白百合革命
-そしてタイガーリリーがほくそ笑む-
強靭でしなやかな姿態。 香り立つ妖艶な誘惑。 取り込んで、隠れたその毒と爪で引き裂いて。 血に濡れた赤い唇が艶(なま)めかしさを増す。 |
白百合革命はハイランド・デュナン同盟軍の勝利によって幕を下ろした。 赤月帝国228年、初夏。トラン湖一帯にその栄華を極めた大帝国は、その象徴たる麗しのグレッグミンスター城と共に、一夜にして崩壊したのであった。 助け出されたホノカ女王はハイランドの迅速な行動に感謝の意を示し、両国の関係はさらなる友好関係を築くこととなる。 旧赤月帝国領土は、デュナン統一国の、女王が攫われたという混乱から回復したばかりで自国の内政回復に努めることに専念する――というデュナン統一国の宣言のもとに、ハイランド王国によって管理されることとなった。その後、ハイランド王国の支援を受けて独立。人格者として知られ、旧帝国の支配者層からは外れた市民層――大富豪として名をはせ、旧帝国の復興にも多額の支援を行った――レパントをその頂点とし、トラン共和国の建国となった。 赤月帝国の重鎮でありながらその暗躍の卑劣さに祖国を裏切り、ホノカ女王救出に多大なる貢献したレイ・マクドールは、当初、祖国の為した行為に対する贖罪と称してデュナン統一国に助力するとの名目により、同国の護衛将軍としての任に就く。女王直属護衛官として過ごす彼と女王の仲が急激に縮まったのは、自然成り行きであっただろう。 革命の翌年、デュナン統一国女王ホノカとその護衛官レイ・マクドールとが婚姻関係を結び、ハイランド王国国王夫妻とトラン共和国大統領夫妻を招いての三国同盟が結ばれた。 二十二年後、かつての革命戦争での勇猛振りから「黒き刃」とまで称されたハイランド国王ジョウイ・ブライトとその妻ジルの養女――一人娘のピリカと、その穏やかさと堅固な姿から「輝く盾」と称されるデュナン統一国女王ホノカと、その夫レイの間にできた王子とが結び、その血統が絶たれたとして、ハイランド王国はデュナン統一国に吸収。その長い歴史に終止符を打ち、デュナン湖一帯を真実その領土する、新生デュナン統一国が成る。 この歴史的決断を下したハイランド王国最後の国王ジョウイ・ブライトと、それを正しく受け入れ、旧ハイランド国民とデュナン統一国民の権利を等しく守り抜いた女王ホノカ。この二人をして、デュナン統一国の「始まり」とする説もある。 新生デュナン統一国は、当時トラン共和国大統領の任にあったレパントの子、シーナをその建国式に招き二国間同盟を成立。両国が失われるその日まで、この同盟の潰えることはなかったという。 さて、真実を知るものは極僅か。白百合革命をたった一人で画策した少女の話である。その後の彼女の足跡を語るものは何一つない。否、唯一、彼女が生涯連れ添っただろう偉大なる魔術師の親友にして、後の新生デュナン統一国王の父たるレイ・マクドールの手記があるばかりだ。 後世になって発見されたそれには、革命の真実と、革命終結直後の彼の親友との遣り取りが残されていた。 「やあ、テッド」 グレッグミンスター郊外のマクドール邸に佇み彼を待っていたのは、すでにこの邸の主となったレイであった。棍を手にし、まるで決闘の相手でも待つかのようなその佇まいに、テッドは胸中で苦笑した。なるほど。この根っからのお坊ちゃまは、根っからの男前らしい。 「ああ。つかおまえ、こんなところで何やってるんだよ」 「いや、親友殿の旅立ちを見送ろうかと思って」 「なんだ、そりゃ」 「あはは、酷いな。せめて素直に感謝の言葉くらいくれよ。別れを惜しむつまりなら、僕にだってないんだから」 あきれ顔のテッドに、レイは気分を害することもなく笑い声を上げた。肩を竦める仕草がどうにも様になっていた。 「……テッド」 「ああ」 レイがその手を差し出し、テッドがそれを受けた。 「君は僕の」 「おまえは俺の」 「「――親友だ」」 もう二度と会うことがないかもしれなくとも。互いの行く末など知らぬままに生涯を終えることになろうとも。 その絆が色褪せることはなく。その友情が錆つくことはない。 「さようなら」 「おう」 「それと」 「ん?」 「『ありがとう』と、伝えておいてくれるかな?」 「……」 きっと、右から左に流されるんだろうけど、と苦笑するレイに、テッドは声を上げて大きく笑った。 「あっはっは。違いねえや」 それでも、伝えておく。一応。 テッドは返し、そこを後にした。片手を上げて去りゆくその背中を見送って、レイもまた踵を返した。もう、この邸に彼が足を踏み入れることはないだろう。 手記によると、バルバッロサ・ルーグナーはその死の直前を、愛妾ウィンディと共にすることを選んだのだという。 バルバロッサとサツナの決闘は、観客も大義もないのが勿体無いほどに洗練され、卓越されたものであったらしい。優れた武人としてもその名を馳せるレイ・マクドールが惜しむほどのものであるのだから、それに間違いはないだろう。そうでなくとも世界中にその名を馳せる指折りの名剣のぶつかり合いだ。歴史にその様が語り継がれぬのは構成の武人・鍛冶職人らにとって大きな損失であったとの声は大きい。 魔術師に倒された魔女ウィンディの死が確定したことを悟ったバルバロッサはサツナに向けていた竜王剣を下ろし、愛妾のもとへと踵を返したという。サツナがそれを止めたことは当然ない。バルバロッサが竜王剣を下ろしたのと同時、サツナもまた、己の一生を捧げると決めた魔術師の勝利を悟り、それぞれが「償い」と「許し」を象徴するとされる秘剣「罰の双剣」を下ろした。 バルバロッサがもう動くことの出来ぬ己れの愛妾のもとへ赴いたのとは逆に、サツナは己のもとへと魔術師が戻って来てくれると不安に駆られながら、胸中、切ないまでに祈っていただろうとは、レイ・マクドールの推察であった。 テッドはバルバロッサが辿り着くまでウィンディの傍らに佇み、その死姿を見つめていたという。 彼がその姿に、己の一族を無情な方法で滅ぼしたその女に、その死に対し、何を感じ、何を思ったのか。それは、レイにさえも慮ることはできなかったようであった。手記にはそれについては何も書かれておらず、唯、レイがテッドから聞かされた赤月帝国最後の皇帝の姿だけが、徒然と書き記されているばかりであった。 バルバロッサはウィンディの死体を抱き上げると、テッドを一瞥だけして、そこを去ったという。テッドはバルバッロサの姿が見えなくなるまでその部屋に佇み続け、漸く踵を返したそうだ。向かった先は、そのときまさに、この世のどの女よりも強く、気高く、老獪で――怯えるほどに初心(うぶ)な少女――サツナのもとであったことは、語るまでもない。 バルバロッサは去り、サツナは漸くテッドの横に立つことを叶え旅立ち、各々の愛器は、その主の行く末と同様、行方不明となった。 チチと鳥が囀る。空には太陽が輝き、青というよりは白く、彼女は木の幹にその背を預けていた。 「待たせて悪い」 その声に、彼女は顔を上げた。本当はずっと前から彼が戻ってきたことに気づいていたが、酔いしれていた。 彼の足音が、彼女のもとへと近づいてくるその事実に。彼が、彼女のもとへとやってくるその事に、彼女はその目蓋を下ろし、感じいるほどに酔いしれていた。 「ううん。気にしないで。こんなのは待ったことにはならない」 彼女は告げた。緩やかに首を振ったその表情は、ひどく優しい。彼女がこのように微笑むことができるということは、彼女の生みの親でさえ知らぬことだろう。 「そうか…」 「うん」 彼の声が僅かに沈んだのに対し、彼女の声は穏やかだった。優しく包み込むように。降り注ぐ陽の光のように。広がる海のように。 彼は再び問うた。 「待ったのか?」 「……うん、」 彼女は再び答えた。――ほんの少しだけ、痛みと苦しみに胸を詰まらせて、その答えまでには僅かに間があった。 「そうか」 彼の答えは簡単だった。ただ暖かかった。 「うん」 彼女の答えも簡単だった。そして朗らかだった。抜けるような空のように、爽快だった。 「ねえ、テッドさん」 「なんだ」 「テッドさんは、僕のこと、待ってくれてた?」 「……」 「おまえは、俺のことを待ってたんだろ」 「うん、そう」 「なら、俺もお前を待ってんたんだろ」 「そっか。…うん、そう、だね」 「ああ」 「そっか。ふふ」 きっと、生まれた時からずっと、あなただけを待っていた。 彼女が、サツナが微笑う。彼が――テッドが微笑ってそれに応える。 「行くか」 「うん」 どこかへなどと聞くはずもなかった。サツナの腕がテッドの腕に絡む。テッドはそれを振りほどきはしなかった。 微笑んでテッドを見上げるサツナの視線に、テッドが微笑んでその琥珀の視線を向ける。サツナの見上げる為に伸ばされた首と、テッドの俯き加減に折られた首。どちらも、隣にいるただ一人と向き合うための行為。 それはどこまでも誠実で、温かく。歩き去る二人の背を、街道の並木だけが見送っていた。 |
貞淑なる白百合よ。聖なる乙女らよ。 その純情を以って手に入れよ。 生まれた落ちたその時から待ち焦がれた、宿命を。 純潔の全て捧げる、その愛しきものを。 お前の姿が最も美しく咲き開く、その為に――。 |
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最後の「生まれた時からずっと」という一文が使いたかった。こんなに長くなるとも思いませんでしたし、こんな話になるとも思いませんでした(え?)。分かっていたことは、すべてサツナの思惑通り。運命と積極的に戦った彼女の勝利するということだけです。惜しむらくは、もうちょっとナナミを活躍させたかったことくらいですか。長らくご愛顧、ありがとうございました。サイドストーリー竜を〜がまだ終わってないけどね(爆)。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2008/06/29〜07/20_ゆうひ。 |
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