間劇 第一幕 







 後に『デュナン統一戦争』の名称で語られる太陽暦460年にデュナン湖周辺に点在する都市と王国間に勃発したそれが集結して二週間が経過していた。
 戦争終結後、旧ハイランド王国領土と新都市同盟の擁する土地に新しく建国されたその国は、その土地を描いた地図の中心に大きく青を広げる湖の名からとって『デュナン』と名づけられた。二つの勢力がその湖を挟んで長年睨み合い、いがみ合い続けていたためであり、そこに勝者となった新都市同盟軍の本拠地――現デュナン国の王城――があるためだ。
 長く戦乱の絶えなかったデュナン湖周辺地域(=デュナン地方)が統一されたことによって建国された国であり、デュナン湖周辺が安定するために興された国であるため『デュナン統一国』と呼ぶものも少なくなかった。
 これは、その初代国王『ホノカ』が、未だ正式に即位する以前の、小さな、取るに足らない物語である。





「ホノカたちは今頃どうしてるだろうねぇ…」

 閑人(ひまじん)が、ぼやっと呟いた。
 だらしなく一人掛けのソファに腰掛けたレイは、天井をぼんやりと見やりながら口を開いた。ここは彼の生家のリビングだ。同じテーブルを囲む、こちらは二人掛けのソファには、レイの親友のテッドとその恋人であるというサツナが、並んで腰を下ろしていた。
 昼を幾分過ぎた頃の明るく、強烈な陽光が大きく広い窓から部屋の中へと射し込んでいた。心地良く暖められた室内にあって、三人は抗いようのないまどろみに襲われているのを感じていた。

 レイの呟きに答えを返すものは居ない。
 テッドは一応、その琥珀色の眼球を動かして視線だけをレイへと向けたが、何か言葉を掛ける気はなさそうだ。彼はさすがにレイの親友であるというだけのことはあり、レイが返答を求めていないことをよく理解していた。

 サツナが返事をしない理由はただレイの呟きが彼の興味の範囲外にあるためだ。
 サツナの興味の9割は、今彼がその腕に凭れ掛かっているテッドにあり、それ以外のことについてサツナが自ら積極的に関係を持とうとすることは珍しい。
 そういう意味で、レイとサツナは似たもの同士であるかもしれなかった。どちらも他人の目を気にするようなタイプではなく、自分の道をひたすらに歩むタイプであるからだ。
 だから今度もレイはテッドやサツナの反応などまったく意に返さずに我が道を行くように言葉を繋いだ。

「そういえばホノカたちはハルモニア方面へ向かって旅立ったらしいね」

 それは二、三日前に彼らの耳に届いた報せだった。正確に『いつ』であるのかは定かではない。『どこから』の情報であるのかについても同様だった。
 彼らは三者三様に、常人ではなかなかできない経験を重ねてきている。その中で培った狡猾さ。彼らが独自に持つ『情報網』もまた、その一つだ。彼らはそれを『風の噂』だとか『風の便り』などと呼んでいた。
 レイはシミ一つない天井をぼんやりと見上げながら気のない声で話し続ける。聊かシリアスな事柄をどうということもないときに、どうでもいいように口にするのが、彼の暇なときの癖――暇潰しの一つであった。

「思えばハルモニア…この世界のすべての戦乱の原因は、すべてあの秘密主義の国にある気がしてならないよ」
「…ハルモニア神聖国。神秘的な国だって聞いたことがある。神秘って秘密主義って意味なのか。初耳だ」
「……サツナ。それは違うと思うぞ」

 レイがぼやく横でサツナとテッドが何やら発言したようだったが、レイはそれを無視した。傍(はた)から見れば独り言で、本人にとっては半ば独り言だった。

「まあね。確かにすべての戦乱がハルモニア神聖国のせいだってわけじゃもちろんないさ。でもさ、真の紋章の関係した戦乱は、本(もと)を質(ただ)してみれば結局の処あの国へ行き着くんだよ。基本的にね。あれが真の紋章を追わず。求めず。そして不必要にばら撒かなければ、それらは起きなかった。違うかい?」
「『確かに』とか『違うかい』って、何? こっちに話しかけてたの?」
「…あのなぁ、サツナ。聞いてたんならそんなことわざわざ言わずに、受け答えりゃいいじゃねえか」
「聞いてたんじゃなくて聞こえてただけだよ、テッドさん。それにこれは純粋な驚きが思いがけず口をついて出ちゃっただけ」
「はいはい。そうですか」

 テッドは頭(こうべ)を垂れた。どうやらいろいろと疲れが溜(た)まっているらしい。主に精神面において。
 サツナはいつだって無表情だ。けれどテッドの腕に絡められたその両腕が離される気配はなく、テッドに寄り添ったその身を離す気配もまた微塵も感じられない。
 また、テッドもそれを嫌がる素振りは見せない。
 テッドに身を寄せて、サツナが安らぎに瞳を閉じる。テッドはそれが当然――あるいは何もないかのように――本を読みふけったり、紅茶を楽しんだりと自分の時間を過ごす。
 無言の時間。
 傍から見ればどこか――恋人たちが時を共にするには――不思議な様子だった。

 レイからしてみれば自分の家で恋人たちがいちゃついているのを見せ付けられているのに等しい状況であるが、彼は特に何を云おうとはしなかった。
 彼は彼で思いを馳せるものがあったし、彼ら二人――特にサツナ――の歩んできた長い経緯を知っている。
 そして何より、彼は閑(ひま)に慣れていた。

「あ〜…、暇……」

 レイは呟いた。彼の前に置かれた紅茶はとうに冷め切っていた。
 長いときを経た建物であるにも拘(かかわ)らず、シミ一つない天井が僅かに恨めしく感じた。あまりにもきれいに磨かれた邸にあって、彼は埃の数を数えることさえできないのだ。
 埋め尽くされた本は読み飽きた。同居人は話し相手にはならず、そもそも彼は話し相手を必要とはしていなかった。

「早く、帰ってこないかなぁ……」

 それは誰の耳に届くこともなく。まして、遠い空の先。
 ハルモニア土地の上に立つ彼(か)の人の耳になど、とうてい届きはしなかった。





 これは太陽暦460年のこと。トラン共和国が興って一年後の、ある閑人(ひまじん)たちの日常の一コマ。









talk
 ご無沙汰しております。本編書けと怒られそうです。閑人どもの一コマは最低でもあと一つは挿入される予定です。
 つい先日、本編の流れを書いたプロットが偶然発見されましたので、そろそろ続きに取り掛かりたいと思ってはおります。……はい。ぶっちゃけプロットなくして何を書こうとしていたのか分からなくなっていました。

 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)ゆうひ_2005/12/15・060320
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