ありがとう
別に、何が欲しかったとか、そこに明確な姿があったわけではないけれど。 ほんの少しだけ。 そこに好意のような。それに似た何かを期待していたことは。 間違いなかったんだと思う。 だから。 この結果はひどく皮肉的に、とてもお笑い種に。 愉快なほど見事に、的に嵌っていた。 |
感情の一切見えないしゃべり。そんなのはこそ僕の専売特許だよ。君には全然似合わない。 初めてあの塔にやって来たときの、感情丸出しのお子様みたいなしゃべり方が、君にはお似合いだよ。 ねぇ、まったく。そんなのいったいどこで覚えたのさ。 初めて出会ったとき。この小さな子供は、その姿とは真逆の相棒を常に隣に置いていた。 君の纏う風は自由で誇り高い異世界の風だ。 空と緑の広がる、自由の風。 ころころと変わるの表情。剥き出しの感情。一生懸命なばかりの姿。 思えば一目惚れ。 ああ、まったく。 そんなの、できれば死んでも自覚したくなかったよ。 「あの黒い竜。君を庇って死んだんだって?」 それは禁句だ。分別のない人間の掛ける台詞だ。 でもそれでいい。それで、この小さなお子様が憤怒の勢いに突っかかってきたら、それこそ大成功だ。 でも子供は彼に背を向けたまま黙して山の彼方。その空の向こうへ視線をやったまま。 「君、竜騎士の資格を剥奪されたんだってね」 「……」 「竜洞も追放されて、行く当てがないそうじゃないか」 「……」 「君にしたら、ここにいることができるんだ。戦争なんて終わらないほうがいいんじゃない?」 「……」 「……」 「……」 「……もし、この戦争が終わって」 彼は言葉を続けた。 「もし戦争が終わって、君に行く当てがないんだったら、魔術師の塔に来ればいいよ」 彼のその声はどうにか平静を保っていた。それはあくまでも冷たくて、単調で。いつもの彼と何一つ変わらない。 しかしその鼓動は早鐘(はやがね)の如く。 激しく脈打ち、痛みさえ齎していた。 それでも彼は言葉を紡ぐ。密かに口の中はひどく乾いていた。 「あそこには何もないからね。僕にもレックナート様にも、時間だけは有り余るほどあるし。君が一生を絶望に泣き暮らしても、まったく困らないしね」 「……」 「……」 「……ありがとう」 初めて少年が口を開いた。相変わらず彼に向けられているのはその小さな背中であった。 子供は相変わらず山の先。空の彼方へその面(おもて)を向け。いったい、その視線はどこを見据えているのか。 夕暮れに染まり始めた赤むらさきの空。鮮やかな薄紅色の雲。 それは、かつての少年の相棒の、羽の色だった。 「……」 「……」 そして少年は淡々と。虚ろな言葉を吐き出した。 「……でも、今はその親切さえ、疎ましくて憎いんだ」 |
その言葉に、彼は確かに気落ちしていた。それを自覚していた。 子供はそんなこと知りもしない。 魔術師の少年は胸中で嘲笑った。 罪に対して、罰はなんと皮肉なまでに投げつけられることだろう。 偽善に対し、感謝という罰が与えられるなんて。 まったく。 思いもしなかったのだから。 |
それは、偽善への痛烈な罰 |
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ルクフチです。まだまだルック→フッチです。片思いです。一方通行です。ルックがどうしようもなく馬鹿です。 どうしてこう…。温かなお題でこんなにも微妙な辛気臭い話が浮かぶんでしょうね。個人的に気に入ってはいますが、このお題に求められているものはもっと別のものだとはひしひしと感じられてなんとなく心苦しいです(苦笑)。 今回は雰囲気重視でいきました。いつもそうですが…。なので空白が多いですが笑って許してください(謝)。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/07/24・29_ゆうひ。 |
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