只々直向き 







どれほどの装飾品でさえ、あなたの素肌には適わない。










 ああ、こんなにも直向きになれることが、これまでにあったでしょうか。
 その魅力的な素肌を貪るときの情熱は、他の何にも勝るものであれば。
 ああ、こんなにも直向きに。
 ああ、こんなにも一心不乱に。
 ああ…!
 こんなにも何かに熱中することがあるなんて。
 あなたの甘く蕩けるような。
 あなたから立ち上(のぼ)る馨(かぐわ)しさに。
 私の理性など簡単に、砂の城よりも脆く崩れ去る。
 その劣情はとどまることを知らず。
 永遠に覚めやることを知らぬ夢に侵されたかのように、私を酔わせて狂わせる。
 ああ、こんなにも直向きに求めるものが、これまでにあっただろうか。
 淡く輝き浮かび上がるあなたの白い肌を貪り、闇に響くあなたの甘い声に思考を奪われて。
 もう、他の何も考えられなくなる――。





 アレンはまさに口を戦慄かせていた。ぽかんと開いた口からは言葉にならない言葉が漏れ、その頬はうっすらと赤味を帯びている。
 白く透き通るような――ありふれた言葉にさえ真実味を持たせるその肌に上った朱色は、ピンクの薔薇が綻んだように、薄く、アレンの頬に広がっていた。
 銀灰色の瞳はどこか潤みを持ちながらも呆然と見開かれている。何かに見惚れているかのようなその視線の先にあるのは、オレンジ色の髪が鮮やかな隻眼の彼――ラビだった。

 アレンはまさに見惚れていた。だって、ラビの教団服以外の姿を見たことなんてなかったから。
 いつもふざけた態度でばかりアレンに接してくる彼は今、スーツをきちんと着こなした正装姿で、アレンの前に佇んでいる。もともと整った体躯をしている彼だからこそ、あんなにも完璧に着こなせるのだと思うのでは、アレンの惚れた欲目だろうか。
 アレンはそんなはずがない、と信じて疑ってもいないけれど。それでさえ、惚れた欲目でないとは言い切れない。

 そうしている間に、ラビの瞳がぼーっと見惚れるばかりのアレンの姿をとらえた。その途端に、ラビの面ににっこりとした嬉しそうな笑顔が広がって、アレンはそれにますます頬を染め上げる。
 ラビの笑顔がアレンに向けられた瞬間は、その嬉しそうな姿が自分に向けられたのだとはっきりと理解して、アレンの心臓はどきりと跳ね上がった。下手をすればそのままショックで止まってしまうのではないかと危ぶまれるほどに大きく跳ねた鼓動は、体全体を持ち上げるほどの力を持っていたらしかった。
 実際にはどうだったのか。それはアレンには確認のしようもないことであったけれど、少なくともアレン自身には、どきりと跳ね上がった鼓動によって、体全体も跳ね上がったように感じれられた。
 だから、アレンはそれをラビが見とめてしまい、いきなり起こした不気味な動きに首を傾げて訊ねてきはしないかと、ラビがアレンに近寄ってくる僅か十数歩の距離を、それはもうどきどきしながらすごさなければならなかったのだ。数分にも満たないだろうその時間を、アレンはいったいどれほど長く感じたのか。
 それは、アレン本人にさえわからない。

「アレン、かっわいい〜」

 ラビが両手を広げて嬉しそうに駆け寄ってくる。ラビと似たようなデザインの正装を施したアレンは、ラビのその台詞に自分の姿をようやく思い出した。
 ラビの評価にやはり頬を赤く染め――そろそろこれ以上は染まりようがないくらい赤くなっているのではないかとアレンは疑っていたが――、両腕を広げたラビに抵抗することなく抱きしめられるにまかせる。頬に当たるラビのぬくもりが、十分に熱くなった頭にも優しく感じられた。

「うっ…でも、ラビは、かっこいい、です……」

 アレンは小さく返した、本当は『かわいい』の評価へちょっとした皮肉の一つでも返したいところだったが、けっきょく口をついて出るのは素直な感想だ。自分の台詞に照れて、アレンはすでに苦しいほど密着しているラビの腕の中へと、さらに身を隠してしまいたい衝動に駆られて、身を縮めるようにする。
 ラビにしっかりと抱きしめられているアレンの声はくぐもっていたが、隙間さえないほど近くにいるのだから、ラビには十分に聞こえたらしい。とびきりの笑顔でアレンの頭頂部に自らの頬を摺り寄せてきた。
 それはラビがよくとる行動の一つで、どうやら彼は人に思いっきり甘えるときにこのように頬を寄せるのが好きらしい。そうされるとどうにも照れくさくて仕方がないが――しかも身長が彼よりも低いことをありありと感じさせられて、育ち盛りの思春期真っ最中な少年としてはいろいろと複雑にもさせられる――、それ以上にアレン自身もまた嬉しい気持ちになるのだから始末が悪い。
 アレンはふわふわと、まるで、寒さに凍える夜、暖かな室内でやわらかな毛布に包まれいるかのような優しいぬくもりに包まれてるときに似た心地に誘われながら、そっと瞳を閉じる。かつて、どこまでも安心できるそのぬくもりを与えてくれたのは、すでにこの世にはない――そして今、何よりもアレンの側近くにいて呪いという名の守りを与えてくれている――養父だった。
 今彼を抱きしめている彼は、そのぬくもりにも勝るほどの安らぎと愛をアレンに与えてくれている。だから、アレンはそのいっぱいの愛を受け止めることができるのだ。

「ラビ?」

 突然、くすくすとラビが体を揺り動かして笑う気配がして、アレンは不思議そうにラビを見上げた。その体はラビの腕の中にすっぽりと収められているため、首を動かすこと事態、僅かなものしか適わない。見上げたといってもラビの表情も見えず、ただ彼のすらりとした形のよい首が視界に写るだけだ。その首にさえも見惚れそうになりながら、アレンは何故ラビが笑っているのかがわからずに、ますます首を傾げるばかりだ。

「いや、アレンがめいっぱい正装してる姿もかわいんだけどさ」

 ラビは僅かに体を離して、アレンと視線を合わせる。
 ようやくラビの表情が見ることができるようになったにもかかわらず、僅かなりとも遠くなったラビとの距離に、アレンの心の隅に幾ばくかの寂寥が過(よ)ぎった。
 見上げるラビの表情は予想に違わぬ楽しさに満ちた笑顔で――それはアレンの心の有り様とはまさしく正反対のようであったけれど――、その真意が読めずにアレンはただそれを見上げていることしかできずにいた。
 ラビの瞳がよりいっそう眇められた。

「本当は、それだけで、アレンは何よりもかわいいな〜って」

 まるで夜具の中で戯れを囁かれているときのように耳元にラビの吐息を感じて、アレンは瞳をまんまるにして背筋を伸ばした。
 いつもよりもほんの少しだけ低く抑えられたラビの声でだけでも、緊張のあまり背筋が伸び、その声の持つ男性的な艶を感じる恥ずかしさに、どうしようもないほど居たたまれなくなるというに。ましてそのような台詞を囁かれて、どうして緊張もせずにいられるというのか。

 ただ、それだけで。

 それはつまり、ただその身一つでかまわない、とそういうことだ。他の何も必要ない。ただその身一つで、彼を満足させることができるということ。
 オブラートな夜伽への誘いに、アレンはただただ恥ずかしさに顔を赤く染めるばかりだ。
 その誘いへの回答を求めてくるラビに、アレンは声など発することもできないので。ただ一つ。首を縦に振ることで、その誘いに乗ることを了承して見せるのだった。





 こんなにも直向きになれることが、他にあったというのでしょうか。
 あなたのその姿をこの瞳にちらとでも写してしまおうものならば、もう私はただその姿を追うだけのものと成り果てるのです。
 ただただ直向きに。
 あなたのその姿に惹かれて、まるで花の蜜を求める蜂のように。
 ふらふらとした、酔いの覚めやらぬ意識の中で。
 これ以上に熱中できることがあるというのでしょうか。
 決して瞳をそらすことなど適わぬのです。
 そしてあなたのその姿に浮かされたまま、私はあなたにこの身一つで、すべてを奉げるのです。
 この身をあなたに奉げる。
 それ以上に、直向きなものが、他にあるというのでしょうか。
 私の愛に、それ以上に直向きなものなど、他には何もないのに。
 なぜなら、私が奉げることのできるものなど、他には何もないのですから。
 だから、あなたにこの身を奉げるというそのことは、あなたに私のすべてを奉げるということと、まったく変わらぬ、同一のことなのです。










 一糸纏わぬ白磁の素肌。そして華より甘いあなたの香りで、さあ、私をその胸の中に迎え入れてください。
 そして私はあなたの腕に包まれて、極上の酒に酔うよりも早く、楽園へと沈んでいくのです。










あなたの前ではいかなる宝石も香水も、霞んで輝きを失うだけ。









talk
 注:これは純粋な夢を形にしたものです。
 朝起きる直前にこんな夢をナチュラルに見ている自分に「よくやった!!」と叫んだことさえ、ネタばかり考えている腐女子であることに、もうここから抜け出せないと思う今日この頃。ところでこの二人はなぜ正装しているのでしょうか?それは書いた私にもわかりません。しっかし、表現力のない自分の文才に限界を感じて嫌になります。もっとこう…艶っぽくしたい…。文章がダメダメなのは今に始まったことではありませんが、それにしても今回は目も当てられないほどぐちゃぐちゃだな〜。相変わらず不必要に間延びした文章がうざいです。かっこいい文章が書けるようになりたい(泣)。
 一番最初は「あなたの裸体」だったのですが、なんか語呂がな〜…。なのでやむなく、断腸の思いで「素肌」に変更。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/10/16_ゆうひ
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