あなたをあらわす言葉、あなたが抱く花 

 
 
バカ。
頓馬。
ドベ。
ウスラトンカチ。
ガキ。
騒がしい。
うるさい。
いくつもの言葉を思い浮かべてみるけれど、どうもしっくり来ない。
どれもこれも確かにぴったりな言葉のはずなのに、どうも自分の気持ちとうまく噛合わないようなそんな感じ。
―――あいつを現す言葉は、他に何があっただろう?
 
 太陽が眩しかった。
 俺は空を見上げ目を細める。
 最近頭を離れないことがある…と、いうよりも気になってしょうがない奴がいるといった方が適切なのかもしれない。もっとも、何故気になるのかなどわかりもしないしむしろ気になることは何よりも不服だったりする。
「ったく、なんであいつのことなんか…」
 俺は小さく毒づいた。
 それはどうすることもできない自分の感情へのイラツキを外に吐き出すための手段に他ならなかった。
 焼き付けるようにジリジリと照らす太陽の陽光が俺のイラツキを更に増長させるため、その行為は大して意味の無いものではあったが、無意識のように勝手に口から出て来てしまったのだから仕方ない。
 汗ばむ額をそのままに、それでも太陽が嫌いになれない自分に苦笑する。
 と。
「ナルト…?」
 意外な姿を見つけて思わず声を上げる。
「サスケ?!」
 その声を耳ざとく聞きつけたそいつが俺を見つけて声を上げた。
―――うるさい。
 そいつの名前は、うずまきナルト。
 今現在俺のイラツキの原因ナンバーワンの存在だった。
「どうしたんだ、こんなところで?」
 俺は駆け寄ってきたナルトに尋ねた。
 はっきり言って、ナルトがここにいることはあまりにもらしくないと思ったからだ。普段の奴からは想像も出来ないような似つかわしくない場所。そんな気がした。
 どこにいようと本人の勝手だし、そこでこいつが何をしているかなんてそれこそ本人の勝手で、余計なお世話だというのはわかりきっていたし、俺自身自分のことをいちいち詮索されるのは好きな方ではなかったからそう言う気持ちは十分よくわかる。
 普段は誰が何をしているかなんて興味を持つどころか気にもしないのに、今回ばかりは訊かずにはいられなかった。
 こいつが居た場所。それは…。
「なんだってばよ。俺が花屋にいるのがそんなにおかしいことかってばよ」
 花屋だった。
 ナルトは心外だとでも言うかのように、幾分声に怒りを含ませていたが、まったく気にならなかった…というか、迫力が無さ過ぎるんだ、こいつは。怒っているといよりは拗ねているようにしか見えない―――実際そうなのかもしれなかったが。
「おかしいな。はっきり言ってまったく似合わないぞ」
 俺がいつもの態度で言うと、
「余計なお世話だってばよ!」
 いつも通りの変わった―――もとい、独特の言葉遣いで返してきた。
 何故か顔が綻びそうになる。
 それを抑えつつ、俺は再び尋ねた。
「で?結局何をしてたんだ?」
 俺の声に、それまでそっぽを向いていたナルトが、ちらりとこちらを見るように片目を薄く開ける。いぶかしむようなその表情は、俺が奴の言葉に何一つこたえていないいうことに悔しがっているのだろう。
 いつものことだからどうしたってわかってしまう。
―――ガキ。
 まかりなりしも忍者である俺達が、こうも簡単に自分の状態を相手に露わにしていいと思っているのか。まったく。これだからドベだって言うんだ。
 俺は胸中で呟き小さく溜息を付いた。
(これじゃぁ誰にだってわかっちまうじゃないか…)
 言ってから考える。
 何がわかってしまうんだ?
 しかし、その考えは思考をめぐらす前に霧散してしまう。
 ナルトが声を発したのだ。
「―――花屋でやることっていったら、一つしかないじゃんかよ。花を買ってたに決まってんだってば」
 ふてくされたような声と表情。その頬は幾分照れたように紅く色づいている。
 まったく、ころころと良く表情の変わる奴だ。―――まぁ、そこが良いところなんだが…って、さっきと言ってることが違うぞ、自分!
 俺は自分の考えに自分で突っ込みを入れる。
 はっきり言ってらしくない…。
 そんな自分を誤魔化すように、俺は更にナルトに質問した。
「花?お前が?いったい何を?どうして」
「それは―――」
「お客さん、お待たせして申し訳ありません。有りましたよ。勿忘草」
 ナルトの声は店の奥から現れた店員の声によって遮られた。
「勿忘草?」
俺は思わず呟いた。
 勿忘草なんて、ますますらしくない。というよりも、まったく似合わないような気がした。
 呆けたような顔を隠すことも出来ずにナルトのほうを見てみると、照れているのだろう。
 頬が先ほどの比ではないほど紅く染まっており、俺とは決して目を合わせようとはしないまま。
 慌てたように花屋の店員から勿忘草を受け取り会計を済ませていた。
「ナルト…それ…」
 俺はナルトの両手に納まっている勿忘草の植木を指差した。
 ナルトは照れた顔のままいきなり、
「や、やるってばよ!」
 言って、俺のほうにその植木を差し出し、半ば強引に俺の手に握らせると。
「じゃあな!」
 そのままものすごい勢いで走り去っていってしまった。
 俺は暫く呆けたまま、花屋の前で勿忘草を持ち立ち尽くしていた。
―――嬉しい。
 何故だかはわからないけれど、心のそこから何かが湧き上がってくるのを感じる。
 それは決して嫌なものではなくて、むしろ顔が自然と綻んでしまうほどに心地よいもの。
 胸の辺りが暖かくなってくるような気がした。
(何て言えば良いんだ?)
 どう言って良いのか解らず、何となく手持ち無沙汰になりながら。ふと花屋の表に置かれている花の説明の札に目がいった。
―――待宵草。花言葉…ほのかな恋心―――
―――ああ、そうか。
 俺は妙な関心にも似た思いと共に気がついた。
 あいつが気になる理由。知りたくなる理由。嬉しくなる理由。俺以外の誰かに知られたくないもの。見せないでほしいもの。
 たった一つの言葉にたどり着くことで、今までのすべての疑問が晴れていく。
―――君が、好き―――
 どうしようもなく嬉しい。
 らしくないとは思ったが、どうにもこればかりは止められそうもなかったし、止めたくもなかった。
 あいつにもらった勿忘草。
 大切にしたいと思った。
 また嬉しくなる。
「それにしても…」
 なんだって、勿忘草なんだ?
 否、そもそも奴が俺に花を送る意味さえわからない。
 とりあえず。
 俺は家に帰ると、またもやらしくもなく花言葉について調べてみた。
「…」
―――勿忘草。花言葉…私を忘れないで―――
 それを見たとき、俺はあいつの内面を見た気がして言いようのない思いにとらわれた。
 いつもうるさいくらいに騒いで、まわりの人間を怒らせる。
 どうしようもないくらいに弱いくせに、誰よりも諦めが悪い。
 やる気が無いと思えば根性があって。
―――私を忘れないで―――
 それは、あいつがもっとも願っていることだと、なんとはなしに思った。
 あいつの行動理念の根元の一つ。
 誰よりも熱くて、誰よりも強い。
 それは何よりも強い忍者とかそういう事ではなく、心の問題だ。自分の思いを叶えるための熱さ。自分を貫くことの出来る強さ。
 いとおしい気持ちが込み上げてくる。
 伝えたい。
 そう思うのに、何故だろう。
 この気持ちに気づいてから、君に会うのが嬉しいのに―――怖くなった。
 伝えたいことがうまく伝えられない。
 今まで簡単だったことが出来なくなる。
 今までどうでもなかった事に緊張する。嬉しくなる。欲しくなる。
 
ひまわり。
太陽。
無邪気。
元気。
夏。
冬。
―――君を表す言葉は、後どれくらいあるだろう。
向日葵。
梔子(くちなし)。
しゅうかいどう(ベゴニア)。
なずな。
―――君に送りたい花がいくつもある。
とりあえず。
今真っ先に伝えたい花。
それは。
―――アツモリソウ―――
花言葉は…。
 
 翌朝。
 俺が任務のためにいつもの待合場所に訪れると。
「あーー!!なんで、サスケここにいるんだってばよ!?」
 俺より僅かばかり遅れて来たナルトが驚愕の声を上げた。
―――うるさい。
 俺はナルトの態度に顔を顰めて訊く。
「なんでそんなに驚いてんだよ」
 俺がここに来るのは当たり前のことだ。俺達はチームなのだから。
 ナルトは訳が分からないというかのように、慌てたように言葉を繋ぐ。しろどもどろになりながらも一生懸命に話すナルトを、かわいいと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。もう怒りは引いてしまった。
「だ、だって、昨日カカシ先生が、サスケは明日から別のチームに移って、木の葉の里からいなくなるって。だから、花でも送ってやれって…」
「カカシが…?」
 俺達がハテナマークを飛ばしていると、
「う・そ」
 背後からいきなり声が聞こえた。
「「カカシ(先生)!?」」
 声が重なる。
 ナルトは反射的に降り返るとカカシに詰め寄った。
 それをカカシの奴はいつものつかみ所のない笑みと態度でかわし―――。
「…」
―――何となく面白くない。
 そう思いながらその様子を眺めていると、カカシはそんな俺に気づいたらしい。意味深な笑いを俺に向けると。
「なぁに、教師としては生徒の本当の気持ちって奴も悟らせてやらないとなぁ」
 言い、にやりと笑ってみせた。
 顔が一気に熱くなっていくのがわかる。
 マスクで顔の半分が隠れているにもかかわらず、その表情がどこまでもおかしく歪められているのがわかって、俺は怒りとはずかしさのどちらで顔が熱くなっているのかがわからなかった。
「?なんのことだってばよ」
「んん?実はな…」
「わぁぁぁ!!言うなぁーー!!!」
 俺はあらん限りの声を張り上げて叫びながら、これから先のことを思い、重たい溜息を付いたのだった。
 
君に伝えたい花がある。
いつか送ったら。
君は、受け取ってくれるだろうか。
 
END
 
For Izumi Mizusaki
From Yu-hi


水崎さまに送ったゆうひ初書きサスナル小説。
水崎さまに許可とってこっちにも載せてしまいましたv

ちなみに。
勿忘草の花言葉は「私を忘れないで」です。
何となく出さずに終わらしたので、ここで。
桃色ってイメージでまとめてみました(謎)。


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