暗黒の章 











あなたがいるから、世界は輝いていました。





 誰に伝えたらいいのだろう。この絶望を。
 この世から、あなたを永遠に失ったこの絶望を。
 いったい、誰に伝えればいいというのだろう。

 夢にまで見た幸福がありました。地獄を思い描くの簡単で、けれど誰もが楽園を思い描くの困難で。
 地獄。この世の痛みと苦しみ。全て詰め込みスープのように煮詰めれば、それは簡単に絵にすることも文にすることも、リアルに語ることも容易で。一つ壁にぶつかるたびに。一つ夢を諦めるたびに。一つ、希望を砕かれるたびに。
 その暗闇は深まってゆく。
 けれど楽園は夢の国。目覚めればすり抜けてゆく記憶のように、どんなに脳裏に描こうとしても、それは決して鮮明にはならなくて。
 この手のひらでは決して掴めぬ水のように、どんなに高く舞い上がっても掴めぬ雲のように、どれほど近づいても届かぬ虹のように。ただきらきらと輝いているだけの、存在。煌めいているのは分かるのに、その実態の、決して触れられぬもの。
 けれど私の楽園は。夢よりも遥かに鮮明に。水よりも尚確かで。雲よりも尚近く、虹よりも尚極彩色に。その鮮やかな様は海よりも尚限りなく広く。
 それはまだ希望で、けれどそれだけでさえ、私は幸せを胸に抱いて生きてゆくことが出来ました。

 それまで幸せがなかったはずがありませんでしたが、一日、一時と、その深まり華開くような幸福など初めてでした。
 あなたの傍にいることがなぜこんなにも心安らぐのかだなんて。そんなことはわからない。
 それこそ運命。こんな陳腐な言葉でさえ、あなたと私を繋ぐのならば素晴らしい。
 遠く離れていたって、あなたがいるというだけで良かった。自分の貪欲な性質を目覚めさせられて、けれどそれは幸福なことだと教えてくれた。
 それが奪われるだなんて、夢にも思わなかった。
 何気ない日常が奪われても悲しくもなかったのに。何も感じなかったのに。
 あなたを奪われるだなんて、夢にも思わなかった。それこそ莫迦みたいに。滑稽に。
 なぜか、思いもしなかった。信じきっていた。意識もせずに。



 彼が云った言葉。その言葉を投げ掛けられてから、今、はじめてその本当を意味を知った気がしました。
 その言葉を投げ掛けられてから百数十年建った今になって。

 どうして自分だけが。
 なぜ奪われなければならないというのか。
 なぜ!
 どうして!!

 なぜ運命はかくも理不尽で。なぜ自分はこうも無力なのか。
 嘆きなどでは足りない。地獄などではまだ甘すぎる。いっそ楽園なのかもしれない。
 煌めく檻に監禁されたまま。真綿で緩やかに窒息させられる生は、一瞬に与えられる死よりも残酷だ。
 だって永遠に、本当の愛など与えられないのだから。
 信じたものが崩れ落ちていく。知らないままなら幸せでいられたのに、どうして知ってしまったのだろう。
 なぜ、僕は追いついてしまったの?



 罰の紋章よ。世界の根源たる真なる紋章の一つよ。
 お前の生まれ、彷徨った時を思えば、こんなものは一瞬の瑣末なできことなのかもしれない。
 けれど人にとってその時間はあまりにも長く。この百五十年、この身と共にお前は何を見聞きしたのか。
 お前にとっての瑣末な出来事の重なりであったとしても、百五十年もあれば、塵よりは多少大きな屑石程度にはなるのではないだろうかと勝手に推測する。そして決め付けることにする。
 それが僕の性質(たち)なんだ。恨むなら僕に宿った己が自身を恨むがいい。
 この意思の前にあって。この僕の、彼への思いの前にあって。僕の思い通りにならないことなんて、絶対に許さない。

 だから、そうだ。そのはずだ。
 罰の紋章よ。償いと許しを司るというその業を持つものよ。
 この迸る思い。この怒り。この絶望。
 もしもお前が欠片でも意思を持つというのであれば。人にはあまりにも永い『時』を与えたその罰を己に与えるがいい。そしてこの僕に償い、許しを得るがいい。

 彼がいたから輝いていた世界だった。
 彼がいたから価値のある無限の時間だった。
 彼が待っているからこそ歩いていける足だった。
 そしてその悠久の時があるからこそ得るに至った希望であった。夢だった。
 そしてその悠久の時のためにこそ、獄炎よりも激しいこの感情を得た。

 ああ、罰の紋章よ。
 お前に僅かなりとも意思があるというのなら。この俺と歩んだ百五十年余りの記憶があるというのなら。
 ああ、どうか。
 この迸る思い。この絶望を。
 どうか、どうか、どうにか。
 この胸を掻き毟るほどの衝動を、どうにかしてはくれないか。
 お前の兄弟もまた、多くこの戦いに関わっている。懐かしいだろう。
 僕もまた、懐かしい。
 懐かしく、泣きたいほどに穏やかな、彼の気配を感じてる。自分自身の心を感じている。

 ああ、いったいなぜ。もう、彼はこの世にいないのに。もう、会えはしないというのに。
 彼がここにいた気配はこんなにも希薄で。そんな希薄な気配でさえ、彼のものであるというそれだけで、僕はこの身の全身で感じることが出来る。
 そして好みも心も心底満たされてしまうのだ。

 だから、だから、お願いだ。罰の紋章よ。
 どうか僕に道を示してくれ。
 その道がないというのなら、この思いを解き放て。
 彼のいない世界など、どうせ暗黒も同じ。お前のその身に宿る悲鳴と共に、破滅の天使を呼び出すがいい。
 すべて滅ぼし喰らい尽くして、そして、勝手に再生させるがいい。
 お前の希む夢。お前の希む世界。真白な世界を、その片腕の天使に捏ね上げさせるがいい。
 それを望まぬというのであれば、さあ!
 この僕に。この僕の絶望の前に!!
 この僕の暗黒の前に、一条の光を。道を射し示せ!!
 彼に繋がる道を、どうか与えてくれ――。





貴方を失って闇に閉ざされた世界なら、貴方に繋がる光も、きっと簡単に見つけられる。









talk
 こんな感じでサツナはテッドをソウルイーターから引き戻す方法を罰の紋章から奪いだします(笑)。話したというよりは、悪夢(というか、過去の宿主の記憶?)を見せられたように、ぼんやりと何かを伝えられた感じだと思いますが。私の中では紋章はあんまりはっきりとした言葉を持って宿主に話しかけたり伝えたりはしません。あくまでも相容れぬ存在なのです。理解し合ったりは基本的にありません。特にサツナなら尚更。でもこれはあくまでもなんちゃって設定的なところがありますのであくまでも裏。どうしても遣いたい素材サイト様があって、何か小説を!!と思っていたら…。でも三部作はすべて背景同じもので統一してるから…。ああ、どうしよう。とか云いつつ、完全な『三部作』のうちの一作品というわけではないのでいいやと割り切ることに。素敵な素材でしょ(^▽^)/。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/11/05_ゆうひ。
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