約束
『楽しみにしててよ!! 必ず、必ず、竜騎士になってもどってくるよ!!!』 |
頭上に広がる蒼穹。フッチは体を解すために腕を突き上げて伸びをした。 竜洞に戻ることを許されて二年。今年で十六になる彼は、昨年、第九階位である竜騎士見習いから第八階位である従騎士へと階位を上げたばかりだった。 竜騎士には竜騎士の家系の者がなることがほとんどで、竜騎士の家系の子供は一定以上の年齢になると皆、騎士見習いとして竜洞騎士団の一因となる。そこで孵化の儀式等によって竜を手に入れ、その竜が騎乗できるほどの年齢になることで見習いから従騎士へなることが許される。 しかしフッチの場合は農民出身であり、そういった場合は竜を得て漸く騎士見習いとして竜洞騎士団員となることを許され、騎竜しても尚、従騎士とされることはない。文字の読み書きや、騎士としての掟や知識を学ばなければならないこともその理由にあるが、それだけではないのは実態だ。ましてフッチが竜を得たのは幼く、そういった学問は竜騎士の家系の子供がそれを始めるのと遜色ない年齢で騎士団入りしている。それでも彼が竜騎士の家系のものであればとっくに従騎士にされていた年齢に達しても尚、彼は見習いであり続けた。 彼と同年齢で、彼よりも後に竜を得たもので、彼よりもずっと先に従騎士になったものは数多い。 だからこそ、というのも理由の一つではあった。 その頃のフッチは、早く一人前になりたくて仕方がなかったのだ。そうでなければ、自分を選んでくれたブラックまでもが蔑まれる。 事実、ミリアのスラッシュとブラックを除くすべての竜が紀病によって深い眠りに落ちったあの病気で、ブラックがそれにかからずに済んだのは、竜としてはできそこないだからだと揶揄する者がいたのを、フッチは知っている。はっきりとそれを耳にしたときの、そしてそれに対して反論できずに、ただ黙して黙ることしかできなかった自分への悔しさは、今も忘れることができない。 スラッシュには、『流石はミリア副団長の騎竜だ』と掛けられる称賛であるのに、ブラックに与えられるのは侮蔑なのだ。それもすべて彼のパートナーのフッチの為に! だから、黒竜蘭を取ってきて認めてもらいというのもあった。もちろん彼は「竜」という存在そのものに魅せられていたから、他の竜が眠ったままであるという状況を打破したいという気持ちも本物だったけれど。それはもちろん強くあったけれど。 それでもその根底には、ブラックを馬鹿にした奴らを見返したい。そいつらにブラックを認めさせたいという思いが一番似合ったことは否めないから――。 ブラックは、きっと、そんなことは気にも留めないのだろうに。 結局、フッチはそのことによって掛け替えのない己の竜と、竜騎士の資格を失った。 誰もがフッチが再びこの地に戻ることはないだろうと思っていた。フッチ自身でさえ、それを望んではいなかった。 けれど大多数の予想を裏切って、彼は戻ってきた。 稀有なる白色の――。そして胸に抱いけるほどに小さな竜を新たなパートナーとして。 それが二年前。彼が十五になる少し前の年のことだった。それから一年を経て、漸く従騎士へと認められたのである。 それにしたって、ほとんど団長であるヨシュアと副団長であるミリアがごり押しした結果のようなものなのだ。フッチの騎竜であるブライトはもう三歳にもなるが、他の竜の生まれたての大きさにも満たないほどに小さいため、竜騎士の中ではそれが竜であるかどうかが疑わしいという声が未だ消えない。そもそも、フッチが連れて帰ったブライトに、それが竜であると認めることなどできるはずもないという声は実に多く、それからしてヨシュアがそれは間違いなく竜であると認めることで、周囲の声を黙らせたという経緯があるくらいだ。騎士資格を剥奪されたものが、しかもまだ飛翔して戦場に出ることも難しい状況で従騎士に階位を上げるなどと――。 反発は強く、しかしフッチはそんなことには慣れていた。 もう二度と、それに反発して、安易に猛るわけにはいかないのだし、そんな反発の声があったところで、ブライトが彼にとって掛け替えのない竜であることにはなんの変りもない。ブライトがいる。空が飛べる。竜騎士である。その事実があれば充分ではないかと、今の彼は思うのだ。 味方ならいる。何より、彼こそが白い竜の味方であり続けるのだから。 もう二度と、一人にはならないだろう。――否、彼には黒い竜も相変わらずその心にあり、一人になったことなど、本当はなかったに違いないのだ。 そう云えば。 フッチは青い空を視界いっぱいに収めながら思い出す。 紺碧の空が広がる、それは戦場でのことだった。ブライトと共に身を寄せたその軍は、まさに青空のよく広がるイメージをもって彼の胸の中にある。 のんびりとした、田畑のような本拠地だったと思う。ブラックを失って参加した戦争でのそれらは、本拠地の場所的なものもあったが、開放的というイメージはどうしてもぴたりと当て嵌まらない。 それはフッチ自身の気持ちが沈んでいたかもしれない。誰かと話したり笑ったりするなど、とてもする気にはなれなかった。 あの頃から、愛想の無い若いが最高の魔術師には気を遣わせてばかりだったのだろうなと、今ならば思える。 ブライトとの出会いを話して聞かせたら、彼はいつも不機嫌になった。自分にとってとても楽しいことを話すと、彼はいつも不機嫌になるような記憶さえある。 何がそんなに気に入らないのかと尋ねても、別に、としか返さずにそっぽを向いてしまう。眉を顰めて首を傾げるばかりのフッチと彼のその様子を見て、一緒にいたサスケは笑って云った。 『なんだよ、ルック。おまえ、そのカイトとかいう奴に嫉妬してるんだろ』 フッチは驚いて目を丸くし、思わずルックの顔へ視線を向ける。そこには今にも切り裂きの魔法を発動し掛けないルック。 結局、フッチの驚きはすぐに霧散して、今度は魔力を放ち始めた彼に驚いて、それを止めるために慌てる破目になる。 騒がしくて、けれど思い出せばとても楽しい記憶に、フッチは口元を綻ばせた。 そうだ。 思い出してから、フッチは思いついた一つの名案を実行することを、その次の瞬間には決定していた。 そうだ。ケントに会いに行く前に、あの塔に寄っていこう。 ブラックと訪れた、あの、蒼い塔に。 窓から彼を覗き込んで、びっくりさせてやるんだ。今度こそ、ブライトのことを『竜もどき』だなんて呼ばせないぞ。 彼に一番に会いに行ってやろう。ブライトに乗って。空を翔けて。 けれど乗せてなんてやらない。一番にブライトに乗せてあげると約束した友人は、彼ではないから。ちょっとした意趣返し。これくらい許されてもいいと思うから。 彼はきっとあのいつものふてぶてしい表情で、別に興味などないとそっぽを向くのに決まっている。そして、そのやり取りさえ、楽しいに違いない。心から笑えるに違いない。 カイトを乗せて、大空を翔けて。 その次には、サスケに会いに行こう。それから彼を乗せて彼に会いに行くんだ。だって、サスケはブライトのことを、『竜もどき』だなんて呼ばなかったからねって。 きっと、そんなことで反省なんてしてくれるはずもないけれど。 ――ああ、こんなにも、未来は広がっている。希望に満ちている。 フッチはもう一度、空に両腕を突き出して思いきり体を伸ばした。 それだけで、なんだか気分が一新した気がする。 すがすがしい気持ちで空を仰げば、そこにはやはり完璧な蒼穹が広がり、白い雲も陽光も、眩しく輝いていた。 |
『もう一度……。そうだね……。もし…新しい竜がぼくのものになったら…。ケントを一番にのせてあげるよ。あの山をこえてさ、ヒューーってケントの家の前に竜でむかえにくるよ。――約束だ。だから、これはケントが持っていてよ。約束の証にね、いいだろケント』 あの日。闇の中を歩いてた僕に、光が齎されたあの日。 光を齎してくれた友に、僕は約束した。 ねえ、ケント。僕は、竜騎士に戻ったよ。君との約束の通りに。 きっとすぐに、君とのもう一つの約束も守れるはずだ。 あの時、君と僕の目の前で誕生したブライトは。あんなに小さかったブライトは、今ではもうこんなに大きくなったんだよ。まだ短い距離だけど、僕と一緒に空だって飛べる。 だから、すぐに約束を果たしに行けると思う。 あの山を越えて、君の家の前にブライトに乗って迎え胃に行くよ。君を乗せて、空を飛んで。そして、君に見せてあげる。僕とブラックが見たあの空を。僕が、これからブライトと共に翔けて行く、この空を。 ――――約束だ。 |
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放置し過ぎていて申し訳ないです。当初ルクフチで書いていたのですが、すっかり忘れた結果がこのお話です。 本当はもっと早く上げるつもりだったのですが、話は書き上がっているのに上げる暇が取れないというわけの分らぬ忙しい週でして。まあ、こんな感じでお題攻略をもうちょっとペースアップしたいと考えておりますのでどうかよろしくお願いします。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2007/04/07-14_ゆうひ。 |
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