透明な声音
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最近新しくエクソシストとして黒の教団本部にやってきたアレン・ウォーカー。寄生型の彼は、いつも食堂にて奇跡のような食いっぷりを発揮している。 周囲が唖然としながら、半ば茫然自失状態でその勢いのある食事風景を見つめている中で、アレンの真正面の席に陣取ったオレンジ髪の青年だけは、にこにこと何が嬉しいのか、機嫌よくその姿を見つめている。頬杖をついてアレンのすさまじいほどの食事風景を眺めている隻眼の青年の名はラビ。ブックマンの弟子という、教団内でも少々異色のエクソシストだった。 (あの二人、いつの間に仲良くなったのかしら?) 食堂のカウンター前で食事を載せたトレーを受け取りながら、リナリーは首を傾げた。まっすぐと伸びる美しい黒髪のツインテールがさらりと音を立てて揺れた。 アレンは相変わらず食事に集中しており、目の前のラビはもちろんその他周囲には一切目もくれていない。彼の前に積み上げられているジェリー渾身の作品たちは、味わっているのか――もしくは一噛みさえしているのか――も怪しいスピードで空皿(からざら)の群れへと変身を遂げていく。 壮絶なその光景は、けれど時間にしてはそれほど長い間繰り広げられていたものではなかった。 カランと透明な音を立てて、ナイフとフォークが白い空(から)の皿の上に置かれる。その高い音に我に返りアレンの前に広がるテーブル上を見回せば、それが最後の皿であったことが分かる。つまり、彼の前にはもう食事の乗った皿が一枚もないのだった。 「ふぅ。もうお腹いっぱいです」 アレンが嬉しそうに笑うのに、一番に反応を返したのはラビだった。彼はもうとっくに食事を終えていただろうに、何が楽しいのかアレンの食事風景を嬉しそうに眺めていたようだ。 二人が共に食事をしにきたことは疑いようのないことのようだったが、一人ではなく誰かと共に食事をしている風景にしては、少々異質な風景だったといわざるを得ないだろう。 普通、親しい誰かと食事を共にしているのだから、黙々とそれに集中するということはないだろう。食事のマナーとしてはあまり美しいとはいえないのかもしれないが、楽しく話をしながら食事を楽しむのがその醍醐味だとリナリーは思う。 けれど、どうやらこの二人にそれは当て嵌まらないらしい。ラビとアレンは共に食堂に現れ、注文し、示し合わせて席を共にした。けれど、その後は会話もなく、互いに食事に集中してしまう。アレンは食事中にはそれにひたすら集中し、ラビはそれを邪魔することを避けるかのように、アレンの食べっぷりをおかずにしながら楽しい食事を終えるのである。 そして時には紅茶を啜りながら、アレンが食事を終えるのをひたすら待つのである。けれどその表情を見る限り、その待ち時間がラビにとって苦痛になっているとは思われない。彼の表情はいつだって満足気であるからだ。 それが、ここ数日アレンとラビの食事風景を観察して出したリナリーの(脳内)報告書の概要だった。 「あ、僕もお茶を頂いていいですか?」 「もちろんさ」 今もまた、リナリーから三列ほどテーブルを挟んだ先で、ラビとアレンは楽しそうなやり取りを交し合っている。アレンの食事が一息ついてから、二人はこうやってのんびりと紅茶を啜るのだ。 しばらくのんびりとして一息入れてから、二人は並んで食堂を出て行く。リナリーはいつも、そのときにはまだ自分の食事を終えていないこともあり、食堂を出て行く二人の背中を無言で見送る。 けれど今回は違った。リナリーはほんの少しだけ、いつもより早く食事を終えることにしていた。そして、ラビとアレンの後姿を、何気ない振りをして追いかけたのだった。 いつの間にあの二人は仲良くなったのだろうか。それが、リナリーが初めて食堂で二人が食事を共にしている姿を目撃してからの疑問だった。 アレンが教団に到着して、おそらく初めに相対したエクソシストがリナリーだ。それ以来、リナリーは生来の面倒見のよさもあって、何くれとなくアレンの世話――教団内の案内などをした。すぐにリナリーにもアレンにも別個の任務が入り、しばらく間が開いてしまったが、それでもお母さん気質の強いリナリーは、アレンのことを気に掛けていたのだ。 そして食堂で見かけたアレンとラビの姿。いったい自分の知らない間に二人の間に何があったのかと気になるのは、人の情でもあるし、女の子の本能でもある。 ラビは上辺が人懐っこいので、それほど不思議に思う必要はないのかもしれない。しかし、上辺が人懐っこいだけで、本質は厚い鎧に覆われているのだ。リナリーは人の心の機微に聡いので、その辺を敏感に感じていた。アレンにしても、ラビと同様のことが言えるだろう。 他人には簡単に心を開ききらないように見受けられる二人が、ただ親しい姿を見せているのであれば、リナリーとてここまで気にはならなかった。気になったのは、そんな二人が心から、互いの心の深奥までもを預けているかのように窺えてしまったからだ。 二人は並んで歩き続ける。向かう先は教団の居住等。二人の私室はもちろん、リナリーの私室も二人が向かう先にある。もちろん女性用の部屋と男性用の部屋は隔てられているが、その行き来に特別な規制はない。部屋まで行かずとも、談話室も存在するので何が変わるとも思えないが。 楽しそうに会話を交わす姿は、教団内であっても特に珍しくはない友人同士の様子だった。話されている会話も極々何気ないものだ。 食堂から随分と遠ざかったと思われた頃、それは起こった。その瞬間、リナリーは驚きのあまり、思わず瞠目していた。 「ラビ」 「アレン」 リナリーの視線の先にいる二人は、ただ互いの名前を呼び合っただけだ。顔を見合わせた二人はとても嬉しそうで、けれどリナリーが驚いたのはそんなことではない。 近くの壁に適当に体を寄り掛からせて、リナリーは息をつく。後頭部に壁の硬い感触を感じながら、見上げた吹き抜けの天井がやけに丸く見えるとぼんやりと思った。 (そんなに透明な声音なんて、反則じゃないかしら――) 互いの名を呼ぶときの彼らの声音があまりにもきれいだった。そのことに、リナリーは信じられないほど驚かされた。そして脱力させられた。 互いを確認しあうもの二人の幸せに満ちた表情。繋がれた手。 それ以上に、二人がお互いを呼ぶ声が――名を乗せた声が、あまりにも澄んでいたことに、純粋であったことに、幸福に満ちていたことに、リナリーは衝撃を受けたのだ。 いつの間に。 何があって。 なぜこのような事態になったのか、その疑問は残るものの、あまりにも幸せそうにお互いの名を呼び合う二人を見たら、そんな疑問などあまりにも些細なことのように感じられて、どうでもよくなってしまった。 「ラビとアレンくんがねぇ〜…」 最初の衝撃が落ち着いてくると、次にリナリーを襲ったのは暖かな笑いだった。幸せそうな二人に当てられたのかもしれない。 くすくすと少女特有の可愛いらしい、小さな笑い声を零しながら、リナリーは勢いをつけて踵を返した。二人の向かった先とは反対側へと進路をとりながら、リナリーは相変わらず高い天井を見上げて瞳を眇める。 (二人とも、お幸せにね――) 胸中、呟く彼女の顔には、どこまでもやさしい微笑が乗せられていた。 |
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構想はさっさと出来上がっていたのですが、他に書きたいものが多くて書き始めるが遅くなりました。あまりにもD.Gray-man小説を更新していないのことに慌てて書き出したという…。ああ、でも他に裏作品もやりたいのに。最近、本誌の方で萌えが少ない(だってラビとアレンが別行動)ので、どうしても後回しにしちゃって…。すみません。 そんなこんなで初、リナリー視点で書かせていただきました。本編読んでたらわかりますね?あえて云わなくてもいいかとも思いますが、おもいっきりパラレルですよ。だってアレンがラビとであってからって、教団へは一度も帰ってないでしょう?だからこんな場面はどう考えたって原作とリンクさせることはできません。でも二次創作ではそれもありです!!(たぶん)。だってやっぱり教団での日常らぶらぶ風景とか書きたいじゃないですか。妄想したいじゃないですか! ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/11/03_ゆうひ |
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