ロザリオ 








「おはようございます」
「ああ、おはよう」

 アサキ城の城主であるホノカが元気に朝の挨拶をしてきたのに、テッドも同じように返した。いつもから元気いっぱいのこの城主を、テッドは弟のように感じ好感を持っていた。
 戦争中だというにもかかわらずどうにものんびりとした雰囲気のこの城に、城主であるホノカの意向によって部屋を与えてもらったのは数日前のことだ。まだまだたいした付き合いとはいえないが、今のところ、この二人の関係は良好。相性もいいといっていいだろうと感じられていた。

「早いな、どこか行くのか?」
「ええ、レイさんを起こしに」
「レイを?」
「はい。レイさんって――なんか以外だったんすけど――朝って弱いでしょう?」
「ん〜…弱い云々の前に、あいつはけっきょく坊ちゃんだからな〜」

 常に敵の影におびえて寝起きをしていたテッドや、幼いころから早起きして稽古に道場の掃除にと働いていたホノカに比べればそれも仕方のないことだろう。ゆっくりと安心して眠ることのできる家と、それが許される立場にあったのだから。
 もっとも、彼の父親は厳格な人であったし、彼の世話係も躾にはきっちりしているので、起こされても起きるのをごねるというような困ったところはないのだが。

「だから、毎朝起こしに行ってるんです。本当はそんな必要ないんですけど、迷惑でなければそうして欲しいって云ってもらえたので」
「…ふ〜ん」

 僅かに頬を染めて、照れた様子で云うホノカに、テッドは曖昧な答えを返す。嬉しそうに笑うその表情を視界の隅に収めながら、テッドは自分の思考が別の方向へ外れていこうとするのを感じていた。

(なんだかなぁ…)

 簡単だが律儀に別れの挨拶を入れて、去っていくホノカの後姿を見つめながら、テッドは親友の前途に思いを馳せる。その難儀な様に、自分のことのように胸中でため息をついたのだった。





「よぉ、レイ」
「テッド…」
「あ、こんにちは。テッドさん、サツナさん」

 本拠地のすぐ裏に位置するデュナン湖のあたりを散策していて見つけた見知った後姿に、テッドは気負いもなく声をかける。まるで意図して揃えたように鮮やかな赤い衣を身にまとった二つの背中が振り返り、それぞれの反応を返してくる。
 テッドの左手はサツナの右手がつながれている。しかしサツナは相変わらず、挨拶の一つも返さない。もとよりテッドはサツナのそんな性格を知っていたからすでに嗜めることさえしないし、レイとホノカも彼らなりにホノカの性格を理解し始めているので、気分を害した素振りも見せない。
 出会った当初はサツナのそんな様子に、嫌われているのではないかとか、何か怒らせるようなことしでかしてしまったのではないかと心配していたホノカも、今ではサツナがただそういった一つ一つの細かな儀礼を面倒臭く感じているだけだと知っている――あまりにも不安になりテッドに相談したら笑って返された――ので、無邪気な笑顔を崩すこともなくなっていた。

「そういえば、サツナさんも朝は弱いんですか?」

 それは取り留めない会話の中に突然投げ込まれた。視線をホノカへと向ければ、彼は相変わらずの純粋そうなきらきらとした視線でサツナを見上げていた。

「……別に」
「どうしてそう思うんだい?サツナ」

 サツナが答えたあとで、首を傾げつつ訊ねたのはレイだ。あまりにも脈絡のない問いかけに、疑問を感じたのだろう。
 ホノカがあわてて視線をレイに戻す。胸の前で両手をひらひらと左右に振る様が小動物的でかわいらしかった。

「あ、いえ。今朝、テッドさんとレイさんが朝が弱いらしいって話になって…」
「ああ、あったな。そういえば」
「テッド、それ何?」
「ん? 朝お前が起きる前に廊下ぶらついてたらレイを起こしに行くっていうホノカと会ったんだよ。で、レイを起こしに行くっていうから」
「そう…」
「でも、なんで、それでサツナが朝が弱いってことになるんだ?」
「ええっと、テッドさんと朝から出会うことってけっこうよくあるんですけど、サツナさんを早朝に見かけることって、そういえばないなぁ…と、思って……」

 ホノカの言葉にテッドが今朝のことを思い出す。それを見て、サツナがくいくいっと、テッドの服の裾を引きながら訪ねた。テッドのことで自分が知らないことがあるのが不満らしい。それも別に珍しいことではないし、何よりも隠すべきことでないので、テッドは特にこだわることもなく返す。
 サツナは片時もテッドのそばを離れない。それが、朝だけは別で。ホノカはてっきりサツナも朝が弱くて、朝の早いテッドが一人で時間をつぶしているのだと思ったのだった。

「僕はもともと小間使いだったし、旅暮らしが長かったから、どちらかというと他の人よりも早く起きることの方が多い」

 質問には普段の言葉の少なさが嘘のように丁寧に返すサツナだ。目的がはっきりとしているときは、何度も訊ねられるのが面倒くさいので一度ですべて回答しきろうとする。
 もっとも、テッドからのものへの返答はその比ではない。普段は常に倦怠感をまとわせている彼は、テッドについてのみあらゆる労力を捨て去るようであった。
 そんなサツナが珍しくテッド以外の誰かに興味を持ったのか。小首を傾げて質問した。

「……ホノカは、レイと一緒に寝てないの?」
「え?」
「だって、ホノカはレイが好きなんでしょ?」
「…でも、夜まで護衛をお願いするなんて……」
「護衛?どうして?」
「だって、レイさんはそのためにアサキ城に滞在してくれていて…」
「…僕はテッドさんといつも一緒。テッドさんは僕を守ってくれるけど、テッドさんは僕が守る。だから二人一緒だ。朝も昼も夜も。夜は夢を見るから、テッドさんがいつもいてくれる」
「え、えっと…」
「本当に、なんにもないの?」
「何も…って、何がですか?」

 サツナの云いたいことがわからず、ホノカは困惑に今にも泣きそうに眉根を寄せた。サツナはまったく意に介さず、相変わらずの無表情で首を傾げているだけだ。
 そんなサツナを横目にしつつ、テッドはホノカの隣で固まっている親友――レイに目を向けた。

「お前さ、なんにもしてないわけ?」
「いや…、ホノカはまだ子供で…」
「十五くらいだって聞いたぞ」
「……」
「もしかしてさ、一緒に寝たこともねぇのか?」
「いや、ホノカが眠れなくて、一緒に寝たこと…」
「寝ただけなのか?」
「……寝むれなかった///」

 テッドがため息をついた。どうやら一緒に寝てくれとせがまれて寝床を共にしたことはあるが、まったく手が出せずに寝ることもできなかったらしい。

「…だから、早起き?」
「え?え?」

 テッドとレイの会話にも耳を澄まし、サツナは結論を出したようだった。ホノカはハテナマークを飛ばし続けているが、すでに興味を失ったサツナはぴたりと口を閉ざして、ふたたびテッドに寄り添うばかりだ。

(本当に、難儀な奴)

 相変わらず黙りこくる親友の晩熟(おくて)さを思い、テッドは苦笑を浮かべるのだった。









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 テド4で、坊主です。構成が上手く組み立てられず、むりやり挿入したい内容を順番に並べたというものに成り果てました。しかも語りたい設定を語りきれずに不完全な代物になってます。最悪です。すみません。精進します。ちなみにタイトルは雰囲気で決めました。インスピです。ロザリオには「薔薇の花園」とか「薔薇の花冠」という意味もあるそうで。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/10/07・10_ゆうひ
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