濡れ鼠アワー 











まったくもって、驚きには尽きることがない。










「もう、サツナ。いったい何やってるのよ」
「ほんとだぞ、サツナ。久しぶりに騎士団に顔見せたと思ったらいきなり海に飛び込むなんて」

 ジュエルが云い、タルが云う。

「本当ですよ、サツナ。ああ、早く体を拭かないと」
「まったく。相変わらず突飛な行動をする奴だな。サツナは」

 ポーラが云い、ケネスが呆れた。

 久しぶりに懐かしい顔たちと出会った。会いに行った。
 その人たちは僕とは違い、当然のように歳を重ね、もはや、あの頃の姿を不自然にもそのままにしているのは僕ばかり。ああまったく、随分と皺が増えたね。
 ジュエルの身長は伸び、昔に比べて随分と落ち着いてきたんじゃないか。タルは昔からでかかったが、ますます背が伸びた。さり気にむかつく。
 ポーラは相変わらず優しくて、エルフの彼女は僕ほど変化がないわけではないが、他の三人よりは分かれた頃の姿を保っていた。ケネスは今では騎士団の団長だ。随分と風格も出てきたのではないだろうか。
 それでもその中に見る変わらぬ面影。関係。彼らの暖かな性格。
 触れて、思いがけず胸が打たれた。
 ああ、まったく思いがけずなのさ。これは。こんなことは。

 まさかと思った。
 だって、こんなことは僕にとってはあまりにも些細なことだ。もう数十年も耐えてきた。
 こんなことになる以前から、こんなことはとうの昔に忘れていたものだ。
 感激だとかっていうような、そんな感情なんて。そうさ、まったく僕には無縁のものだと思っていたのさ。


 まさか、あまりの懐かしさに胸打たれ。
 涙が溢れそうになるだなんて。
 信じられぬその現象に、僕は思わず海に飛び込んだ。

 その涙を隠すために。誤魔化すために。
 洗い流すために。


 ああ、だって仕方がないじゃないか。
 懐かしい顔ぶれに。変わらぬその心地よさに。優しさに。笑い声に。
 思い出してしまったのだから。
 決して忘れたことなどない『彼』を。その出会いを。もっとも輝いてた、濃密な日々を。

 いつだって忘れたことなどなかった。無限のときを手にした呆然の中にあり、僕の精神を支え、立たせる心の中の聖域。
 笑う日々。初めての強い欲求。
 まったく信じられないことだ。
 決して色褪せることなどないと思っていたその思い出は、今、かつての仲間たち――思い出を共有するものであり、思い出の一部である――によって、こんなにも鮮やかに色をつけて広がるだなんて。
 まるで爆発したかのようだ。
 収縮して丸く収まっていたそれ。忘れていた細部までもが鮮明に蘇えり、一気に膨れ上がったそれの衝撃。受け止めることは出来たが、まったく弾き飛ばされてしまった。

 ジュエルが怒って小言を言う。人差し指をピンと立てその姿。声には愛情がこもっている。まるでお母さんのようだ。
 タルが腹を抱えて笑う。こいつは相変わらず何も考えていないようで、けれどその中には誰にも流されない信念が一本、立っているのを知っている。
 ポーラが体を拭くためのタオルを持ってきてくれる。心優しい彼女は、細やかなところにまで気の配れる人だ。でも、いつもいろいろなことを心配してて大変そうだ。大丈夫なのだろうか。
 ケネスが呆れたような表情のままでそんな僕らの様子を眺めている。自分から積極的に行動に移すことはあまりないけれど、大局を見て状況を判断できる彼の、相変わらずのスタンス。

 まったくもって、変わらない。
 まるであの頃に戻ったかのようだ。

 ねぇ、テッド。
 これで君がいれば完璧だ。
 ねぇ、テッド。
 君は今、どこにいるのかな。何をしているのかな。何を思っているのかな。

 ねぇ、テッド。
 僕はまったく涙が溢れそうになり、海に飛び込み濡れ鼠だよ。こんなのまったく初めてさ。





 ねぇ、テッド…―――。










あなたは今、何を、感じていますか。











濡れ鼠アワー


talk
 拍手よりも短いかもしれない。でも拍手ではなくて表に置きたい!!と思った作品。なんだか自分の中でとっても新鮮な作品なのです。初めてラズリル四人組を書きました。一言ずつしかしゃべってないやん(爆)。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/06/14_ゆうひ。
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