+ 雨 +










その日は雨が降っていた

朝から降り続くその雨は

何故かとても暖かく――











「つまんないってばよ…」

 降りしきる雨を見つめながら、ナルトはポツリと呟いた。頬杖をつく格好で、窓の景色一面を埋め尽くす雨降りの様を見つめる。
 雨は決して酷くはなかったが、外に出られるほど弱くもなかった。
 こんな雨の日に外に出るのは、それ相応の用がある者ぐらいだ。

 ナルトは暇だった。

 あまりにも退屈過ぎて死にそうだ。
 けれど、決してそれを口には出さなかった。

 普段であれば、思いっきり両腕を付き伸ばして叫んでいる所である。だが、今日のような――たった一人で過ごさねばならない――日は別だ。いつもとは明らかに違っている暇である理由が、声に出すことによってありありと思い起こされてしまう。

 忍びは感情をコントロールしなければならない。

 そんなことを言ったって、溢れてくる物はもうどうしようもないのである。
 考えることを止める事は出来ない。
 それによって湧き上がる感情を押さえることなど不可能だ。

 コントロールは出来るだろう。
 感情に行動を左右されないようになることは出来るだろう。
 だがそれでも。
 心には言いようのない思いが残ってしまうのだ。

 ナルトはその思いが嫌だった。

 自分を惨めだとは思わない。
 そんな事は決して思わない。
 けれど。
 寂しいと感じてしまうのは止められない。

 こんな雨の日。
 外に出れない退屈な日。

 きっと普通の人ならば、家には親や兄弟がいて。
 たとえ退屈でも、決して一人ではなくて。
 もしかすれば、友達が訪ねて来るのかもしれない。
 逆に、友達を訪ねるのかもしれない。

 ナルトは退屈だった。

 訪ねて来る人のあてはない。
 自分から訪ねて行ける人間もいない。
 家には親も兄弟もいない。
 話す相手がいない。

 雨が降って。
 外に出れなくて。
 退屈になる。
 それは、外に行かなければ周りには誰もいないことだから。

 いっそ、自分から訪ねてみようか。

 そう思い、ナルトはいつもと同じように首を横に振った。
 こんな日はいつも考えてしまう。
 そして、いつも首を横に振る。
 それはもうちぎれんばかりに。
 目をぎゅっと閉じて、その考えを振り払うように首を横に振る。

「寝よっかな…」

 再びナルトは呟いた。

 少々もったいない気もするが、何もしないよりはマシに思える。何もしないで日がな一日過ごすのなら、何も考えずに寝て、体力と精神の回復に努めるのも一考だ。
 ナルトが寝る為に緩慢な動作で立ち上がると――。

 トントン

 扉が叩かれた。
 ナルトはハテナマークを浮かべながら、それでも扉の方へと足を向ける。どあのぶに手をかけて回し、その扉を開いた。
 すると。

「よぅ、ナルト」

 イルカ先生がいた。
 片手には折りたたんだ傘と、何か紙袋を持っている。開いている方の手は、肩の高さまで上げられ、挨拶の形をとっていた。

「どうしたんだってば…」

 ナルトは驚きに目を見開いて、思わず呟く。
 すると、イルカはいつもと同じ笑顔を見せ、ナルトの家に足を踏み入れながら話し出した。

「な〜に。お前の事だから、どうせ食事も採らないで寝てばかりだと思ってな」

 一人で暇を持て余しているだろうから…とは、決して言わなかった。
 不規則になっているであろう生活が気になって。
 そんな生活をしているであろうお前が心配になって。
 思わず来てしまった。

 気になって、心配になって。
 訪ねてしまった。

「な…、そ、そんな事ないってばよ!ちゃ〜んとしてるってば!」
「勉強もか?」
「うっ…」

 半眼で聞かれ、ナルトは言葉に詰まった。
 そんなナルトを見て、イルカはやはりいつも通りに笑う。
 雨音しか聞こえなかったそこが、一気に明るくなった気がした。

 相変わらず聞こえる雨音が、少し小さく聞こえ。
 雨の振りが弱くなったのかと錯覚してしまいそうになった。

「は〜。もっときちんと掃除くらいしろよ」

 台所の流し場に溜まった洗い物を見て、イルカが溜息をついた。
 もういつもの事だと呆れたように笑うイルカに、ナルトは頬を染めて反論するが、軽く流されてしまった。

「ほら、きちんと洗い物をしろ」
「う〜。まだいいってばよ」
「ダメだ!そんなこと言ってたら、いつまで経ってもしないだろうが」

 腰に手を当てて上から怒鳴ってくるイルカは、いつものお説教モードである。
 ナルトは項垂れた。
 イルカが本気で起こっているのではない事は、ナルトには分かっている。
 イルカもまた、ナルトが本気で落ち込んではいないない事が分かっていた。

 これが、いつもの二人の日常。

「ほら、ぶつくさ言ってない。終わったら褒美くらいはやるから」
「褒美って?」

 ナルトは訊ねた。
 聞かれ、イルカは先程から手にしている紙袋の中をごそごそとあさる。
 イルカがそこから取り出したのは…。

「・……」

 インスタントラーメンだった。

「なんだ、その反応は」

 半眼で黙するナルトに、イルカも半眼になって聞く。
 ナルトの顔には明らかな失望のような物が見て取れた。

「だって…ラーメンだったら一楽の方がいいってばよぉ」
「贅沢言うな。インスタントの方が安いんだ。ほら、さっさと片付けろ」

 文句を言うならインスタントも奢らないぞ。
 イルカがそう付け加えると、ナルトは慌てて洗い物を始めるのだった。








 洗い物も終わり、イルカとナルトの二人は、少し遅めの昼食を食べていた。
 メニューはイルカ特性(?)インスタントラーメンだ。
 なんだかんだと文句を言いながらも、ナルトは実に美味しそうにラーメンを頬張っている。

 イルカはそんなナルトを、優しい瞳で見つめる。
 慈愛に満ちた、穏やかな表情だった。

 食事も終わり、二人は他愛もない会話を楽しいんだ。
 内容は本当にくだらない物で…。
 しかし、とても穏やかな時間が流れていった。

 そのような時間はゆっくりと流れているにようなのにもかかわらず、気が付くと時間はあっという間に過ぎていて。
 ふと時計に目をやると、そろそろ夕食の時間かという頃だった。

「…買い物にでも行くか?」

 イルカが聞くと、ナルトは飛び跳ねて喜んだ。
 実は、ナルトはたった今、休み中の宿題をさせられていたのだ。
 イルカのその台詞は、やり始めた途端に飽きたそれから逃れる術はないかとあれこれ考えている間際の、天からの助け舟のようにナルトは感じたのだった。

 かくして二人は外に出かけにいった。
 朝から降り続いた雨は、もうすっかりやんでいた。
 空には青空が広がっている。

「くぅ〜。良い天気だってばよ―!」

 ナルトは伸びをしながら、空へ向かって叫んだ。
 イルカはそんなナルトを、呆れたように横目に見る。
 先程まで、机に突っ伏してうなだれていたというのに、げんきんなものだ。
 そんな風に思ってしまう。

 二人はてくてくと、歩きなれた道を並んで歩く。
 雨は上がったとはいえ、道には水溜りが数多く残り、外に出ている人は少ない。雨のおかげで、淀んだ空気が洗い流されたようだ。
 吸い込む空気は冷たく新鮮で、心地良い風が髪を撫でていった。

「あっ!」

 不意にナルトが声をあげた。
 イルカは何事かと立ち止まり、ナルトを振り返る。

「どうしたんだ?ナルト」
「先生、あれ!」

 訊ねると、ナルトは顔を輝かせながら、空を指差した。
 イルカがその指の先を振り仰ぐと、そこには――。

「あっ…」

 虹が出ていた。

「きれいだってばよー!!」

 ナルトは両手を上げて叫んだ。
 爪先立ちになり、これでもかというほど身体を仰け反らせて背伸びするナルトを見て、イルカは自然と顔を綻ばせていた。

 空に弧を描く虹が、陽の光に照らされてきらきらと輝いている。
 ナルトの金色(こんじき)の髪も、また同じようにきらきらと輝きを放っていた。










朝から雨が降っていた

空を覆う雨雲の後

露(つゆ)に輝く陽光の――











 たまには、雨の日もいいかもしれない。
 雨の日の暇な時間。
 退屈な静寂。
 それは案外、心地の良い物であるらしい。

 ナルトは満面の笑みを浮かべ、空にかかる虹を見上げていた。










----+
 あとがき +------------------------------------------------------

 koutaさまにささげました1000HITリク小説です。リク内容はNARUTO小説「イルナルでほのぼの&レッツラゴー(元気ってこと)」
 ああもう。何にもリクエストに応えてないです。ものすごい待たせた挙げ句がこれなんて…本当に申し訳ないです。
でもこれ以上は書けない…(泣)---2001/08/17---2002/12/08微改

-------------------------------------------------------+ もどる +----