槍術 











…――えーっと。ここはいったいどこなんだろう。
青く広がる空を見上げて、フッチはぼんやりと考えた。
周囲に広がるのは、只広大なばかりの草原だったから。










「あ、ねぇねぇ、フッチくん」
「なんだい、ビッキー?」
「うん、あのね……あっ」
「えっ?」

 くしゅん。

 振り返った瞬間に聞こえた、それが始まりだった。





「とりあえず…歩いてみようかな」

 フッチは片膝を立てて体を起き上がらせた。青い空には白い雲。緑の草原は果てしなく続いているかのように見える。どこにいるのかも分からないが、どちらに向かえばいいのか、目安になりそうなものは何も見つけられない。
 立ち上がり再び空を見上げ、フッチは瞠目した。空に大きく映る影は、かつて見上げた翼持つ巨大な生物に――竜に、酷似していたからだ。
 影はやがて大きなる。今は愛用の得物――シグルトも手元にないにもかかわらず、フッチは空から今しも迫ってくるその巨大な影をただ見つめることしかできずにいた。フッチの体全体が黒い影に覆われて、その目の前にズンッっという重量のある音を立てて着地する。砂煙が舞い上がり、フッチは咄嗟に腕を翳して目を庇う。風が収まりそっと瞳を開ける。黒い影に染められた目の前のそれは巨大で、まさかと逸(はや)る心を抑えながらゆっくりと首を上へ傾けていく。
 そこには太陽の光を受けて輝く、白い鱗の竜。子供のように幼い水色の瞳がフッチを嬉しそうに見つめていた。

「ブライ、ト……?」
『キュイッ』

 丸い瞳を眇めて白竜フッチの頬に鼻先を擦りつけてくる。甘えているのだ。
 呆然としながらも、フッチはその頭を撫でてやった。一つその鱗に覆われた皮膚を撫でてやるたびに、なんとも云えぬ思いがフッチの胸にせり上がり、感情の起伏は彼の眼差しに微かな潤いをもたらしたようだった。
 流れるには足りないその涙など意にも介さずに、フッチは自分が喜んでいるのか、驚いているのかも分からなくなっていた。ただ云いようのない感情があまりにもあふれすぎて、心臓が破裂してしまうのではないかと――頭の冷静な部分が、他人事のように観察していた。

「ブライト…。本当に、ブライトなのか?」
『キュィッ』

 ブライトの高く短い鳴き声は甘えている証拠だ。そして何度も何度も擦り寄ってくるこの態度も。
 かつて、ブラックもまた、同じようにフッチに甘えてきた。体はとうにフッチを追い越して大きくなり、皮膚を覆う鱗もだんだんと硬度を増していったにもかかわらず、精神的にはまだまだ子供で。その頃はフッチ自身も今よりもっと幼くて、一緒になって笑うばかりだった。

「ああ…、ブライト…。大きく…なったね……」
『キュィ?』
「ううん、なんでもないよ。それよりブライト、どこかに人はいないかな。ここがどこなのか、分からないんだ」
『ガぅ』

 生まれたばかりの小さなブライトが成長して現れた。ありえない事態に、それでもフッチはなぜか上手く順応してしまっている自分に気がついて胸中こっそり苦笑した。
 こういったトラブルに微妙に慣れを持ってしまっているのは、なんだかんだと仲のいい見た目が同年代の魔法使いたちのためか、それとも敬愛すべき彼のリーダーたちのためか。あるいはただフッチ自身に与えられた数々の運命によってか。
 フッチはブライトの背に乗った。白竜は翼を広げて空に舞い上がる。
 懐かしい感覚。空に押し潰されるような圧迫に、フッチはそっと瞳を眇めた。





「あ、ブライトが帰ってきた!!」
「え、シャロンちゃん、本当?!」

 地上からがやがやと聞こえてくる声音に、フッチはブライトの背の上からひょいと顔を覗かせる。湖畔に沿うように城があり、そのエントランス部分で何人かが上空を見上げているようだった。
 まだ地上から数十メートルと離れているので、顔の判別はおろか、性別も年齢も読み取れない。地上の方からも、フッチの姿を確認することはいまだできてはないだろう。
 白竜が徐々に高度を落とし、やがて着地をした。着地場所を空けるのと降り立った竜の翼で傷つかぬようにと離れていた人々が輪の中心へと集まってくる。
 もっとも先に駆け寄ってきたのは、金の髪に黄色の服。そして頭上には瞳の色と合わせたような真紅の竜冠が乗せられている。

「…竜冠……。竜騎士…?」

 フッチは思わず呟いていた。ブライトの背から降りることも忘れ、呆然と少女を――正確には少女の乗せた竜冠を――見つめていると、駆け寄ってきた少女らもフッチの姿に漸く気がついたのだろう。
 フッチと同じく瞳を大きく見開いて、呆然とフッチの姿を見返した。

「……え?誰?フッチは?」

 あれ?でも、フッチのとおんなじ竜冠つけてる?
 ……………。
 ………。
 …。

 少女は槍を構えた。

「あ、その槍…」

 その槍に反応したのはフッチだ。多少改良が加えられてはいるが、それは間違いなく、彼が愛用しているシグルトだ。

「え?あれ?シャロン、この人は?」
「ええ、どうして構えてるの?もしかして敵?!でもなんでブライトに乗ってるのぉ?!」
「フッチさんはどうしたんです。あなたは何者ですか」

 わらわらと。次から次へと湧いてくる人々に、フッチはある種の予感を抱いた。すなわち、天魁星の予感を。





 彼の予感は的中した。先ほど真っ先にフッチに駆け寄ってきた少女はシャロン。竜騎士見習いで、現在はビュッデヒュッケ城――過去およびフッチの感覚で現在に身を寄せている城に比べて格段に小規模だが、雰囲気はとても似通っている。船が突き刺さって城と一体化しているあたりが面白い――に身を寄せているとのことだった。どうやらビッキーにテレポートを頼んだところを、お約束のくしゃみによってフッチのみがどこぞへ飛ばされ慌てて探しに出かけたところだったらしい。
 大好きなフッチが目の前から突如として消えたことに半狂乱になって先走り、何処かへ飛んでいってしまったブライトがようやく戻ってきたと安心したのに、その背に乗っていたのは見知らぬ――でもどことなく見知った彼に似た――少年であったことに混乱したシャロンが武器を向けたことについては、彼女の友人らしい少女たちと、一緒に探しに出たカラヤ族の少年やら城主だという少年やらがどうにか諭してくれた。
 ちなみにフッチの身の保障をしてくれたのは騒ぎを聞きつけて城内から出てきてくれたアップルやトウタ、そしてカラヤ族族長のルシアたちだった。ちなみにビッキーはフッチの姿が変わったことにいまいち気がついているのかいないのか微妙な反応をしてくれたが、どことも知れない場所へ飛ばしてしまった自覚はあったらしく、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と云っていた。

「それにしても災難だったわね。やっぱりこっちのフッチくんは過去へ飛ばされたのかしら」
「そう考えるのが妥当だと思います。そうじゃなかったら、ブライトは僕ではなく、こちらの僕のところへ向かっていると思いますから」

 アップルが頬に手を当てて云うのに、フッチが返した。原因ははっきりしているが、ビッキーに解決を頼むかどうかは一種の賭けだ。何事もなく無事解決すればいいが、万が一まったく知らない世界や時代にでも飛ばされたら目も当てられない。
 はてどうしようかと周囲が困惑するのに比べて、当事者であるフッチはどうにものんきな表情をしている。それに不思議そうに訊ねてきたのはカラヤ族の少年だった。

「フッチさんは不安じゃないんですか?」
「う〜ん…どうだろう。でも、未来の僕はきちんとここに現れたんだから、僕が過去に戻れないことはないと思うんです。まぁ、どうにかなると思います」

 笑顔で告げるフッチの姿は、あっけらかんとしたものとも写ったかもしれない。驚きに目を見開いたカラヤ族の少年に、フッチは声を上げて笑った。

「フッチさんて、けっこうアバウトだったんですね…」
「そうですか?でも、そういうのが大切なときもありますよ」
「そう、なのかな?」
「ええ。だって、心が砕けたら、進むことはおろか、立ち上がることも、できなくなってしまうから」
「立ち上がることも…」

 フッチの笑みが深まり、さらに言葉を紡ごうと口を開きかけたときだった。大きくて甲高い声が続いただろう言葉を遮ったのは。

「ねぇねぇ、フッチは14歳なんでしょ?アップルさんとトウタ先生が云ってたよ」
「ええ、そうですけど…」
「えへへ〜。じゃあ、今はボクの方がお姉さんだよね!よし!ボクがフッチに槍の稽古をつけてあげるよ!!」
「え?」
「んふふ〜。絶対ボクの方が強いもんねぇ」

 意気込むシャロンにフッチは戸惑うばかりだ。返事もしないうちに、むりやり腕を引かれて武術指南所なる施設へ連れて行かれる。

「えっと…」
「えっへへ〜。手加減しないでいいからね!!あ、ボクはちゃんと手加減してあげるから安心していいよ!」
「……」

 アットホームな城ではよくあることだが、噂が駆け巡るのは早い。ビュッデヒュッケ城も例外ではなかったらしく、指南所の入り口には噂を聞きつけた野次馬が群れを成して興味心身とばかりに覗いていた。
 訓練用の槍を両手に、フッチはどうしようかと思案を巡らせる。
 別に本当に手加減してもらえるかどうかに不安を抱いているわけではない。不安ではなく…。

「あの……」
「なんだよ。早くしないと、ボクからいっちゃうよ!」
「……隙だらけ…です」
「え?何??聞こえないよ!」
「だから、隙だらけなんです。いくら訓練だとはいっても、もう少し真剣にやられないとまずいんじゃないかな」
「……むぅ〜!!なんだよ、ボクは――」

 シャロンが怒りを爆発させる、まさにそのときだった。外から悲鳴とざわめきが波紋のように指南所に届いたのだ。
 日頃戦闘に従事しているものたちはすばやく意識を切り替えて悲鳴の聞こえた城門の方へと急ぐ。城門の前では門番だという少女が槍を構えて眼前の草原――そこに佇む黒い人影を睨み付けていた。

「ユーバー?!」

 フッチは思わずシャロンからシグルトを奪い駆け出していた。それはかつて、繁栄を誇ったある帝国を崩壊へと導いた魔女に仕えていた漆黒の存在。謎ばかりの、剣の腕と残忍な性格だけばかりが確かなだけの存在。
 フッチはユーバーと対峙した。どちらともなく前方へ駆け出す。幾合か刃を交わし、フッチは後方に飛び退(すさ)った。左足で大地へ急ブレーキを掛け、その急停止の力を使って今度は前方に飛び出す。シグルトを両手で構え、ユーバーの首――咽仏目掛けて突き出す。
 しかし双剣が繰り出され、シグルトは弾き返された。弾かれた槍に引っ張られる形で、フッチの支点が僅かに右に倒れた。
 突き出された双剣が迫るのを目でフッチは奥歯を噛み締める。

(やっぱり強い!!)

 弾き飛ばされた槍を、慣性に逆らってむりやり持ち上げることによって左から繰り出される剣戟を弾き返す。そのまま勢いで右からの剣戟も弾くと、左足を後ろへ思いっきり引き右足を地面に半円を描くようなラインで、すでに後ろへ聞かれていた左足と並ぶ位置まで引いた。
 足を肩幅以上に開き、僅かに腰を下ろすことで体勢を整え、フッチは再びユーバーと距離を開けて向き直る形になる。僅かの攻防に息が上がっていた。

「……」

 フッチの視線が僅かにユーバーから反らされる。当然意識はユーバーに向けられたまま、その視線の先にいるのはブライトだ。竜洞騎士団に所属していた頃、見習いであったとはいえブラックとは戦闘をこなしたこともある。しかし、ブライトとは戦闘に参加したことなどない。
 未来の、しかもこれだけ成長しているブライトであれば、おそらく幾多の戦いも経験してきているだろう。しかし、今そのブライトの隣にいるのフッチには、いったいブライトがどのような戦闘を越えてきたのか、その確証がまったくないのだ。
 それでもフッチは迷わなかった。ブライトが自分の意図を読み取るだろうと確信していた。
 フッチがユーバー目掛けて突進する。後方でブライトが垂直に舞い上がるのを感じた。前方ではユーバーがフッチの攻撃を迎えようと構えを取る。ユーバーの鼻先まで到達し直前、フッチは上体を後方へと引き体を反らせた。
 一瞬の間。ユーバー目掛けて上空から炎が落ちてくる。一瞬の燃え上がりを見せたそれはフッチをも巻き込んですぐに収束した。どうやら目晦まし程度の威力だったようだ。
 咄嗟に炎から顔を庇うために上げていた両腕の隙間からそっと瞳を開き前方を窺ったユーバーは、そこに獲物の姿がないことにはっとする。首を振りあたりを見回して、ふと気配を感じて顔を向けた先にそれはいた。
 彼の頭上。青い空を埋めつくかのように、白い巨体が視界いっぱいに写り、その水色の瞳がユーバーを見下ろす。
 竜は翼を上下に羽ばたき、加速をつけて上へとユーバーとの距離を広げる。翼の起こした風圧から体を庇おうと、ユーバーは反射的に腰を落とし顔を腕で覆っていた。
 風が収まり俯けていた顔を再び上空へ向けたときには、すでに竜は遥か上空。黒点のように小さく捉えられるのみだ。
 ユーバーは歯噛みする。獲物が揃って上空へ逃れたことは違えようもないことだろう。しかし彼の予想は外れた。それが彼にとって良いことであったか否かは別として。

『!』

 ユーバーは面(おもて)を上に向けたままの体制で瞠目する。上空の黒点が急速に大きさを増していた。すなわち上空から加速をつけて落ちてきているのだ。ユーバー目掛けて。
 落下スピードを利用して加速度的な槍による突きの攻撃を繰り出してきたのは当然フッチだ。その姿を目視した瞬間に、ユーバーはほぼ反射によって体を移動させていた。
 大地の崩れる轟音が響き、ユーバーが先ほど待て足をつけていた位置には槍がほぼ垂直に突き刺さっている。そこを中心として、草原は円形状に地肌を覗かせていた。本来ならば養分の豊富な黒い土肌が覗くだろうそれは、しかしひび割れた瓦礫状に乾ききっている。
 ユーバーは咄嗟に避けた位置に体を立たせてて面を上げるのと同時に右手の剣を突き出す。獲物である少年の飴色の瞳と視線が合った。
 ツーバーの突進スピードは尋常ではない。槍は刃先部分まで地面に埋まり突き刺さっており、垂直に立つ槍の刃と柄の境の辺りに足を掛けているフッチの状態では、槍から手を離し身を返しユーバーの攻撃を避けたところで得物までは引き抜けないはずだ。槍と獲物の手が離れたところを連続して攻撃し、ユーバーは少年から得物を取り上げることを狙っていた。しかし。

 ガキンッ!

 刃同士が激しくぶつかり合った高い音が響いた。ユーバーの右からの攻撃はフッチの右手に握られた短剣によって塞がれている。
 思いがけない防御と、振り切れぬ力に思わぬ膠着状態を強いられたが、それはあくまでも一瞬のことに過ぎない。フッチの左手はいまだ体を支えるために槍の柄を握っており、しかしユーバーの左手は双剣の片方が握られて空いているのだから。
 ユーバーが左の剣を翻そうとしたまさにそのときだった。

「ブライトッ!!」
『!』

 フッチが叫び、ユーバーは何事かを感じ取り体を後ろに引こうとしたがすでに遅い。いつの間に迫り着ていたのか。全体像の目視できる位置で、白竜が先ほどとは比較にならぬ劫火を吐き出した。今度のそれは確実に殺意を持っており、しかし竜は躊躇いなく主人である少年ごとユーバーを炎で包み込む。
 さすがにたまらず炎から逃れようと大きく後退し、ようやく炎から抜け出して視界を回復すれば、目の前には十分な間をとって白竜に騎乗した竜騎士の姿。まだ幼さの方が強いその丸い瞳が、鋭くユーバーを見据えていた。
 再び突撃するために二人がタイミングを計り、共に動き出そうとしたそのときだ。

「「!!」」

 二人の間に突然ロッドを掲げた碧を貴重とした衣装の少女が姿を現した。魔術師用と思われるロッドを手にしている点と、突然姿を現すなどというテレポート以外には考えられない芸当を持って現れたことからも、彼女が魔術師であることは疑いようはないことだろう。
 少女はちらりとフッチの姿を目で捉え――、それからすぐに視線を外して、淡々とした語り口調でユーバーへと指示を下した。

『ちっ、セラか。いいところで…』
「…ユーバー。ルック様のご命令です。この場は引きなさい」
『……』
「ユーバー…」
『ちっ』

 セラと呼ばれた少女が声を低くさせたのに、ユーバーは舌打ちをして双剣を仕舞い、帽子を深く被り直すような仕草をして、姿を消した。おそらくこれもテレポートを使ったのだろう。
 少女はそれを見届けると今度はフッチへ視線を寄越すことをせず、無言の内に姿を消した。
 後に残されたフッチはブライトの上からそれらを見送る。肩で息をし、乱れた呼吸をどうにか整えようとしているときに、後方、城のある方からシャロンのフッチの名を呼ぶ声が響き聞こえた。

「フッチ〜!!」
「シャロン…」
「フッチ、無事でよかったよ〜。一人でいきなり飛び出してさ!ボク、とっても心配したんだよ!!」
「あ、うん。ごめん」
「ごめんじゃないよ!!それになんだよ、あの技。ブライトの上からドンって、落ちる奴!あんなの、ボク教えてもらってないよ!見せてもらったこともない!!」
「いや…あれは……」
「ずるいじゃんか!!あんなにすごい技、今までないしょにしておくなんてさ!!」
「えっと、別に僕が内緒にしてたわけじゃないと思うんだけど…(まあ、絶対に教えたりなんてしないだろうけど…)」

 曖昧にごまかしていると、フッチがブライトに連れられてビュッデヒュッケ城に辿り着いたときとよく似た状態に陥った。すなわち、シャロンは友人らしい幾人かの少女や城主や軍主であるという少年らにむりやり宥められるという構図だ。
 さてどうしようかと首を巡らせると、なにやらフッチの方をじっと見つめる青年と目が合った。
 なんだろうかと首を傾げていると、青年の方からフッチの方へと歩み寄ってくる。フッチよりも身長の高いその青年は、二十台半ばほどだろうか。フッチの友人である少年忍者のような黒髪が短く刈られていた。

「無茶苦茶な技だな」

 黒髪黒目の青年はぼそりと云い放った。フッチはそちらへと面を上げ、青年と真正面から相対した。見知らぬ青年は青を基調とした衣装に身を包んでいる。彼も槍使いなのだと、フッチはその雰囲気から感じ取った。
 しばらくじっと、飴色の瞳を丸くして青年を観察した後に、フッチはふっと微笑んだ。晴れやかな、とでも表現されそうな、やわらなかものだった。

「もちろんです。あれは外道みたなものですから。でも、今の僕には誰が味方で頼りになるか分かりませんでしたから。それなら無茶な裏技くらい使わないと、ユーバーは、退けられませんから」

 青年は唖然としたような、驚いたような。漆黒の瞳を瞠目させたから、フッチはにっこりと笑い、「だから、真似しないでくださいね」と告げたのだった。
 フッチは青年に背中を見せて歩き出す。ブライトを労ってやらなければならない。見上げた青空は元の世界と何一つ変わらず、ただただ青いばかりで。白い雲が流れるのも、まるで永遠に続くかのように感じられていた。

(どうせ、未来の僕がアサキ城にいるのなら、頼るのは君だしね。こっちの君も、けっきょく助けてくれるんだろうな〜…)

 アップルの雰囲気から、なんとなく事情は察していた。それでも、彼はけっきょく自分に手を貸しに来てくれるだろうと、妙な確信がフッチの心中にはあった。
 それは、かつて彼がフッチに伝えた言葉のためかもしれない。あるいは、ただ彼の本質が、切ないほどに優しいと、知っているからなのかもしれない。

(ねぇ、この世界で君が何をしようとしているのかは知らないけれど、きっと、この世界の僕は、君のことを忘れてなんかいないよ)

 どのような事態になっていようとも。せめて、彼がたった一人、自分は孤独であるなどとは思っていないことだけを、果てなき雲の流れに願うのだった。













 人目につかないようにどうにか約束の石版にメモを残した。他人になんて興味がないとの態度で、けれど彼はいつだって力を貸してくれるのだ。
 アサキ城の城壁のすぐ外側に広がる小さな森に、フッチは隠れ潜んでいた。外側とはいっても、そのまま東へと歩き続ければ、アサキ城の城内――兵舎横に備え付けられた道場へと辿り着く。もともと廃墟も同然だったこの城は、人数の増加に合わせて整備されていたったが、それでもいまだ森の侵食の名残が残されているとてもいおうか。森の一部が城と地続きになっていた。
 これでは防備の面で穴だらけとも思われがちだが、人外の親友も多いこの城の現城主であればこそ、森にはそのエキスパート――むささび部隊(詳細未確認)や森の狼部隊(隊長はキニスンの相棒シロとの噂)など――が目を光らせている。
 さくりと体重の軽いものが落ち葉を踏む音を聞き分け、フッチは背中を預けていた城壁から体を起こした。そして予想通りの人物の登場に、目元をやわらげて向かい合う。

「……随分とでかくなったもんだね」
「うん」
「……まぁ、ビッキーに頼むよりは、妥当なところだと思うよ。君にしてはね」
「そうかな」
「そうだよ」

 憎まれ口ばかりの魔法使いは、それでも愛用のロッドを振り上げて魔法を発動してくれた。










ああ、ようやく帰ってきたようだね。
うん、ただいま。ありがとう。
何がさ。どうでもいいけど早く帰るよ。
うん。心配かけてごめんね。迷惑も。
別に…たいしたことじゃないんじゃない。

彼の素っ気なさが相変わらずで、そしてフッチは目元を和らげて笑った。











ねぇ、君は決して、孤独なんかにはならないよ。
何に絶望しようとも、それだけは、忘れないでいて。
この世の絶望は、自分の心が招くのだから…。












talk
 やっと書き終わった〜!!(嬉)。丸々二日か掛かりましたよ。マジで!!書いても書いても終わらなくて、一度は前後編に分けようかとすら思いました、でもお題は分けたくなったのでがんばりました。…疲れたよ〜。しかもこんだけだらだらと長く書いて、お題をはずしてます。本当は16歳くらいで竜洞騎士団に復帰できたばかりのフッチ(シャロンともセラとも面識有り。フッチはセラにとって唯一『表情』というものを見せてくれた存在だといい。でもフッチとは滅多に会えないから、無表情師弟(ルック&レックナート)の側にいることもあって、セラには豊かな表情は根付かなかったようですよ。そしてここにまた一人、無表情魔術師が誕生したんです)が未来に跳んできてしまう〜という感じで書こうと思ったのですが、テレポートの理由がビッキー以外に思いつかなかったので…。この話にはいろんなネタが浮かんで迷いましたが、こういう形に収まりました。収まってくれてよかった…本当に(感涙)。いろいろとむりやりすっ飛ばした場面とかばっかりだけど。ぶつ切りだけど!!でも本当はもっと普通にシャロンに槍術指南するだけの話にしたかったのに…。ちなみに未来に飛ばされたフッチは夜中にこっそりやってきた未来ルックに過去に戻してもらいました。本当は、もうちょっとルクフチテイストにしたかったんですけどね〜…。ちなみにユーバーとの戦闘(?)シーン書いてるときが一番楽しくて、さくさく筆が進みました。また書きたいなぁ、戦闘シーン(笑)。ところでミリアさんはT開始時21歳なので、Vでは39歳。シャロンは23歳のときに生まれたのですね。でもその計算だと門の紋章戦争が終了してすぐに妊娠しないと成立しないですよね。下手すると戦争中に…。Uでルシアは22歳?ヒューゴは15歳?2主暗殺に来たとき、ヒューゴは生まれてたんでしょうか。生まれてましたよね。だって…生まれてなかったら私たちは妊婦になんてことを…(爆)。
 なんかいろんなことに挑戦した気のするこの話。ついでにいろんなところに目を瞑っていただけると嬉しいです…。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/11/11・12_ゆうひ。
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