イメージカラー
それはただの偏見? 違うよ。 それは、その人の持つ空気。 心の色なんだ。 |
グラスランドでの旅から戻り、僕は『新たな儀式』で黄金の竜を手に入れた。 みんながその竜を見て、僕にぴったりだって笑う。 僕もそうだと思う。 思えば、騎竜の鱗の色は竜騎士のイメージカラーのようだ。 面白いことに、それまでのイメージカラーを裏切ったりもしない。例えば髪の色とか瞳の色とか。その人の好む色だとか。なんとなく、その人のイメージカラーって決まってる。 鎧兜ってそんなに数があるわけじゃないし、そもそも武器と同じで自分が使いやすいものをずっと使い続ける傾向があるから――まあ、僕みたいな育ち盛りの将来超有望な女の子は、どんどん装備とかも新しくなっていくもんなんだけどね――その装備の主な色がイメージカラーに定着しちゃうって事もある。 有名な騎士や傭兵にはよくあることなんだ。 ところで僕には黄金竜だけど、僕のお母さんは真紅色のスラッシュが相棒。 僕はお母さんと同じ。金の髪に柘榴色の瞳だけど、それでも僕は赤じゃなくて『黄金』のイメージなんだって。 なんでかって聞けば、みんなして口を揃えるんだ。 『だって、太陽のように明るくて元気爛漫だ』 なんかちょっと馬鹿にされてない? 絶対に子ども扱いしてるよね! 乙女に――それ以前に、一人前の『竜騎士』に向かってちょっと失礼だよね。 それに比べてお母さんのイメージカラーは『赤』と『金』なんだよ。 同じ『金』なのに、理由は全然違うんだ。 なんか『高貴』なイメージなんだってさ。ただの金じゃなくて赤とセットされてるところが味噌なんだってさ。でも僕はそんなことは関係なくて、絶対にお母さんの髪の色と騎竜のスラッシュが影響してるんだと思う。間違いないよ。 だって僕とお母さんは親子だもん。そっくりなんだから。 そんな感じで、人にはそれぞれイメージカラーってなんとなく定着してたりする。竜騎士のイメージカラーは概ね騎竜の鱗の色に影響される。 だけど、ここに一人。異質な例外が存在してる。 それがフッチ。 フッチは僕の後輩だよ。 そういうとみんなが呆れたように笑う。お母さんは怒って、当の本人のフッチはといえば、あっけらかんと笑って済ませるんだ。 ……まあ、確かにフッチの方が僕より階級も年齢も上だけどさ。でも、フッチが竜洞に来る前から、僕は竜洞で竜騎士(見習いだけど)だったんだから、僕の方が先輩だよ。 そういうと、訳知り顔の人は云うんだ。フッチは僕が生まれる前に竜洞にいて、一度追放されたんだよって。 僕はこの話をお母さん以外から聞くのはあまり好きじゃない。だって、そういうことをいうときのみんなは、いつもよりもちょっと卑屈で皮肉に見える。 なんだか苦虫を噛み潰したような。 僕は竜が大好きだ。早く一人前の竜騎士になって、大空を勇ましく翔け抜けるんだ。 フッチも竜が大好きで、竜はみんなフッチが好きみたい。 小さい頃。フッチが竜洞にやってきてすぐの頃のことだよ。フッチが竜洞の竜の寝所に向かって行くのを見て、僕は後をつけたんだ。 だって、竜の寝所は竜が一番無防備になるところだから、竜洞騎士団の人間だって簡単に入ることが許されないんだ。何よりもまず竜たちが許さない。これは人間と竜との約束なんだ。 でもフッチはそこに入っていく。 僕はもしかしたらフッチがスパイか何かだと疑って、監視も兼ねて後をつけたんだ。だって、フッチがつれている竜は真っ白で、僕は生まれる前から竜洞にいるけれど、そんな竜は見たことがない。 フッチが竜の寝所に入って、竜たちが怒ってしまったらたいへんだと思って見張ってた。でもいつまで経っても竜の方向なんて聞こえて気やなしない。 どうなってるのかとそっと中を覗いたら、竜たちがみんな目を覚ましてフッチを取り囲んでいた。 フッチは笑ってた。嬉しそうに。 竜たちの瞳はどれも穏やかで、フッチは穏やかな表情で『ただいま』と挨拶し、それからブライトを見せて新しい仲間だから仲良くしてやって欲しいと告げていた。 お母さんの騎竜のスラッシュが懐かしそうに。優しくフッチに額を摺り寄せた。 それは懐かしさに溢れているように見え、なぜか遠く離れていた子供の無事を喜ぶ母親の仕草のようにも見えた。 僕はその様子に魅入られていた。 すると振り向いたフッチと目が合い、僕はそこで漸く我に返り慌てた。だって、本当は僕だって、ここに無闇に入ることは許されていない。お母さんにばれたらきっと拳骨だ。 どうしようかとわてわてしていると、フッチが優しく微笑った。 なぜかそれはとても安心できるもので、僕の慌てていた心はすっかり落ち着きを取り戻した。 『やあ、シャロン。君も来たのかい』 話しかけてきたフッチに、スラッシュが話しかけるように小さく鳴いた。 フッチがスラッシュへ面(おもて)を向け、それから少し小首を傾げ――。小さく噴出すように微笑うと、僕のところへまっすぐに歩いてきたんだ。その後ろにはスラッシュも続き、他の竜たちの視線は全部その様子を追っていた。 『やあ、ここに来ると、ミリアさんに怒られるんだってね』 『う、な、なんでそれを!!』 『スラッシュがね。いつもここに潜り込もうとする君に、ミリアさんがいつも手を焼いているって』 くすくすと可笑しそうに微笑うフッチに、僕はまったく驚いていた。 だって、こんな風に『竜と話す』なんて聞いたこともない! 気持ちを通じ合わせたって、具体的な会話を交わせるものじゃないのが竜と人間なんだ。僕はずっとそう教わってきたし、実際、僕には竜と、人と会話を交わすようには意思の疎通を図れない。 僕のお母さんだって、それは不可能だ。 竜は人の言葉を理解して応えを返し、僕たちはそれを正しく受け取るけれど、その程度なんだ。 『フッチは竜の言葉がわかるの?!』 驚いて聞く僕に、フッチは一瞬だけきょとんとしから、ほんの少しだけ瞳を揺らした。 今になっても、僕はそのときのフッチの心に過ぎったものの名を知ることはない。でもあの頃に比べれば、ほんの少しだけ、それがどういったものであったかを想像することが出来る。 今も、フッチはそうして竜たちと話すけれど、他のみんなはそんなフッチを軽蔑した目で見るから。 一度云われたことがある。 『フッチなんかの側についていたら、君もいずれ竜を失うことになるぞ』 僕はそういうときの竜騎士の仲間が大嫌いだ。上手く言葉に出来ないけれど、とても嫌だ。 そして、なぜだかとても悲しくなる。 けれどそのときはそんなことは知りもしなかった。 驚き、羨む僕に、フッチはちょっとだけ困ったように笑って云った。 『本当は、誰だってわかるんだよ。ただ、そんなことはできるはずがないと思ってるだけなんだ』 僕はそれを信じてて、ほんのちょっとだけそれが嘘だと気づいている。 僕は竜が大好きで、だけどやっぱりフッチのようには竜と話すことが出来ない。そうやって訴えると、フッチは呆れながら、それは僕が我侭なせいだっていうけれど――ちなみにそういう時は決まってため息をつく。そのため息がむかつくったらない――そうじゃないってちゃんと分かってる。 っていうか、そもそも僕はちっとも我侭なんかじゃないよ。絶対にね! 今回のグラスランドでの戦争で、僕は今まででは比べ物にならないほど個性的な人に一度に大勢出会った。そして分かったんだ。 ほんのちょっとだけ特殊な人ってたしかに存在してて、時々、そういう人は自分と他が違うってことに気がつかない。気がついてても他の人はやろうと思わないから出来ないんだと思ってる。 農作物と話したり、虫と話したり、大地の声を聞いたり、馬と会話を交わす人。本当に世界は広いや。 それで、僕にはやっぱり――これはすごく残念で、実は今でもちょこっとだけ疑っているだけだけなんだけど――竜の言葉は分からないんじゃないかって思ったんだ。 ところでそこでも僕のイメージカラーはやっぱり『黄金(っていうか黄色)』らしい。それじゃあフッチはどうなんだよって聞き返したら、なぜかみんな返す答えがばらばらだった。 やっぱり騎竜のブライトの影響か。白だと答える人。 フッチは黒を基調とした装備を身に着けているから、そう答える人。 髪と瞳の色が茶色だから、大地の色だって答える人もいた。 フッチの昔のことを知ってる人は、なぜか『緑』だと答える。確かにフッチは今も昔も緑のハンカチを愛用してる。でも、それも装備を外して寛いでいるときは別だ。 どうして緑かと聞くと、そう応えた誰もがほんのちょっとだけ悲しげに瞳を伏せて答えを濁す。 竜洞のみんなに聞いたら、やっぱりビュッデヒュッケ城で聞いたような色が答えで出てきたけど、理由はちょっと違っていた。 黒はフッチの最初の騎竜の色なんだって。でも影でこそこそしてるからだって笑って云う奴もいた。僕はそいつの脛を蹴ってやった。きっと後できっとお母さんから怒られる。 大地も緑の色も農民出身だからだって。白はブライトの色。ところで竜洞には今もブライトのことを『竜もどき』なんて呼ぶ奴がいる。僕はそいつらにはシグルトの威力を味合わせてやることにしている。もちろん本気じゃないよ。でも、僕の大好きな『竜』を馬鹿にする奴なんて許せないし、何でそんな奴が竜騎士なのかが、すっごい不思議。 まあ、人の印象が違うってことは、フッチの印象が薄いってことだよ。なんて悔し紛れに結論出してみたんだけど…。 それが違うことくらい知ってる。 だって、それでもフッチの名前を、姿を記憶していない人はいないから。 そうしてほんの少しだけ気に掛かること。 それは、あの風の魔法使い『ルック』のこと。 フッチは何も云わない。お母さんに聞いても何も教えてくれない。 だけどきっと。 きっと……。 それが、フッチの周囲を常に取り巻く朝靄の如き何かの、正体なんだ。 |
農民だった彼の髪と瞳は大地。好んで纏うその衣服は風と草木の緑。 どこか影に付き纏われる彼の初めての騎竜は黒竜。 異色の竜騎士である今の彼の騎竜は稀有なる白竜。 どこか淡く切ない彼の微笑は、まるで灰色の陽光のよう。 掴まえることのできない風に誘われ、惹かれているのに。 風に縛られるにはあまりにも竜に魅せられたあなたは、まるで雲のように流されきれずにいた。 |
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これを書く前にハリポタの弟犬小説を二本ほど書き上げました。今はハリポタの犬受(鹿犬、弟犬、百合犬)が私的に超ブームなのです。文字通り、寝ても覚めてもそればかり。読みたい人はご一報を(笑)。 それにしても。私はいつもいつも題についてダイレクトに文章に起きすぎる気がします。もう少しオブラートに包んでお題と作品を融合させたいものです。……いや、初めはそんなつもりでこの題も消化するつもりだったんですけど、な〜んかありきたりで書こう!という決め手に欠けたのです。そんな中でぱっと出てきたシャロン視点。シャロン書いたことなかったことも手伝って、このお題はそれに決定。それにしてもいろいろ失敗しましたが(苦笑)。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/07/22_ゆうひ。 |
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