漆黒の夜空に映える満月が美しかった。 彼は揺れる水面の先に聳える山々を見ているのだろうか。 それとも月明かりにさえ隠れてしまう星々に目を凝らしているのだろうか。 きっと眼前に広がる、夜の煌めく闇色を見て思いを馳せているのだろう。 |
「気になるかい」 明らかな問い掛けの声に、新緑の衣装の魔法使いが振り返った。 岩作りの要塞。ちょうど階段の陰からのぞくように姿を見せたのは、真紅の衣装の少年だった。 特別な装飾の一切ない、黒の棍を肩に担ぐように持っている。シンプルなその棍はそうであるからこそ、むしろその使い込まれた姿を隠しているのかもしれない。 一見しただけでは、それが血にまみれているなどとは見て取れないのだから。 魔法使いは対面するには十分すぎるほどの間を取って対峙することとなったその少年を睨みつけた。もっとも、この若い魔法使いの目付きは元より鋭かったけれど。 少年は魔法使いよりも幾分か年上だった。 黒曜の瞳だけを横に滑らせて、先刻まで若い魔法使いの視線の先にあったものを捉える。それから再び魔法使いへと視線を戻して口を開いた。 その声は平坦だった。それでいてどこか楽しそうな。期待に溢れていた。 「羨ましいのかい、ルック」 「何がさ。この腹黒リーダー殿」 「腹黒は酷いなぁ。僕は無邪気なだけさ」 少年は笑った。口端だけを薄く吊り上げて笑うその瞳は、まるで子供が小動物をいたぶって楽しむかのように陰鬱な悦びに満ちていた。 「彼らが羨ましいかい、ルック」 「だから、何がさ」 不機嫌さを隠しもせずに魔法使いは云う。彼が不機嫌なのはいつものことだが、口調に怒気が現れるのは珍しい。 それだけで、少年の言が図星を指していることを裏付けてしまっていることを、しかし悟りきったようでまた未熟な魔法使いは気づくことができずにいた。 「あれほど思い、そしてあれほど思われる相手がいることが、かな」 欠けたことによって心に穴が開いてしまう。それほどの存在がいること。 その命を投げ出してでも守りたいと願う存在がいること。 それがイコールで結び合うように、互いに向けられている関係。 「羨ましいのかい、彼が」 魔法使いは答えない。 少年はまた笑った。 歩き去りざま、魔法使いの横を少年が通り過ぎるときだった。魔法使いの耳に少年の声が囁く。 「だったら、今度は君がその存在になってやればいいのさ」 それはまるで甘く残酷な。 ―――悪魔の囁き。 |
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拍手用でした。普通にアップしても大丈夫そうな長さになったので使い回しです。すごいです、これ。5秒で始まりから落ちまで思いついて30分くらいで書き上がりました。ちなみにここでの坊はレイではなかったりしたりしなったり。いえ、別にレイでも全然支障ないのですが、別パターンの坊ちゃんのエッセンスが入ってるのです。詳しくはココ。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)ゆうひ 2006/02/24 |
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悪魔の囁き