アルデバラン 





『得たものもあった…と、思う』


 なぜそんな台詞が出てきたのか、自分自身でも分からない。
 あの場において『何を得たのか』と訊ねられても、正直、答えなど持ち得なかったに違いない。
 仲間は確かに得たものの一つだ。この紋章を得なければ、あの巨大船に集う仲間達との出会いも、絆も、得ることは出来なかっただろう(ついでに云えば、得たくもなかった面倒臭い王とか軍師とかその弟子とかに会うことも)。けれど僕にとってそれが価値ある何物かであるかと問われれば、僕は聊かの考慮も要せずに答える。

『いやまったく。全然ないよ。そんなもの』

 別に小間使いの日々に不満はなかった。スノウは我侭で臆病だけど、悪人でも残虐でもなかったし。我侭だと云っても、彼の身分からすれば、むしろ我侭というほどのものではないのかもしれないと思っていたりもした。
 ほんの少しだけ、他人の気持ちを慮ることに疎いだけで、それさえも、彼の環境がそうさせたのであって、彼だけの責任というわけでもないだろうし――。何より、あんな愉快な人間、実に貴重だ。

 騎士団でも窮屈なんて感じなかった。タルやジュエルのように、流刑になった人間を心配して、後先考えずについてきてくれるような友人も得た。こんな運命にも我が身を省みず、無罪潔白を信じてついてくれるような友人、それこそ、一生に一人得られるだけでも奇跡だろうに。

 何がお眼鏡に適ったのか、団長は何故か僕に期待と信頼を寄せてくれていた。それに張り切るような可愛げがあったら、きっと、僕ももう少しは『マシ』な人間なんだろうな〜…なんて、ちょっと黄昏てみたことも一度くらいあった。……ような気がする。
 でもそのお陰でプレッシャーも感じなかったし、得意になるような性質(たち)でもなかったからこそ、先にあげたようなバカな――間違えた。奇跡のような友人たちを得ることが出来たのかもしれない。
 ちなみに彼らを思わずバカだと呟いたのは、喜びとか感動とかいったものの裏返しってやつだ。だって、せっかく騎士団員になれたのに。厳しい訓練にも耐えて、もうすぐ正騎士になれるという一歩手前まで来たのに。それらを全部を不意にするような真似をするなんて、本当に、馬鹿げてる。
 無罪かどうかなんて、本当のところは分からないのに。実際は何が起きたのかなんて、きちんと理解してもいなくせいに。
 ただ、ずっと一緒に寝食を共にしてきた『友人』だというだけで、あんなこと――。

 それらをまとめて『価値がない』などとすれば、それこそ罰(ばち)が当たりそうだ。それでも、僕にはやっぱり『価値』というほどのものはなかった。
 きっと、そんなふうに呼べるようなものではなかったんだ。

 捨てられたのか逸(はぐ)れたのか。故意なのか事故なのか。それは分からない。ともかく僕は海を漂い、フィンガーフート伯に拾われ生き延びた。
 漂流して拾われたという境遇のためか、小間使いとしての人生がそうさせたのか、周りの環境か。或いは親から継いだ性格だったのか。僕はどうやらいろいろと淡白であるらしい。むしろ薄情なところがあるとの自覚は、実はそれなりにあったりする。改善しようなどとはまったく思わなかったが。

 この流転する運命を負った『罰の紋章』をこの身に宿し、あまつさえ宿し続けるなどという運命を背負うことになった僕。そういった運命というものは誰の感情だとか品性だとか人格だとか、そんなものは一切無視して回っているのではないだろうか。
 運命は全て理不尽で、そうであれば『紋章』もまた、何か抗えぬそういったものに導かれて、今、僕の、或いは彼の、彼らの手にあるのかもしれない。
 その果てに得たものなどなくて当然だ。そんなものを望む方が図々しいのだろう。
 そして、それくらい図々しくなければ、真の紋章なんてものに、何かの意味や価値などを付随されることなど出来ないだろう。

 彼は何を得たのだろう。あの、生と死を司るという呪いの紋章得て。
 失ったものばかりだと云っていた。
 けれど今の彼ならきっと答える。その一番には、悔しいことに『あいつ』がくるんだろう。彼の、一番初めの『親友』が。
 そしてちょっと己惚れてもいいのなら、その次くらいに僕が来る……かも、しれない。

 けっきょく、彼が僕にそれを聴くことはなかったし、きっと、僕も彼にそれを訊ねることなどないけれど。
 今のところ、そんな気配はカケラもないけれど。
 もし、いずれ彼が僕に何気なしに訊ねてくるようなことがあれば、今の僕は迷うことなく、明確な形を持ってして、同じ答えを返すことが出来るだろう。

 得たものもある、と。
 それはこの紋章のために失ったもの以上に価値のあるものだと。
 それは何かと訊ねられ、僕は迷い一切ないまっすぐな瞳で答えることが出来る。

『あなただよ。それが、この呪いの紋章によって、僕が得たものだ』

 この紋章がなくて、どうしてあなたの道の上に巻き込まれることがあっただろう。
 この紋章がなくて、どうしてあなたに気に掛けて貰うことが出来ただろう。
 この紋章がなくて、どうしてあなたと共に歩むことが出来ただろう。

 すべて、この紋章の齎したもの。
 すべて、この紋章によって得たもの。

 そして、この紋章によって得た、僕にとって唯一価値あるもの。












talk
 なんか以前にも似たような話を書いた記憶がありますが、それはつまり、それだけ伝えたいことなのだということだと理解していただけたらと…。
 ここでタイトルの『アルデバラン』の解説。アルデバランは牡牛座のα星で、プレアデス星団の後に続いて昇ってくることから『後に続くもの』を意味するアラビア語のアル・ダバラン(Al Dabaran)の名前がつけられました。バビロンでは『星々を導く星』という意味の『イ・ク・ウ』と呼ばれ,古いアッカド名では『天の航跡』という意味の『ギス・ダ』というそうです。また,アラビアの先住民は『アル・ファニク(種ラクダ)』あるいは『アル・ファチク(肥えたラクダ)』と呼んでいました。アルデバランは蠍座の『アンタレス』、獅子座の『レグルス』、南の魚座の『フォーマルハウト』と共に,古代ペルシアの4つの『ロイアル・スター』の一つとされた星です。
 ここでは真の紋章の付随品=罰の紋章を得た後からついてきた価値あるものという意味でタイトルとしました。インスピです。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/08/19_ゆうひ。
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