ペシミスト・ラヴァーズ
恋が人を変えるとはよくいったもので こうして、無関心者は初めて世界を愁いた。 |
「ねぇ、テッド。僕は悲観論者ではないんだよ」 「はあ?突然何を言い出すんだよ」 グレッグミンスターの中でも中央にある邸。かつてトラン地方に栄華を誇っていた赤月帝国の将軍家の一つ、マクドール家の邸宅だった。 そのリビングでくつろぎながら、黒髪の少年が向日葵色の髪をした少年に不意に話しかけた。話しかけた黒髪の少年の名はレイ・マクドール。この邸の現在の主人である。 話しかけられた少年はレイの親友で邸の客人で、名をテッドといった。 二人はふかふかのソファに体を預け、マクドール家の有能な家政夫の淹れた紅茶を口にしながらくつろいでいた。 現在このマクドール邸には先に紹介した三人の他に、レイの父親――邸の前主が存命であった頃から家族として生活しているものが二人に、テッドとレイそれぞれの客人が一人ずつの計七名が生活を共にしている。家政夫は台所でおやつ作りにいそしんでいるはずだ。レイの父の部下であった二人はもちろん仕事で出払っている。では邸に残りのんびりくつろいでいるレイとテッドの客人二人はどうしているのかといえば、買い物に出て留守であった。 つまり、二人は暇だったのである。 レイがソファの背に体を深く預けながら肩を竦めた。たいしたことはないという仕草の割りに、どことなく淡白な愁いのようなものを、テッドは感じていた。 「いやね。つい最近北西の方でちょっと騒ぎがあったみたいだから」 「ああ、グラスランドか。もしかしてレックナートのところにいたあのガキのことを言ってるのか?」 「そうそう、あのガキのこと」 テッドの指摘がよほど気に入ったのか、レイは楽しそうにからからと笑う。そのさまを、テッドはソファの肘掛に右肘をついて立たせた腕で顎を支えた状態で、呆れた表情で眺めやった。 「で、何が云いたいんだよ、おまえは」 「う〜ん。彼はさ、決して悲観論者ではなかったんだよ。別に希望ももってなかったけど、そりゃさ、たしかに愛想はなかったよ。それでも出会った当初はそれなりにかわいげがあった。テッドも覚えてるだろう?」 「……(さりげなく貶めてないか?)…なんかやたら生意気なガキがいた記憶はあるけどな」 半眼で天井を睨みながら、テッドは過去の記憶を口にする。それに、レイは気取った風を装って返した。 「どっちのことを指してるのさ、それ。まぁ、二人とも子供らしくてかわいかったよね」 「……」 「いやいや、決してテッドがそれに対して大人気なくも怒鳴り返したということではなくてね」 「おい」 「あはは、冗談だよ」 かつて。まだ誰の心にも闇など見出せなかった頃のことだ。三百歳を越える身でありながら、早く大人になりたいと背伸びをして生意気な口を利く子供と真剣に口喧嘩をしようとした親友を、レイは親しみを込めてからかった。 笑ってやればふてくされたようにそっぽを向いたテッドに、レイは笑顔を向け、それから表情を改めた。 「で、そのガキがどうしたって」 「うん。先のグラスランドでのごたごたは、最近では『英雄戦争』なんて呼ばれてるみたいだね」 「そうみたいだな。そんなことが気になってんだったら、シーナにでも聞けばいいだろ。そっちの方が早いし確実だぜ」 「シーナに?うーん…ちゃんと把握してるのかなぁ」 「あいつはああ見えて、おまえよりもしっかりしてるぞ」 「…なんだよ。やけにシーナの肩を持つじゃないか」 「拗ねるな拗ねるな。あいつを持ち上げてるんじゃなくて、おまえを貶めてるだけだから」 「……同じじゃん」 「精神は肉体と共にあるんだよな。うん」 「実感篭ってるねぇ〜。さすが十歳ばかりの子供とマジ喧嘩するだけの元気の持ち主だ」 「おいコラ、蒸し返すな」 「先に仕掛けたのはテッドだろ」 「元はといえばおまえが…!」 「何いってるんだよ、そもそもテッドが!」 ……。 ……。 ☆◎&×!! ?$■〜δ! ……ё。 !!!! 脱線してくだらない云い合いが続いた。台所でそれを聞きつけた家政夫が腰に手を当てて注意に来なければいつまで続いていたか知れない。 何しろ二人とも時間だけなら有り余るほどある。時間の無駄遣いに対してもったいないという観念が抜け落ちかけているのだ。 「……話は戻るんだけどさ」 「どこにだよ」 お叱りついでに新しく淹れ直された紅茶を手にしながら、レイが改めてと口にすれば、即座にテッドから気だるげな声での返しがくる。レイはそれをすっぱりと無視した。 『とうとうボケた?』とでも返そうものなら、再び無為な言い争いが勃発してしまうだけだからだ。けっきょく、この二人は親友との他愛もないやりとりを、二人ともが、根本的なところで楽しんでいるから始末に終えないのだろう。 「だから、ルックのこと」 「ふぅ。……たしか、悲観論がなんだとか云ってたか」 「そう、それ。僕はね、彼は決して悲観論者ではなかったと思うんだ。少なくとも、僕が始めて彼と出会ったときはそうだったように思うんだ」 レイがなんの突っ込みもしなかったことに、テッドもため息一つでいくつも思い浮かんだふざけた答えを捨て去った。相手がまじめに――少なくとも本題を進めようとする姿勢をとっているのだ。これ以上本題を先延ばしにする理由もない。 「出会ったばかりの頃は楽しみなんて何もなさそうな顔しててさ。でも、けっきょく本質は優しい人間なんだよね。年齢的なこともあっただろうけど、泣きくれるあの子をすっごい気にしててさ」 「あの子?」 「ほら、君が突っかかっていったあの子だよ。あの時は黒い竜のをつれていた」 「ああ、あいつか」 「ホノカの話だと、二人ともとても仲がいいみたいだったよ」 「知ってる。アサキ城に世話になってたときに、一緒にいるのよく見かけたし。そういやぁ、もう一人忍者少年がいたような」 「サスケくんだね。あの頃はまだカスミの下についてたんだっけ。シーナの話だと、今もフッチと交流があるみたいだよ」 「じゃあ、あいつだけのけ者だな」 「そうだね。でも、そうしたのは彼自身の問題だよ。ここには僕らだっていたのに、彼はひとりを選んだ」 ルックの持つ真の紋章は『風』だった。この世界でもっとも身近な紋章の一つで、もともと周囲に危害を加えるような性質はない。魔法としての威力は五行の紋章の最上位であるだけのことはあり通常からすれば桁外れだが、その紋章を完全に制御していた彼にとっては些細なことだろう。 けれど彼はひとりを選んだ。それから逃れたいと切望しながら。 「彼の様子を小耳に挟んだんだ。紋章が見せる空虚な未来に失望していたらしい、と」 「いつの間に…。情報源はどこなんだよ。まさかハルモニアとかじゃないだろうな」 嫌なそうな顔をするテッドに、レイは澄ました顔で『それは企業秘密』だと紅茶を口に含ませることでそれ以上の追求の拒否を表した。 テッドについてもいくつもの情報ソースがあったし、英雄戦争についての様々のことについて――おそらくレイと同じかそれ以上の詳細を大小いろいろと小耳に挟んでいたから、別に本気で追求しようなどと考えているわけではない。おおよその見当もつくからなおさらだ。 「別にそんなことはどうでもいいんだけど。僕が言いたいのはさ、彼がなぜ、何に失望したのかってことなんだ。そもそもたいした希望なんて始めから持ってなかったくせにさ」 「何にって…。さっきおまえが言ってたじゃねえか。紋章の見せる未来に失望した〜って」 「紋章が未来を見せるなんてありえないよ。少なくとも、僕はそんなこと一度も体験してないね。紋章が見せるのはその紋章の本能が持つ『願望』、或いは本質だ」 「……ソウルイーターが見せる未来は『悪夢』だった。サツナは…、あいつは、いくつもの『過去』と対面したと言っていた」 極端に口数の少ない罰の紋章の所有者は、かつてその少ない言葉で打ち明けた。どちらもそこで見せられたのは『孤独』だ。誰もいなくなる恐怖だった。 「彼もまた孤独を見たと聞いた。何もない、滅亡の世界。でも、はたしてそれは紋章が『見せた』未来だったのかな」 「どういうことだよ」 「うん。つまりね、彼の見た虚無の世界は、彼の孤独が生み出したのじゃないかって思うんだ」 レイは僅かに瞳を眇めた。俯き加減のレイの表情を、テッドは黙って見つめるのみにとどめ、特に何を云うわけでもなかった。 「彼の真なる風の紋章は、通常とは少し異なる形で彼に宿っていた。彼がそれを何が何でも剥がしたいと感じたのは、けっきょく、彼がもっとも共に歩みたい誰かと歩むことができない、その失望に最大の要因があったんじゃないのかなって」 誰かと共にいたいと願い、孤独を恐れ始めた日から。彼の心の中の絶望は芽吹き、成長を続けたのではないだろうか。 妙に悟ったふうだった彼は、可愛げがなくその風貌に似合わず随分と図太い神経の持ち主だった。そんな彼がたかが空虚な未来を見せられて絶望するなどとは思えない。 世界に希望も執着もしない代わりに、図太い彼はそうそう簡単に悲観もしない。むしろ、やがて世界が滅びると訴える悲観論者を、鼻で笑って捨てるような人間だ。たぶん。 「僕はさ、ホノカに救われたんだ。戦争が終わって一年、何をしていいのかわからなかった。そんな中で、ホノカは自分の命を削って、それでも全力で笑ってた。あの子はね、テッド。義姉と親友と一緒に笑っていられる世界を守ろうと、戦ってたんだ」 けれど小さな体の軍のリーダーが戦っていたのは、守りたいと願う親友だった。血を流し、いくつもの命を犠牲にしてでも守りたいと願った『戦う理由』を失って、それでも絶対に笑うことを投げ出さなかった。 「少なくとも、僕は親友と戦う運命にはなかったよ。むしろ君の決意がなければ戦えなかった」 「…でも、おまえは親父さんと戦うことになったじゃねぇか」 「そうだね。でも、それはけっきょく、僕があきらめた結果だったんじゃないかって、思うんだ」 「あきらめた結果?」 「そう。ホノカはあきらめなかった。紋章に抗って、抗って、その運命を変えたんだ。僕にはそれが眩しかった」 運命にさえ立ち向かうその姿に希望を見た。自分もまた、喪失と恐怖、孤独の運命と戦おうと立ち向かう決断をはっきりとさせられた。 「一緒にいたいって思ったんだ。僕はホノカに恋をして、顔をあげて生きるという方向に変われた。ただ怯えるばかりで人を避けるんじゃなくて、立ち向かっていこうって。でも、彼は逆だったんじゃないかな。彼は恋をして、はじめて希望の光を目にした。そして本当の孤独を知ってしまった。そして、自分の運命に失望した」 彼の歩む先に開かれた未来は絶望だった。誰もいない世界。それは、愛した人のいない世界と同義語だ。 だから運命を変えようと足掻くことにした。 「だってさ、彼は運命に失望しても、それで行動するような健気な性格なんかじゃ、絶対にありえないと思うわけなんだよ。空虚な世界を見せられて絶望するような可愛げもないし、そもそも世界の滅亡を考えるような悲観的な思考は皆無だね。本当に、可愛げがないんだから。……だから、恋でもしなきゃ、その程度の未来には負けようもない。と、そう思うわけなんだよ」 レイは語り終えたとばかりに体を勢いよくソファに投げ出した。だらしなく手足を伸ばしたレイの姿を、テッドはすでに冷めてしまった紅茶に口をつけながら眺めやった。 かちゃりとカップをソーサーに戻す音が響き、レイは瞑っていた瞳を胡乱気に開けてテッドへと視線をやる。テッドは暫らくの間(ま)を置いてから口を開いた。 「……まぁ、恋が人を変えるかどうかはともかくとして。俺は、おまえに救われたぜ」 「えっ?!なんだ、テッドって、僕に恋してたの?」 「違うだろっ!!おまえ、人の話聞いてたのかよ!!」 「冗談に決まってるだろ」 思わずソファから腰を上げて怒鳴るテッドに、レイは右掌を上下に振りながらさらりと返した。左手は紅茶を口へと運んでいるが、その姿勢はだらしなく投げ出されたままだ。 テッドはそんなレイの姿に呆れながら返した。言葉と共にため息が漏れるのも仕方がないことだと許して欲しいものだ。咎めるものなど誰もいなかったが。 「おまえの冗談はタチが悪いんだよ。……まぁ、いいけどさ。でも、これは本当だぜ」 「何が?」 唇を尖らせて拗ねたような素振りが僅かに覗いていた。彼はこうやって年齢や見た目よりもずっと幼い仕草をすることがある。レイにとってのテッドはそもそもそういう存在であったが、今はもうテッドの過去を知っているから、彼がそうあることに別の感慨が浮かぶのも確かだった。 ソファにぽすんっと腰を下ろしてからあきらめ混じりに云うテッドのため息も慣れたものだ。このように、お互いが常にふざけた対応をし合える気の抜けた関係というのは、とても尊いものだと感じられる。けれどそんなことはおくびにも出さずに、レイは横目でテッドを見やった。 するとテッドは瞳を眇め、口端を引き上げて。まるで本当に感謝しているかのような、向けられるこちらが気恥ずかしくなるような微笑を向けて言い放ったのだ。 「おまえのおかげで、俺は笑えるようになった」 生きることを楽しいのだと、三百年ぶりに実感することができた。自分こそが、彼に運命に立ち向かう勇気をもらったのだ。 「本当に、感謝してるんだ。紋章のことはもちろんだけど、それ以上に、もっと根本的なところでさ」 「な、何をいまさら云ってるんだよ…」 「あはは。照れてやんの!」 「テ、テッド!からかってるのか!!」 「あははは!!」 今度ソファから立ち上がって怒鳴るのはレイだった。それに、テッドはお腹を抱えて笑い出す。よほどおもしろいのだろう。両足までバタつかせて全身で笑うテッドの姿に、レイは怒りと羞恥で顔を赤く染めながら、拳を握り締めた。 狂ったように笑い続けるテッド。レイはその前に佇み、噛み締めた奥歯がぎりぎりと音を立てて痛み出すのを頭の片隅で感じていた。 「テッド!!」 「あはは、悪かったって。そんなに怒鳴るなよ。今云ったことは、本当に、本心なんだからさ」 「どうだかな。そんな涙ためた目で云われてもまったく説得力がないよ」 胸の前で両腕を組んでそっぽを向いてしまったレイの姿に、テッドは今度は必死で笑いを押し殺そうとしたのだろう。上下に揺れる肩と目尻の涙を拭う仕草。口元は明らかに笑いの形を作り、それを横目にしたレイはふっと一つ息を吐いて苦笑した。 別に本気で怒りを感じているわけではなかったし、テッドにしても侮辱するつもりで笑ってなどいないことは明らかだ。むしろこのような運命にある中で、それでもこうやってふざけあい、笑いあい、感情をありのままに爆発させることのできる関係があることに、何にでもいいから感謝したいくらいだった。 「あわわ…。レイさんがそんなふうに思って下さってるなんて、思いもしてませんでした…」 買い物から帰りついたホノカは、レイとテッドの団欒するリビングへと続く扉の前で頬を染めて俯いていた。 扉の取っ手に手を掛けようとしたところで、自分の名が話題に上っているような気配を感じ扉を開くのを躊躇しどうしようかと迷っていたら、自然と耳に入ってしまった会話のあまりの内容に照れてしまって仕方がない。頬に当てた両手はじんわりと熱を感じ取っており、こんなにも顔が熱くなっている状態ではとうぶん扉は開けないなと一人百面相状態だ。 ばくばくと心臓が鳴り続けるホノカ。そしてその隣では。 (テッドさん…僕にはそんなふうに笑ってくれなかったのに…。やっぱりレイのやつ、むかつくッ!) 無表情のまま密かに勝手にライバル心を燃やす美少年が、決意も新たに拳を握り締めていた。 |
すべてを諦めていた悲観論者(ペシミスト)は 哀しいかな、恋する人との未来を愁い ついに滅亡の未来へと立ち向かってしまったのだった。 |
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ガンダムSEED:DESTINYの4期OP(「Wings of Words」)の「悲観論者は恋をしてかわる〜♪」ってフレーズが元ネタです。ネタというかインスピ。うちの坊はテッドの前だと悪ガキ属性が強くなります。それはテッドも同じ。本当は接する人によって一人称を使い分けようかと思った(2主:僕、テッド:俺、公の場:私)のですが、私が間違えるのでやめました。育ちがいいので基本一人称『僕』で確定(たぶん)。主と小間については公式で『僕』だった気がします。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/11/16・17_ゆうひ |
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