+ 舞 +










それは炎に群がる蝶の灯火










 朝陽が眩しかったので、彼は片腕を頭上に伸ばして影を作った。
 それで完全に陽光が遮られたかというとそんなはずはもちろんないが、何もないよりはマシである。彼にとってはそれで十分だった。

 朝陽が眩しい。

 彼は不意に自覚して、おかしさに口端を歪めた。吊り上げられた口端が、笑みを形作るのに、彼の瞳もまた笑みの形であるのに、彼は微笑してはいなかった。
 ただ、嘲っただけ。
 そして実感していた。

 地球にいる。

 誰も太陽には近づけない。太陽に恋焦がれても、その愛を手にすることはできない。
 誰も太陽には触れられない。どれほど近づけても、触れる前に燃え堕つるから。
 そうして燃え落ちた者の、最後に残ったカスのような残骸が自分であると、彼はふと思いついた。それを実際に言葉にしてみたら、それを聞いた者は自分をどんな目で見るだろうか。
 考えたら可笑しくて、今度は彼は本当に笑った。おかしさに、声を洩らして微笑んだ。





「あんたが謝る必要、ないじゃない」
「でも…さ」
「むしろ、私の方があんたには辛いこといっぱい云ったから、謝らないといけないのよね…」
「別にそんなこと!!……」
「ゴメン。あれは、たしかに八つ当たりだったのよ。自覚してる」
「それは…」
「トールはね、優しかったの」
「……」
「鈍感だけどね、鈍いわけじゃなかったの。キラはコーディネイターだからなんでもできて…って云ってもね、キラ、すごくおっちょこちょいなところがあって、女の私よりも泣き虫で」
「そんな感じだったな」
「うん。だから、私たちはみんな、キラのこと、どこか弟みたいに思うときがあったの。―――そのキラが、いつも泣いてるの。ただ、一人じゃないって、伝えたかっただけだった。カッコつけの部分もあったんだと思うけど、それよりも、ただ、友達を、キラを、助けたかったんだと思うの。思うっていうより、本当は、ずっと、知ってたんだわ…」

 少女は空を見上げた。
 一条の雲を散らすように、一羽の鳥が駆けて行き、あとには少女の瞳と同じ色の空が、残るのみだった。





 海から吹く風が心地良くて、しかし微かに陽に焼けた肌は悲鳴を上げた。小さな悲鳴なので、彼はそれを無視し、むしろ、それとは逆に歓声をあげて舞う髪を自由にさせることにした。
 船は速度を一定にしたまま、波を切って走る。
 跳ねる飛沫が触れるたびに、彼は目を細めて微笑った。

 『キラ』

 彼は呼ばれて振り返った。
 そこには親友が軽く手を挙げてこちらに微笑んでいる姿がある。
 平和だな…などと、なぜ思ったのだろうか。
 彼は親友に微笑い返し、それまで持たれていた手摺りから身を離して歩き出した。

 彼の親友は、そんな彼を見て嬉しそうに微笑んだ。

 手をつなげる距離になれば、それは自然と惹かれあい、触れ合う。絡み合う。
 決して離さぬというような力強くではない。そんなことしなくても、もう、離れることなどないと知っている。知っているというよりは、彼らの中にある純粋さと清らかさと、そして、どす黒く蠢く容赦のなさが有無を言わせず決定付ける。
 世界を取り巻くすべてに、哀しみの皮の向こう側一枚後ろに隠した暗黒の笑みを捧げて。

 『アスラン』

 彼は親友の顔を覗き込んで微笑んだ。
 そうすれば、すぐ隣にいる親友が、彼が微笑いかけたのと同じように、微笑い返してくれると知っていたからだ。
 そして、その期待は裏切られなかった。

 まるで恋人同士の戯れであるかのように、彼らはその好意を出会うたびに繰り返した。並んで一緒に歩くだけでも満足だが、できることなら、そのさらに一歩先に進みたい。

 いつだって。





「キラを…弟を助けてくれて、ありがとうな。礼が…まだだったからさ」
「お礼など必要ありませんわ…。あれは、誰もが、誰かを支え、誰かに支えられ、自分に立ち上がるしかなかったのですから。カガリさまが、アスランを助けたように」
「私の場合は偶然だ」
「私の場合も同じです。けれど、私はそれこそが、彼らの本当の願いだったのだと、信じています」
「願い?」
「何があろうとも、生きようとする、決意」
「生きる…」
「カガリさまが仰ったのだとお聞きしました」

 逃げるな。生きるほうが、戦いだ。

「あ、あれは…あいつが……」
「アスランらしいと、キラさまと二人で笑ってしまいました」
「知ったらあいつ、絶対に不貞腐れるぞ」
「そうですわね」

 少女は微笑んだ。
 彼女の私物のピンク色の球体が、意味不明な単語を発して飛び跳ねた。その向こうに広がるのは、ただ、少女の瞳と同じ色の優しい景色だけ。





 夕暮れの鮮やかさは、けれど目には痛くなかった。
 昼間の照りつける陽の光に比べて、鮮やか過ぎるその巨大な夕暮れの陽の方がずっと眩しく感じはしたが、痛いという感じを起こさせるものではなかった。
 彼ら二人はならんでそれを見つめていた。

 別に何を考えていたわけでもなかったし、何も考えていないわけでもない。繋がれた手は相変わらずそのままで、軽く触れ合う程度ではあたっが、離し難くてそうしている。
 誰に見られているわけでもなし。咎められるでもない。
 彼らは二人だけだった。

 宇宙人はいた。

 彼らがそれだ。
 宇宙で生まれたから、宇宙人だ。宇宙で住んではいないが、地球を含めたどこかの星で生活を送っていたわけではないから、それこそそこらの宇宙人よりも宇宙人だ。
 彼が親友の腕を引いた。
 彼の親友が振り返った。
 視線が合えばすぐにわかる。
 微笑み合うだけで、通じるものがある。

 彼らはそっと、戻って行った。




 今日は、久しぶりに、みんなに会える。




 嬉しそうに彼が言い、彼の親友が微笑を向けた。
 機械仕掛けの鳥が、彼の肩から羽ばたいた。












僕らはどうしてこんなところに来たんだろうかと、蝶は一言呟いた。













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 あとがき +------------------------------------------------------

 最終回から何年か後…かもしれない。黒キラのつもり…かもしれない。最後の一行は本編最終回でキラの「ぼくたちはどうして、こんなところへ来てしまったんだろう」からです。一応。間のはミリィとディアッカですよ。次がラクスとカガリです。念のため。…イザークも出したかったな(無念)。
 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せくださいです---2003/10/18

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