堕ち花
華よ、咲き誇れ |
花は短く咲き誇るから美しい。 火は一瞬に燃え盛るから猛々しい。 生命(いのち)は限りあるから尊く。 だからこそ、それらのすべては輝かしい。 テッドは苦笑した。一度は朽ちたこの身を思って自嘲した。 それはまるで枯れ落ちたあとの華のようだ。 花火の燃えカスだ。 けれどサツナはそんな彼をこそ尊いと云い、愛しいと微笑う。 「なあ、俺は今までどうやって生きてきたんだろうな」 どことも知れぬ虚空を見やりながら、彼は呟いていた。それは在りし日の自分への問い掛けだった。 呪われた身ではなかった無邪気な日々の輝きは、山と草原と畑の緑に目映かった。 グレッグミンスター。三百年かけて巡り会えた『親友』。彼との日々は笑顔に輝いている。 けれど青い海原を翔けた日々は決して輝いてはいない。この記憶の中で、それはむしろ灰色で。 自分をその心の何より一番に、最上位に置いてくれている『彼』との出逢いも記憶も、何一つ輝いてなどいない。それもまた争いの混乱に消えて。 記憶のどこをとっても、その頃の心に幸福など、ありはしない。 それはどの場面を取ってみても、まるで灰色の曇り空の中でぎりぎり微笑しながら生きているようなものだった。 空に太陽がないかのように辛い日々。不安と不満ばかりのその中で、それでもどうにかこうにか足掻いて生きていこうとしている。 そして生きるために、むりやり笑っている。 そんな笑い。 そんな笑いのような色を持って、その頃の記憶はテッドの中で蘇る。 その思い出を思い起こすとき、それらの記憶はいつだって輝きはしない。どこか澱んだ曇り空の日のような薄暗さと物悲しさと。一抹の淋しさと。 そして切ないまでの『恋しさ』を伴っている。 それはあらゆるものへの恋しさだ。 生と死と。安らぎと。孤独からの解放を。逃げ続ける日々からの脱却を。親しき人々との触れ合いを欲し、笑い合う日々をいとおしみ。 当時は気づかぬようにと無意識に抑圧していた『彼』への憧れ。 すべてが叶わぬ故の『恋しさ』で、切なくテッドの胸に思い起こさせる。 だからテッドはそれらの日々を思い起こす都度に、眉根を寄せた。 それは苦笑のような些細なものに見えるし、実際に彼はそのようなときにその表情を自嘲に変える。 誰にも悟らせないようにというよりは、ただ心配をかけまいとするかのように。 まるで花火の燃えカスのようだとテッドは思う。 それでも彼はそんな彼が一番、尊いのだと微笑うだ。 「ねぇ、サツナ」 「なんだ、レイ」 レイの問い掛けに、サツナは一応返事を返すも、その視線をレイへと向けることはない。彼は彼の手を、レイのために止めることはしなかった。 レイはそんなサツナの様子に苦笑した。どうやら自分は彼に好かれてはいないらしいということはすでに悟っていたし、その理由もおそらくはかなり正確に悟っていると自負していたからだ。 だから気にせずに言葉を紡いだ。ソファに深く体を沈ませたレイのくつろいだ姿が、レイがサツナの人と相対するにはあまりにも失礼であろうとも思われる態度を容認していることを示していた。 「君はテッドの何に惹かれたのかな」 「……」 そこでサツナははじめてレイを振り返った。無言のまま、その海原色の瞳を眇めて強い視線で睨みつける。 レイはやはり苦笑した。 「そんなに睨むなって。別に君とテッドの何を邪魔するつもりもないんだ。ただ興味が湧いただけなんだから」 「興味?」 「そう。興味だよ。退屈してるんだ、ひどくね」 「ホノカにでも構ってもらえ」 「そのホノカはただいまグレミオに付き添って買出し中だよ。テッドの奴はまだ寝てるし。むりやりあいつを起こせば君が黙っていないだろう? だから僕は君に話し掛けて時間を潰すしかないのさ」 「……」 軽く肩を竦めるなどという動作をして見せるレイに、サツナは嫌そうな顔を作るも、特に何を云うでもなかった。 「そんなわけで、だ。すまないが僕の暇潰しに付き合ってくれ」 「迷惑だ」 「そういうなよ。これは僕の疑問であると同時に、テッドの疑問でもあるんだから」 「テッドさんの?」 レイの言葉にサツナが興味を惹かれた瞬間だったかもしれない。いぶかしむように眉間に皺を寄せた。 「そう、テッドの。僕が思うに、君たちって相思相愛でありながらまったく意思の疎通ができてないよね。君ももう少ししゃべった方がいいと僕は思うな」 「…余計なお世話だ」 「でもテッドのためなら君はなんでもする。虫の好かない僕の話にも耳を傾けるし、場合によっては僕の助言に従う」 「テッドさんは何を…」 「簡単だよ。テッドはなぜ自分が君に好かれているのか、その理由が分からない」 だから僕も興味が湧いた。 レイが瞳を眇めて薄く笑った。 サツナはレイから視線を外し、レイはそんなサツナの態度に肩を竦めて諦めの意思を示した。サツナはこれ以上レイに付き合うつもりはなく、そうであればこれ以上どのような言葉をレイが投げ掛けたところで、サツナがレイに付き合うことはないだろうと踏んだからだ。 しかしそんなレイの予測に反して、サツナはただ一言だけ答えた。彼がこのような態度を取ることは非常に珍しい。 「答えは簡単だ。テッドさんは誰より『人』を愛していた。僕にはない。あんなにも切なく、『命』を愛しく恋しく思う心は。――だから僕は惹かれた。それだけだ」 レイは驚きに――彼にしては珍しく目を丸くしてその答えを聞き、それから数秒後。肩を震わせておかしそうに笑っていた。 サツナはそんなレイに一切の関心も示さず、ようやく起きだしてきたテッドはそんなレイの姿に首を傾げるばかりだった。 花は短く咲き誇るから美しい。 火は一瞬に燃え盛るから猛々しい。 生命(いのち)は限りあるから尊く。 テッドは苦笑した。一度は朽ちたこの身を思って自嘲した。 それはまるで枯れ落ちたあとの華のようだ。 花火の燃えカスだ。 けれどサツナはそんな彼をこそ尊いと云い、愛しいと微笑う。 だからこそ、それらのすべては輝かしい。 まるで花火の燃えカスのようだとテッドは思う。 それでも彼は、そんな彼がもっとも尊いのだと優しく、愛しさを瞳に含ませて微笑う。 自分を孤独へ追いやって尚、それでも誰かの死を嘆き、その生を願うことを諦めない彼こそが。 この世でもっとも尊く、そして誰より愛しいのだと――。 |
そしてあとはただ朽ち果てよ! |
talk |
未消化気味です。もっとテッドの内面を掘り下げたかったのですが大失敗。 最後の『朽ち果てよ』は当初『落ち果てよ』だったのです。タイトル(オチバナ・らっか)に合わせて。でも言葉的にも語呂的にもいろいろ変で気になるので、けっきょく直しました。なんか今回は微妙に歌詞みたいに繰り返しが多いかも。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)ゆうひ 2006/02/13・15・20・0315 |
back |