ホーリー
人は誰も、誰かの『光』になれる。 |
act.1 サツナ and レイ。 「実は僕、きみが嫌いなんだ」 「は?」 突然投げられたサツナの言葉に、レイは呆けた声を上げた。目をぱちくりと二、三瞬きただ目の前に佇むサツナを見ることしかできない。 サツナは相変わらず淡々とした、感情の読み取れない――一見すると何も考えていないようにもみえる――表情でレイにまっすぐと視線をよこしている。 サツナがテッド以外の人間に自ら話しかけることは少ない。しかし表情を裏切らないその台詞はたいてい簡潔に過ぎて意味がまったく汲み取れないものだった。しかもサツナ本人はそれですべてを語り終えた気でいるので自らはそれ以上を語らない。 レイの返事をじっと待つかのように無言で見つめてくるアクアマリンの視線に指されながら、レイはどことなく自分が冷や汗を掻いているのではないかと考えた。 「ええっと…。それは……」 いったい何を返せというのだろう。けっこう頭は回る方だと自負しているレイではあるが、どうにもサツナと相対するとまったく舌が回らない。 おもしろいことかもしれないが、人に感情をまったく伝える気がないような表情と端的な台詞回しのサツナは、しかし人の意図するところを汲み取るのが早く正確だった。 「うん。僕ってばテッドさんの光になりたかったんだよね。はじめてあったときから、テッドさんの光になりたかった。それをきみに横取りされたみたいな?」 「いや…。でも、テッドはサツナのことたいせつにしてると思うけど…」 「うん。それは否定しないけどね」 「……(否定しないんだ)」 「でも、僕はテッドさんにあれほどの『光』を与えて上げられなかったんだ」 「……」 僅かに落ちた声に、レイの心も改まる。 「温かな光で包みたいと思った。けれど、僕はテッドさんを陽の光の下(もと)へは連れ出せなかったんじゃないかと思うんだよ。きみと話しているときのテッドさんを見るたびに、僕は言いようのない嫉妬にかられて灰になりそうだ」 静かに語られ、静かに語り終わった言葉だった。語り終わればもう自分からは決して離さないサツナだから、相対しているレイが話しかけなければそこにあるのは沈黙ばかりだ。 しばらく静寂があたりを満たして、漸くレイが、これもまた静かに口を開いた。 「でも、あなたの植えた光がなければ、その優しい思いを与えられていなければ、テッドが僕にソウルイーターを託すことも、僕がテッドにソウルイーターを託されることもなかったと思います」 レイは年長者であるはずのサツナに礼儀を尽くして頭を下げた。 act.2 フッチ and セラ。 小さいセラは保護者にも等しい少年の友人だという青年と向かい合っていた。 茶色い髪のその青年はいつだって穏やかでやし異雰囲気をまとってセラと相対してくれる。セラのことを拾ってくれた魔術師が父であるならば、その魔術師の友人だと紹介を受けたその青年は母のようだと感じていた。 「ねえ、セラ。約束してくれるかい」 「何をですか。フッチ様」 セラの小さな手を大きな手で包み込むように握ってくれている青年から伝わってくる温かい体温と、膝を折りセラと目線を合わせてくれるその態度が、青年の心を映し出していた。 やわらかな表情と声で訊ねられた言葉に、セラは小首を傾げた。 青年の声音にどこか淋しさが混じっていることを、この当時のサラはまだ気づくことができなかった。 「うん。セラ、君に、ルックの傍にいてあげて欲しいんだ」 「?なぜですか。セラはルック様のお傍にいます。フッチ様も、そうでしょう?」 ますます小首を傾げるサラセラに、青年は僅かに瞳を眇めた。その笑顔がどこか泣きそうなのを我慢しているようだとは、やはり小さなセラには読み取ることができなかった。 瞳が眇められ、口角もさらに上へと持ち上げられたから、セラにはただ単純に、青年の表情が変化したようだとしかわからなかったのだ。 「僕は、ルックの傍にはいてあげられないんだ。いずれ、彼をおいていかなければないんだ」 「?なぜですか。セラも、おいていってしまうのですか」 セラの表情が悲しみに染まる。潜められた眉間と必死に何かを訴えるその声は、青年に何を齎しただろう。 「ごめん。でも、僕は彼の傍にいさせてもらえないんだ。僕は僕の道を捨てられないし、彼もまた…彼の道を歩むのだと思うから」 「セラにはよくわかりません」 「うん。ごめんね。こんなことをお願いして。ただ、セラにお願いしたいだけだったんだ。もしセラがルックを思ってくれているのなら、その限りは、彼の近くにいてあげてほしいと。僕は、彼の傍にいてあげる道を選ばなかったから…」 青年の瞳が僅かに伏せられ、セラから見た青年はまるで俯いているかのようだった。 セラは大きく顔を上げて頷いた。 「わかりました。セラはいつだって、ルック様のお傍にいます。だからフッチ様。セラの手をもっとちゃんと握り締めてください。セラはこのぬくもりを、かならずルック様に伝えます」 まっすぐと顔を上げて云うセラを、青年は正面から見つめていた。その瞳はどこか驚いたように見開かれており、しかしすぐにやわらかく眇められた。 「うん。ありがとう」 「はい」 青年は願う。 彼がたとえば闇に飲まれたとして、それでもその近くに、あたたかな光のあることを。 act.3 テッド and ホノカ。 「サンキュな」 「え?」 突然の謝礼の言葉に、ホノカは戸惑いに言葉を詰まらせた。しきりに首を傾げていると、テッドはその外見年齢よりもずっと幼い、まるで悪がきめいた笑顔を見せる。 「あはは。やっぱ素直だな。うん、だからだよな。サンキュ」 「あ、あの?」 訳も分からず重ねて与えられるお礼の言葉に、ホノカはますます慌てた。ホノカにとってテッドは頼りになり尊敬すべき年長者だ。自分が感謝することはいくらでも思い浮かぶものの、逆に彼から礼を言われる理由はまったく思い浮かばないのだ。 テッドはよく気がつく人だとホノカは思う。他人への気配りが上手いのだ。広くあたりを見て行動できるとおも云えるかも知れない。 今回もそれを発揮してくれたのだろう。ホノカを戸惑いを正確に汲み――あるいはホノカの戸惑うことを狙って始めの台詞を選んだのか――次の言葉を紡いだ。 「レイがさ。オレは、あいつに重いものを背負わせちまったから」 テッドの微笑がどこまでも静かで、遥か遠くを見つめているのをホノカは黙って見つめていた。静かなその微笑の下で、テッドの心には何が渦巻いているのだろうか。 彼の背後に広がる青空は抜けるような薄青だ。その透明な水色はどこまで広がっていくように軽やかで、まるでテッドの背中にも風の翼(はね)があるかのようだった。 「オレはその重みを知ってるから。信頼はしてたけど、心配だった。後悔もした。でも、ホノカ。おまえがレイの隣にいてくれているのを見て、安心した。ほっとした。だから、サンキュな」 テッドが笑った。向日葵のような笑顔だった。 こんなにも光り輝く、夏の太陽のような人から与えられた言葉にホノカは薄く頬を染めて俯いた。 自分は名前の通りに、僅かであっても誰かの『光』になれているのだろうか。与えられたぬくもりに答えられるだけのものを、自らもまた与えることができているのだろうか。誰かに優しさを与えることができているのだろうか。 まだ疑問は残るばかりのそれに、けれど今は目の前で笑うテッドの言葉に勇気だとか希望だとかを与えられたような気がする。 空色を背負い、向日葵に似た太陽の光が眩しく輝いていた。 |
もし『孤独』という名の闇に佇む者を見つけたならば、あなたはその人のための光となってあげなさい。近く傍に寄り添ってあげなさい。 その闇の深く巨大で、自分ではあまりにも小さく頼りない光だと感じても。その闇に並び立つ力を持たずとも。 その光となってあげなさい。 ただ小さく、僅か寄り添うことしかできずとも。それは必ず、温かな一滴(ひとしずく)の涙をその者に与えることでしょう。そしてその涙こそが、闇の中にあってなお輝く陽(ひ)の光なのです。 |
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ハリーポッターの親世代妄想をしていたら思い浮かびました。二時間くらいで一気に書き上げたので言葉は練ってないし間違いも多いかも。そのうち三シーンを一作ずつ三作に分けて書き直すかも。人は誰もが、必ず誰かの光(希望)になれるし、誰にだって必ず、光(近くにいてくれる優しい人)となる誰かが存在するのだと思うのです。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/12/07_ゆうひ 20051208修正。 |
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