+ homnculls-rain +










 コーディネイターの特権階級とでも云うのだろうか。ある程度の身分、財産のあるものにのみ許されていた娯楽の一つに、とある生物をペットとして飼うということがあった。
 ペットの通称は「ホムンクルス」。いわゆる獣人というもので、または「キマイラ」とも呼ばれた。

 人として世に生まれる以前、受精卵の頃に遺伝子操作を施して生まれてくるのが「コーディネイター」である。誕生した当初は、遺伝子操作という観点からさまざまな論争が起きたものであり、それはコーディネイターの第二世代と呼ばれる世代が誕生した今現在も変わらない。
 遺伝子操作を受けていない人間は「ナチュラル」と称され、コーディネイターとナチュラル間の確執は宇宙をまたにかける戦争にまで発展したのである。

 そんな中で。
 コーディネイター世界の中で生まれた「新種」のペットが話題と人気を呼んだ。
 ある種の禁忌に、人はいつの時代であっても惹かれて止まない。罪悪感を覚えながら、恐怖を感じながら、それでも手を伸ばさずにはいられない。
 そして、時と共に、それは禁忌ですらなくなってしまうことというものもまた、少なくはなかった。

 「ホムンクルス」の存在とは、まさにそれである。
 翼を持った人間や、猫や犬の耳や尾を持った人間。それがペットとして売られるのである。法律上に発生する彼らに与えられる権利は人と同じではなく、あくまでもペット扱いだ。
 けれど、彼らは動物と呼ぶには、あまりにも「人」でありすぎた。





 アスラン・ザラがそれを拾ったのは、雨の降る日のことだった。
 プラントにおいて雨は人工的に降らせるため、あらかじめ予報がある。そのため、雨の降る日にわざわざ出かける予定を入れるものはそうそういないし、その日に出かけるものも滅多にいない。けれど皆無ではない。予定は「突然」入ることもあるし、どんなに綿密な予定を立てたところで、それを簡単に突き崩してしまうような急を要する事象とて皆無ではないのだから。

 アスラン・ザラはその日、母親に頼まれてちょっとした買い物のために外へと出ていた。その帰り道のことだ。
 雨の降る…薄暗い街並み。そのさらに昏く、景(かげ)の堕ちた建物と、建物の合間。その奥。
 うずくまるようにして、それはいた。

 年は自分と同じくらいだと、すぐに見て取れた。ひどく薄汚れた格好をしているその姿は、雨にぬれ続け…。その姿は、ここでは見ることなどないほどにみすぼらしい。
 眠るように閉じられた瞳。頬に掛かり張り付いた、埃にまみれた茶の髪。そこから覗く猫のものとも犬のものとも見える耳で、すぐにそれがホムンクルスだと知れた。

 普段の自分だったら、どうしていただろう。少なくとも、ホムンクルスに野良はいない。野良猫や野良犬、捨て猫や捨て犬。こんな風に置かれていたそれらを見かけたことはあっても、連れ帰ることはしなかった。
 それが、捨てられた、ホムンクルスだと、すぐに知れた。

 ホムンクルスに野良はいない。
 動物と同じ扱い。
 けれど知識も能力も「人」と同じ。時にはそれを超える。
 けれど人権はない。
 ホムンクルスであることを隠し人としての生活を営むことは、プラントでは不可能だ。

 ホムンクルスを捨てることは法律で厳しく禁止されている。捨ててもすぐに所有者が分かるようになっている。ホムンクルスの瞳孔のパターンや指紋などは、飼い主と共に記録されるのだ。
 だから、捨て置くのだ。
 ホムンクルスは主人には逆らわない。

 ただじっと、家に戻ることを許さず、町の陰で待っていろ。

 そう命令されれば、その意味を理解しても、捨てられることを理解しても、死んでも、そこで待ち続ける。
 その後で飼い主は云うのだ。
 「行方不明になって、心配していた」―――と。
 それで、罪は大きく軽減される。

 捨てられて、見つけられたホムンクルスは、管理機関に連れて行けばすぐに飼い主が分かる。ホムンクルスがその場を離れるのを嫌がれば、機関に連絡を入れるだけでもいい。
 それで飼い主が判明し、そのホムンクルスが飼い主に戻されれば、とりあえずそれはそこで終わりだ。

 アスラン・ザラは手を伸ばした。
 管理機関に連れて行けばいいのだ。

 伸ばした手に。触れた手に。―――開かれた紫電の瞳。
 それはわずかに首を横に振り、そして微かに口を開いた。
 震える唇から洩れる吐息と、小さな声。
 それは云った。

「帰りたく…ない……」

 帰ってはいけないのだから。



 放っておいて。
 見なかったことにして。



 瞳が、その存在全体で訴えかけてくるそれ。
 手を伸ばした。
 それを振り払う力もないのだと、知った。










 連れて帰った「それ」に、母はすぐに湯に入れて上げなさいと…そう、云った。すぐに暖めてあげなさいと。そう、云ってくれた。
 ずぶ濡れになって帰ってきた自分にも温まるように云い、他のものにそれを任せるように云う母の言葉に逆らい、自分ですべてをしてあげたかった。

 ずっと瞳を閉じたまま、もしかすれば気を失っていたのかもしれないそれは、温かな湯に入れたところで、ようやくその瞳を再び開いた。
 自分の状況に気がつくと、ひどく不安げな表情で自分を見上げて、震える全身で、また、あの時と同じく。軽く首を横に振った。

 伸ばされた腕に目を落とし、すぐに理解した。
 彼は、虐待にあっていたのだ。

 無数の青痣。
 擦り傷。
 切り傷。

 汚れを落とした彼の髪は、まるで陽の光に輝く金色(こんじき)の稲穂のようだった。
 白い肌。
 細い肢体。
 朱く色づく、艶やかな唇はわずかに開かれ。
 その紫電の瞳から、彼は無言で泪を流した。



 それでも、主人を愛しているのだと……。



 彼の瞳がゆっくりと閉じられ。しかし一筋(ひとすじ)の泪は頬を伝い流れていく。
 たった一筋。
 一滴(ひとしずく)のその泪。
 それが、何よりも語っていた。

 ホムンクルスの、悲しいまでの心を。

 その、性(さが)を。





 やわらかで清潔なベットの上に寝かせたその姿が、ひどく儚げで。
 ゆっくりとその紫電の瞳が、再びその姿を覗かせるまで、その傍(かたわ)らにいた。

 名前を「キラ」と、そう云った。
 名前は捨てられないのだと。
 そう、云った。

 手続きは簡単だった。
 虐待を受けていたホムンクルスを引き取ることを、たとえ元の飼い主が反対したとしても妨げられることはない。
 ペットの権利とは、それくらいにはあるのだ。

 ホムンクルスは他のペットと比べて、今までの主人から他の主人に移され、それに順応するということがひどく難しい。孤児となった子供が、里親に慣れるよりも、心を開けるようになるよりも、ずっと、ずっと難しい。

 初めは憂いてばかりの彼の瞳に、少しずつ光が戻ってきた。そう、思えた。
 キラは、少しずつ、笑うようになってくれた。

 彼はとても優しくて。
 自然が好きなのだと知った。

 とても頭が良く、優秀で。
 いろいろなことを教えてあげると、すぐにものにした。
 自分と一緒に勉強に励めるのが、ひどく楽しそうで、嬉しそうで。けれどアスラン・ザラは知っていた。それよりも何よりも、自分がもっとも嬉しいのだと。キラといることが、キラがいることが、この世の何よりも嬉しくて仕方がないのだと、自分が思っていることを…彼は知っていたのだった。

 なんの不満もない人生で。まだ、10年と少ししか生きていない人生で、その人生の中で。
 なんの不満もないのに、これ以上の幸福があるとは思っていなかったのに。
 考えてさえいなかったのに。
 これほど満たされることがあると…こんな人生があるのだと。

 今、この時間。
 キラといっしょに過ごすこの時間。

 それに比べると、すべての時間が…そう。
 まるで、キラに出会ったあの時。あの、灰色の雨の日。
 まるで、色がないかのように、思えた。










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 アスキラです。パラレルです。キラを女の子にしようかと思いました。男の子のままにしたとき、表においても平気かな…とか脳裏をよぎり、冷や汗が流れました。エロを入れたかったのですが、私の技術でそれは無理なので断腸の思いで切り捨て。誰か書いてくださる方を切に募集します。
 これはまだまだネタがあるのでもしかしてシリーズ化するかもです。もしよろしければご意見ご感想などお聞かせ下さい。---2003/01/05

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