のように、恋する相手からの拒絶に怯えて。それをまるで悟らせないように、必要以上にまっすぐであからさまで、悪く云えばずうずうしく、自分の愛情を伝えてくるラビ。
 相手の思いなどお構いなしに、まるで貢ぐように献身的に向けられる愛情に、けっきょくアレンは負けたのだ。
 まっすぐに向けられる、その怯えた真摯な感情が、あまりにもアレンの胸を叩くから。
 切なさがあふれて、苦しいくらいに痛くなってしまって。


 あのときの真摯な視線は、今も変わらないけれど。


「ラビ…」
「ん?」

 ちょっとだけ面(おもて)を上げたラビは拗ねた子供のようで、アレンの目元が優しげに細められた。窺うようにアレンに向けられた隻眼の視線は、まるで菓子の購入の是非を問う子供のそれそのままだ。
 彼の幼い頃が見てみたい。
 決して叶うことのない、ふとした欲求に心が寂しく痛むのは、もう何度目だろうか。アレンはそれが自分だけが起す欲求ではなく、互いに囚われる欲求であることに、まだ気づいていない。
 お互いに、それに気がつくほどの余裕は、未だない。
 けれど今は明らかにアレンのほうに余裕があったから、拗ねた恋人を慰めるのはアレンの役目なのだ。

 アレンの指がそっとラビの頬に触れる。ラビはもう少しだけ顔を上げた。
 包み込むようにラビの当の頬を包むアレンの手の平は、どちらも変わらず温かかった。
 微笑むアレンの銀灰色の瞳に引き寄せられて、ラビは何も考えられない。醜い蛾が、愚かにも炎に惹かれて飛び込んでいくかのように、ラビの緑柱石色の隻眼は、アレンの微笑に引き寄せられていた。

「ラビこそ、もっと、ちゃんと僕を見てくださいね」

 アレンの唇から漏れる声が、ラビにはどれもこれもが甘く感じられる。その甘い香りに誘われて、数多の蟲(むし)どもが葛(かずら)の腹に落ちたのか。
 それらの蟲どもには後悔する頭さえなかったかもしれないが、ラビには後悔する余地など欠片も無かった。

 だって、アレンが微笑っている。

 ラビの瞳に映るのは、頬に薄く広がる淡いピンク色。星の光りに憧れる少年のように、キラキラとした希望に頬を紅潮させていた頃から変わらぬだろう、白い肌の滑らかさが、頬に触れた指先から感じられていた。
 唇でその膨らみに触れたら、きっとしっとりとやわらかで、甘やかさに眩暈がすることだろう。
 漠然と考えながら首を伸ばせば、期待した以上の豊潤なそれを、ラビは本能の求めるままに、夢中で貪っていた。
 唇を離し、アレンの唇を震わせて漏れた呼気に、ラビはそれまで何が起こっていたのかをようやく知ることができた。腕の中に抱き込んだアレンの体からは力が抜けてぐったりとしたまま、ラビに預けられている。

「…はっぅ、ぁ、ラビ……」
「ん?」
「……いえ、なんでもありません」

 あなたの視線が、またまっすぐに自分だけに向けられているのを確認して、アレンは微笑んだ。まだ多少呼吸が不便だが、彼の視線がこちらに向いたので、ひとまずは許してあげることにする。

(でも)

 アレンは胸中で牽制することを忘れない。

(もし今度、僕の視線を疑うことをしたら、絶対に許しません)

 ラビが思っている以上に、アレンはラビのことばかり追いかけている。見つめている。
 ラビが思っている以上に、アレンはラビのことばかり考えている。思っている。
 だから、ラビがあれんに「もっと」などと要求するのは、お門違いなのだ。
 だって、アレンはこれ以上は耐えられない。
 今だってもう充分限界なのだ。
 これ以上は耐えられない。これ以上の、胸を締め付けるこの感情には。

 これからまた、アクマとの戦いの中に身を投じる。
 アレンは亡くした掛け替えのない人の思い出を抱えて。
 ラビは歴史を記録する傍観者として。
 決して心の交わることのない位置に立ちながら、その姿を見つけてしまったから。
 もう、視線をそらすことができないまま。ただひたすらなまでに、まっすぐと見つめることをやめることができなくなって。
 戦うときは、互いの背中を預ける。

「アレン」
「はい」
「大好きさ」
「……知ってます」

 互いの額が触れるほどの距離で、二人の顔には嬉しさに満ちた微笑があった。















 いつも見ています。あなたの戦うその姿。
 いつも感じています。私を案じるあなたの心。
 たとえ触れていなくとも、あなたと私の手はいつだって繋がれている。
 指先が触れていて、指を絡めて離れぬように。
 瞼を落とし、自ら漆黒の闇の中へと飛び込めば。
 背中にある、あなたのそのぬくもりを感じることができる。

 今は背中合わせに戦う私達。
 その視界にあなたがいなくとも、あなたの視界に私が写っていなくとも。
 あなたの戦いぶりも、その心も、覚悟も。
 あなたの何もかも、私はまっすぐ知っている。

 真摯な眼差しを私にくれるあなた。
 あなただから、私はこの背中を預け。
 私は戦い続ける。振り向くことなく、まっすぐに―――。

 強くて優しいあなた。
 ほんとうは淋しがり屋のあなた。
 あなただから、私は背中を預けて。
 あなたと二人、背中合わせで戦うことができるのです。

 感じています。あなたの視線。
 たとえその視界に私が写っていなくとも。
 あなたの視線はいつだって、まっすぐ私に向いている―――。










それが私の愛のかたち









talk
 またもやお題から微妙にずれた話になりました。タイトルからの期待を見事に裏切ってすみません。
 第64夜をベースにしております。剣=スペードの(A)カード。逆さまにしたら歪なハート。誰かを愛するという気持ちは美しいけれど、アレンたちにとってそれはただ美しいだけではなく、悲しみや切なさを伴うものだと思います。彼らはみんな、誰かを、あるいは人を、世界を愛する心を糧にして、あるいは剣(武器、戦うエネルギー、戦いへ赴く力)にかえて、必死にアクマに立ち向かっているのだと思いました。
 ちなみに前はラビ、後はアレンの独白。前後の一行は前後共にアレン寄りで、でも両方でも可。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/10/03_ゆうひ
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