←
+ homnculls-fair +
『お母さん、僕じゃないよ、こいつがこぼしたんだ。こいつのせいだよ』 『ホムンクルスが欲しいって云ったのはあなたでしょう。ペットの面倒も躾も、きちんと自分でするって約束で買ったのよ。ちゃんと躾けないのがいけないんですよ』 『ほら、またお前のせいで怒られたじゃないか!!』 『お前が言うことちゃんと聞かないからいけないんだぞ!!』 『生意気なんだよ!!それくらい知ってる!!ペットのくせに知ったかぶりするな!!』 ごめんなさい。 希み通りにいられなくて、ごめんなさい。 悪いことしたら怒られるのね。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 でもね、でもね。 お願いだから、ぶたないで。 言葉が分かるから。 ご主人様の言葉なら、なおさらだから。 だから、ぶたないで。 それは、とても痛くて、かなしいから……。 「―――――キラ、キラ」 優しい声と微かに感じる振動によって、キラはまどろみの中から目を覚ました。ふるふると長い睫毛を振るわせて開けた紫電の瞳に写ったのは、最近彼のご主人になったアスラン=ザラ。藍色の癖のある髪も、翡翠の瞳もとてもきれいで、自分の名を呼ぶその声が何より心地良く、キラには写る。 あまりの心地良さに、キラはその瞳を細めた。 「キラ、また寝ぼけているのかい?」 穏やかに微笑んで、優しさに満ちたその声に語られて、キラはようやく、それが夢でもなんでもない現実なのだと気がついた。 思えば窓から差し込む陽光は朝の白さに輝き、やわらく自分に降り注いでいる。 キラは慌ててその身を起こしに掛かり、やんわりとした手の動きに制された。不思議に思ってその手を辿り見上げれば、先ほどから変わらずそこにあり続けるご主人様の微笑。 軽く首をかしげると、アスランはキラの疑問をすべて了解したように口を開いた。 「キラはおっちょこちょいだからね。そんなに慌てたら、ベットから落ちてしまうよ」 くすくすと笑いながら語られたその言葉に、キラはカーッと首まで朱く染め上げた。 アスランが本気でそれを笑いものにしているわけではないことを、キラは知っている。だからこそ、どうしようもなく恥ずかしい。 本当なら自分がアスランよりも早く起きて、彼を起こしてあげたいのに、アスランはいつもキラよりも早く起きる。いや、キラはいつも、早く起きられない。今日もそうだった。 そのことを思い出して、キラは次にしょんぼりとした表情で項(うな)垂れた。心持ち、キラのさらさらとしたブラウンの髪から覗く猫耳もが力なく垂れ下がってしまっているように見える。 アスランはそれをみて、再びキラに声を掛けた。それは、どこまでも優しいもの。 「キラ、なにを気にしているの?それとも、気持ちよく寝ているところを起こしてしまったから、怒っているのかな?」 キラは慌てて、ぶんぶんという音が鳴るかと思われるほど勢いよく、首を左右に振った。驚きのあまり瞳が零れんばかりに目を見開いてしまう。 アスランはそんなキラの様子を見て、また楽しそうに微笑った。 「くすくす、それは良かった。―――さぁ、キラそろそろ起きて準備をしないと。今日はニコルのピアノの演奏会に招待されているんだろう?早く準備をしないと、朝食を食べ損ねて出かけなくてはいけなくなってしまうよ」 アスランはキラに手を差し伸べた。 キラがおずおずとその手を取れば、アスランは嬉しそうに笑う。それを見て、キラは毎朝、安堵に息を吐く。 アスランに手を引かれベットから起き上がると、キラは朝食へ向かうために身支度を整え始めた。 「ニコルくん、こんにちは」 「こんにちは、キラさん」 萌黄色のやわらかな髪の少年だった。 今日、キラとアスランをピアノの演奏会に招待し、今、キラに握手をもとめて挨拶をしている彼の名はニコル=アルマフィ。キラと同じホムンクルスの少年だ。年齢はキラよりも一つ下で、彼の頭上には丸みをおびた犬の耳が覗いている。 「ピアノ、とってもきれいだったよ」 「ありがとうございます。そういっていただけるだけで、演奏したかいがあるというものですよ」 「アハハ」 「アスランは寝てましたか?」 「う〜ん。…僕が云ったっていうのは、内緒だよ」 「もちろんです」 ニコルとキラは同級生だ。 本来、ニコルの飼い主にあたるアルマフィ夫妻の間には子供ができなかった。コーディネイターには珍しいことではないことだが、アルマフィ夫妻の場合はそこで子供を諦めることができずに自分たちの遺伝子を混ぜてホムンクルスを作り、自分たちの息子として育てることにした。 そうして生まれたのがニコルだ。 彼はご主人であるアルマフィ夫妻のことを「父さん、母さん」と、実の両親として呼び、アルマフィ夫妻もまたニコルを実の息子として紹介する。 ホムンクルスはあくまでもペットであるが、A.D.1900年代終わりには、犬や猫といったペットを実の子供として財産を相続させたいという人も増え、コーディネイターの少子化の深刻化とそれによるホムンルクス需要の増大に伴い、ペットを子供として登録することができる制度もできている。 そこで問題になってきたのが、教育機関と社会生活の問題だった。 仕事に関して云えば、犬や猫だろうが訓練して仕事をさせるのはもう随分と昔から行われているのでたいした問題ではなく、ホムンクルスに仕事をさせることが許可された。問題は、どこまで人と同じ仕事をさせるのか…ということであったが、そもそもホムンクルスは上流階級の特権的なペットであるから、仕事を与えてもらう側ではなく、仕事を与える側が望んで仕事を任せることができる状況にいるのだ。仕事をさせるさせないも、なにを仕事として与えるかも、それがペットの保護法に触れない限りは基本的に自由でいいという結論に達した。 そして、現在それは問題なく運用されている。 もともとホムンクルスの知能や技術は人間とほとんど変わらない、もしくは人間のそれを上回る場合もあるのだから、当然であるかもしれない。問題が起こるとすれば、それは人間側の嫉妬と傲慢から生じるものだろう。 教育機関に関しては、犬や猫を学校に通わせるわけにはいかないし、それはどうしたって無理だというものだが(ある特定の技術を身につけさせる訓練所とはまた別である)、ホムンルクスは違う。 しかしペットと人が同じ教育機関で同じ教育を受け、成績を比べるというのはやはりいたるところから反対が上がり、ホムンクルス専用の「学校」が創られた。 キラもニコルも、そこに通っているのである。 年齢は違うが、ホムンクルスを学校に入れて教育させるというのもは金銭的な問題からいっても(教育費は人間のもと変わらない)それほど数が多いことではないので、クラスが同じとなっているのだ。そもそも、の現在教育機関は年齢別の学年編成ではなく、能力別、選択専門分野別なので、年齢はあまり関係がないのである。 キラの優秀さを知ったアスランは、キラにきちんとした教育を受けさせてやりたかったし、ホムンクルスの友人も持たせてやりたかった。キラを独り占めしたいという気持ちがあることもまた嘘ではなかったが、それ以上に、キラにはたくさんの友人を作って笑って欲しかったのだ。 人である自分にはどうしても話せないことも、ホムンクルスの友人ができれば相談することもできるかもしれないし、それでキラの心が少しでも軽くなるならば、それこそが望ましいと考えもした。 しかし、今までペットなど興味を抱かなかったアスランには、それこそホムンクルスの教育機関などに関する情報がまったくない。 そこで、一番の理解者である母に相談したところ、彼女が夫(アスランの父)を脅して、父親の仕事上の知り合いであるアルマフィ夫妻を紹介してもらい、キラとニコルはそこで出会うことになったのである。 「アスランも、ぜひ演奏会に行きたかったって云ってたよ」 「生徒会長っていうのは随分忙しいんですね。休みの暇で学校に行かないといけないなんて」 「うん。……アスラン、疲れがたまらないといいんだけど」 「キラさんが気をつかってあげれば、大丈夫ですよ」 「そうかな〜」 トリィ。 キラとニコルが談笑していると、キラの服の内側から、突然緑色をベースにした鳥型ロボットが羽ばたき出し、キラとニコルの頭上を一回転してから、キラの肩に止まった。 ニコルが首を傾げて、キラに訊ねた。 「キラさん、それは?」 「これね、トリィっていうんだ。アスランが作ってくれたんだよ。僕が一人になっても、退屈しないようにって」 「へぇ〜。……キラさんが退屈しないようにっていうよりも、なんか、キラさんに悪い虫がつかないように見張るための、お目付け役って感じですけどね」 「悪い虫?―――ぼく、ちゃんとお風呂にも入ってるから、そんなのつかないと思うけど…」 「アハハ。気にしないでください」 「?」 ニコルは笑ってごまかし、キラはそんなニコルにただただ首を傾げるばかりだった。 穏やかな日は、まるで晴れた日の青空のように、初めからそこに存在し続けていたかのように写り。 なんの根拠もなく、これから先も永遠に続いていくかのようで―――。 |
----+ こめんと +-------------------------------------------------------
ホムンクルス?ホムルンクス?ホルムンクス?ホムンルクス?どれにしようか迷ってます。というか、間違えては直しながら書きました(用語の数々がいかにいい加減かがわかりますね) サブタイトル(fair)は一応「晴れ(快晴にあらず)」を大筋として、他にもいろいろ含んでいたので採用。別にこれから先も天気関係でつけていこうとかはまったく考えていません。 もしよろしければご意見ご感想などお聞かせ下さい。---2003/07/25 |
---------------------------------------------------------+ もどる +----