美少年 








「フッチ。これ、持ってなよ」

 それはいつもと何が変わるという日でもなかった。フッチはもうほとんど日課になってしまっている約束の石版の前へと足を運び、特に用がない限りはかならずといっていいほどそこで佇んでいる魔法使いと取りとめもない会話を交わす。
 相変わらずの日常で、そのことだけが本日の『ちょっとした出来事』の発端なのかもしれない。
 何の前触れもなく突然渡された封印球に、フッチは小首を傾げた。

「疾風の紋章?でもルック、僕、紋章術はあんまり得意じゃないから、上位紋章はもったいないよ。普通の下位紋章をつけてるからこれは別の人に装備してもらった方がいいんじゃない?」
「何云ってるのさ。たいして威力が上がらないんだから上位紋章つけておきなって云ってるんだよ。それに、これだと『癒しの風』の使用回数が増えるだろ。君の大切なあの『小さいの』がケガでもしたときに使ってやったら。あいつ、しょっちゅうころころ転がってるみたいだし」
「小さいのじゃなくて、ブライトだよ。いい加減覚えてよ。――でも、そうだね。たしかに癒しの風って使用頻度高いかも。うん、ありがとう、ルック」
「別に」
「二人とも何やってんだよ」

 一通り会話が成立したタイミングの良さで、背後からひょっこりと顔を出したのはサスケだ。ロッカクの里の忍びで、フッチよりも一つだけ年少という年齢の近さもあり、同盟軍の中では比較的親しく付き合っていた。
 サスケがフッチに声を掛けてきた今現在足を置くのが約束の石版のすぐ裏――守護神の像の前面――だったので、歳の分だけ多少サスケよりも背の高いフッチの手元を覗き込むように見ることができていた。

「あ、サスケ」
「よ、フッチ。あれ?それって紋章球か?」

 手すりから上半身を乗り出していたサスケはさすが忍者とでも云うべきなのだろうか。フッチが背後に首をめぐらせて声を掛ける頃には、身軽にそこから二人の前へと飛び降りている。
 フッチの正面に立つ位置に無事に着地したサスケは、片手を上げて軽く挨拶をした。どんなときでもまずは挨拶を忘れないあたり、なんだかんだといって彼の礼儀正しさが窺えるだろう。
 フッチはサスケの疑問に答えた。

「うん。ルックからもらったんだ。僕、紋章術はあんまり得意じゃないけど、風の紋章だけは他のよりも相性がいいみたいだから」
「ふ〜ん。俺も紋章術って苦手だけどよ。特に水の紋章なんて宿すのも無理だって、ジーンさんに云われたし」
「そうなんだ。そういえばカスミさんも水系の魔法が苦手だって云ってたかも。もしかしてロッカクの里の人って水魔法が苦手?」
「そんなこともないと思うけど…あ、でもモンドも水の紋章は宿せないみたいなこと云われてたな」

 この世界において紋章を宿しての戦闘は極一般的で、それほど特別なことではない。それでもやはり誰もが簡単に利用できるというほど手軽なものでもなく、その使用にはそれなりの鍛錬はもちろんだが、何よりも紋章の属性との相性がものをいった。
 五行の紋章は比較的扱いやすいとされているが、それでももともと魔法が苦手な人間には宿せないし、サスケらのように特定の属性とのみ極端に相性の悪いものもいる。
 そういう意味でいえば、意外なところで忍者の共通点が見つかったものである。もちろんただの偶然だろう。
 だからフッチは特に追求する気も起きなかったようだ。ただの事実として受け止めるだけで十分な事項だと判断したのだろう。
 一つ頷くことでその話題は終わらせ、それに関連して思い出されたあやふやな情報を確認した。僅かに小首を傾げる仕草はサスケもフッチもそうたいして変わるものではない。

「そうなんだ。でも、他は僕よりも相性いいんじゃなかったっけ。今は雷の紋章を宿してるんだっけ」
「おう。ホノカの奴もそうだけど、普段は魔法攻撃よりも直接攻撃中心だろ。だから相性とバランス考えてたときに、ちょうど雷の紋章宿す人間がいないからってさ」
「あれ?シーナは?」
「たしか火が得意で水が普通で…あとは苦手だとか云ってたぜ。だからその二つ」
「……(あれ?そうだっけ)」

 かつてシーナが雷の紋章を固定化させていた記憶があることに、フッチは頭をひねった。気のせいだったのだろうか。
 思いがけずしばらく考え込んでしまったらしい。
 黙したフッチにサスケが不思議そうに声を掛け、フッチは慌てて首を横に振った。

「どうしたんだ、フッチ」
「あ、ううん。なんでもない」
「そうか?でもさ、紋章っていえば、ナナミねえちゃんだろ。爆発率の可能性が高いから、絶対に風と雷は宿させないって、ホノカ云ってたじゃん」
「あはは。そうそう。ナナミさん、すっごい怒ってたよね。けっきょく破魔の紋章と闇の紋章がレアだからって云って説得したんだっけ」
「そうそう。破魔の紋章はホノカと一緒だからってな。そういえば爆発率が高いのってビッキーのねえちゃんとか除くと動物が多いよな。フッチのブライトはどうなんだ?竜って紋章宿せるのか?」
「ブライト?どうかな。まだ小さいからわからないけど…竜は基本的に、炎――火とか風と相性がいいよ」
「ふ〜ん。そうなのか」

 納得の言葉を口にしながらも、まだ不思議そうな様子のサスケにフッチがさらに言葉を継ごうと口を開きかけたときだった。



「切り裂き」



「え?」
「へ?」

 横顔に緑の淡い光が当たったと視覚したのと同時。サスケとフッチは悲鳴を上げて風の魔法の餌食となっていた。
 昼間のアサキ城のホールには人が多い。もちろんそれら無関係の人々も巻き添えだ。受けたダメージはフッチとサスケの比ではないが、軽い擦り傷を負ったもの多数。髪型の崩れは天災だとでも思って諦めるしかないだろう。
 暫し呆然とした後、まず我に返ったのはサスケの方だった。
 こんなことをする人間もできる人間も、この場には一人しない。掴みかからんばかりの勢いで怒鳴りつけるサスケに、しかし怒鳴りつけられた人間は悪びれもせずにそっぽを向いていた。

「おい、こら、ルック!てめぇ、いきなり何しやがるんだよ!! だいたい詠唱がまったく聞こえない上に、術名よりも魔法の発動の方が早いって反則じゃなねぇか!!」
「ふん。僕はそんなの知らないよ」
「な、なんだと〜!!」

 サスケの怒りポイントは微妙にズレたものであったが、もともとまともに向き合う気のないルックにとってはどちらも同じだったのだろう。ある意味これもいつもの態度であるのだが、やはり反省の色のないルックの態度にサスケは怒りに拳を振るわせる。
 普段であればここで三人組の残りの一人、フッチが仲裁に入るところであるが、生憎と今回はいろいろと例外ごとが生じているらしい。火花を散らすルックとサスケ――二人の間に割って入ったところまでは常と変わらぬところであったが、今回のそれは仲裁の言葉によるものではなかった。すなわち、ルックへの非難の言葉だ。

「ルック。今のは僕もルックが悪いと思う。みんなにも迷惑をかけたし、ちゃんと謝るべきだよ」
「そうだぜ!俺やフッチはまだ戦闘要員だからこの程度ですんだけどよ。他の一般人が同じように攻撃食らってたら、最悪重症になってたかもしれないんだからな!」
「サスケの云う通りだよ。ルック」

 どこか困ったようにも見えるフッチの睨み据える視線をちらりと横目にして、ルックはすぐに視線をそらしてしまった。そのとき僅かにルックの眉間に皺がよったのを、フッチもサスケも気がついただろうか。
 けっきょくルックは謝罪の言葉は口にせず、代わりにフッチの手の中の封印球を指して云った。

「そんなヘマはしないよ。それよりもフッチ。君、さっさとその封印球宿してきたら。どうせ君程度の魔力じゃ、いきなり実践なんて無理なんだから。ちょうどいいじゃないか。そこの五月蝿い忍者にでも『癒しの風』を試してみればいいのさ」

 そしてさっさとその場を去っていく。
 身勝手なばかりのその態度にサスケは足を踏み鳴らして怒りを顕にし、フッチは遠ざかる後姿を見送ってから一つため息をつくのだった。
 いったい何が気に入らないのか。ルックは時に突然魔法を発動してフッチたちに攻撃を浴びせかけることがある。
 もちろん威力は抑えられているが――当たり前だ。本気で攻撃されていたら即死とまではいかずとも、立ち上がることはおろか口を利くことなどできないだろう――それでもその威力はふざけてといって収めるには殺傷能力伴いすぎている。
 意味の分からぬ理不尽な攻撃に、基本的に攻撃的な戦士気質のフッチとサスケが気分を悪くさせても仕方のないことだった。

「ったく、いつもいつも、いったいなんだってんだよ」

 フッチはもう一度大きく息をついた。いまだ隣で文句を呟いているサスケを誘い、フッチはその場を後にする。
 とりあえず、せっかくもらった――それが気まぐれな好意だとしても――貴重の封印球があるのだ。ルックが最後に言い残した言葉に従うのもいいだろうと思い、魅惑的な微笑が特徴の紋章師――ジーンの開く店へと、二人は足を向ける。
 すでに姿の見えなくなった才能溢れる少年魔法使いが、己の口下手さに内心で悪態をついているなどとは、当然、二人には知る由もないことだった。





 その夜。軍主は戦闘の夢を見た。
 不思議なことに、そこに登場したのは普段から頼りにしてばかりいる某戦争での英雄ではなく、年齢が近いこともあってか、比較的仲の良い三人の少年たちだった。
 本人たちにしてみれば不本意なことかもしれないが、アサキ城内でのこの三人はセットとして認識されている向きが強かったりする。それぞれ異なる魅力を持つ少年たちに憧れる少女たちが多いことも、おそらく本人たちは気がついていないのだろう。
 しかしそんなことは今はどうでもいい。夢の内容はこうだった。
 敵の大軍の中に二人が突っ込んで行き攻撃を仕掛けたと思ったら、魔力は絶大が性格が少々ひねくれているともっぱらの評判の残りの一人が仲間の二人ごと敵に向けて魔法を放ったのだ。大量の敵は一度の攻撃で見事全滅。しかし変わりに仲間二人も負傷を負った。
 戦闘終了後に二人が負っていた傷は当然、敵によるものではない。味方の魔法使いの実力の賜物だった。
 軍主は目覚めて、早朝に鳴く鳥の囀りをカーテンを通して透ける光の中でぼんやりと考えた。
 その日の午後。
 『美少年攻撃』と命名された協力攻撃が新たに誕生することを、当の三人組みの少年たちはいまだ知る由もない。









talk
 ネタが何も思い浮かばなくて困りました。美少年攻撃組は大好きなのですが、ああいう元気な様子を書くのってすっごい苦手なのです。フッチとサスケは仲のいいお友達(むしろ同年代の親友)だといいと思います。
 ちなみにうちの美少年攻撃はたいてい一撃で敵を一掃してくれるので、険悪に陥る場面がありませんでした(笑)。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2005/11/20・22_ゆうひ。
back