旅路
〜隣の笑顔〜
遥かなソラに陽が昇り 人々は希望に心高鳴る さぁ今ここから旅立とう 求める無限なるヒカリ 僕と君と君達と目指して |
その昔。 否、それはまだつい最近の事。 世界は一匹の強大な龍によって支配され、統治されていた。 ある日突然その存在を消した龍。 何者かに殺されたのか。 何処か常人の知らぬ地へ旅だったのか。 それとも…。 誰にもその理由は分からなかった。 統治者のいなくなった世界にやってくるものは混沌。 世界は混乱に包まれ、それまで平和だった世界が荒れていく。 少しでも知恵と権力のある者達が集まって、なんとか世界に秩序と平和を取り戻そうと力を尽くすが、それで解決するほど世界は簡単には出来ていない。 ほとんど絶対であった強大な力が消えた今、それに怯えなりを潜めていた者達が暗闇より蠢き出す。 そこは大きな都市だった。 商いが盛んであり、四方から様々な人がそこを訪れる。 しかし人の多く集まる所には問題も多い。 危険な所もまた同じ。 それは薄暗い酒場の一角だった。 人の目の届かないような端に座するのは一人の青年だ。 青年の名は「夜来(やらい)」といった。 年の頃は十七、八。 群青の髪に同じ色の瞳。中々に整った顔立ちの青年だった。 決して華奢というわけではないが、大して筋肉などもついていそうにない細い体付きをしている。 彼には記憶が無い。 明確に云えばあるのだ。 彼は小さな辺境の村にお爺さんとお婆さんと三人で暮らしていた。 優しい老夫婦は彼に惜しみない愛嬢とぬくもりを与え、彼はそれなりに満たされていた。 彼にないのはそれ以前の記憶だ。 十年前。 世界を統制していた龍が突然姿を消して間も無い頃の事だった。 薄暗く静かで…不気味ともいえる夜。 血だらけのボロボロの姿で玄関先に倒れた少年の姿を見つけたのは、その家に暮らす老夫婦だった。 カタン。 扉に何かが倒れるような音を聞き外を覗いてみれば、小さな子供が一人倒れている。傷だらけのその子供を、老夫婦は慌てて家の中へと運び入れた。 気絶から目覚めた少年には記憶が無かった。 どこから来たのかも、どうやってここまで来たのかも。 どうして傷だらけで倒れるに至ったかのかも。 少年は自分に関する記憶全てを失っていた。 暖かなミルクと人の肌。 それが老夫婦が少年にくれたもの。 子供のいなかった老夫婦は少年を実の子として引き取り育ててくれた。 龍が消えてから治安の乱れは進む一方。 横行する盗賊や強盗。 少年はおそらくそれらに目を付けられた村から命からがら逃げて来たのだろうと結論付けた。 余りにも悲惨な目に会い。 酷く恐ろしい思いをしたのだろう。 だから記憶を失ったのだろう。 老夫婦はそう結論付け、行く当てない少年を受け入れた。 「夜来」という名を少年に付けたのもこの老夫婦だった。 夜に突然訪れた子供。 夜に来た自分達の子供。 だから「夜来」。 青年はこの名前を気に入っていた。 「響きがいい」。 そう思う。 もちろん気に入っている理由はそれだけではないけれど、それを云うには随分ともどかしい自分の心情を赤裸々なまでに分析してみせる必要があるように感じる。 「夜来」 自分を呼ぶ声に、青年は顔を上げた。 「嗄鑼烙(しゃらや)…」 そこに居たのはさらさらとした赤い髪にくりっとした丸い茶の瞳の少女。 名を「嗄鑼烙」といい、現在の青年のパートナーといった所か。 「一応見てきたけど…やっぱり何もなかったよ」 「そうか…」 少女は肩を竦めるようにして。 青年はもとより期待などしていなかったらしい様子で。 少女が青年の座する席の向かいに腰を下ろし、青年は手にしていた杯(うつわ)の中身を口に運んだ。 「やっぱりそう簡単には見つからないね」 「そうだな…」 少女と青年はそんな会話を交わす。 高い澄んだ声の少女は軽やかな声と青年の低く落ちついた声は微妙なアンバランスを起こさせる。 彼ら二人が出会ったのは、今から一年ほど前の事だった。 老夫婦が相継いで他界したことにより、青年は老夫婦と共に過ごした村を出、自分の過去を探す旅に出た。 老夫婦のことは好きだった。 村も好きだった。 不自由は何も無く、村を出ると云った時は村人がみんなで自分を引き止めてくれた。 どこの誰かも分からない自分を受け入れてくれる。 その心地良さに感謝しつつも、それでもいつも心の中にあるぽっかりと開いた胸の穴。 それを埋めたかった。 少女と出会ったのは村を出てすぐの事だ。 青年の居た村から最も近い都市の商店街で、チンピラ風の男数人に少女が絡まれている所を青年が助け…現在に至っている。 少女もまた旅をしていた。 目的は十年も前に無くした思い出の品を見つける事。 それは青年にとっての記憶と同じ物であるらしいと。 それに付いて語る少女から青年はそう察した。 心に開いた空虚な穴。 それを埋めるために二人は旅をしている。 気が付けば、自然二人は共に歩き出していた。 同じ方向へと――。 「次はどうしようか?」 酒場を出て歩きながら云ったのは嗄鑼烙だった。 夜来の隣を歩きながら云う彼女はどこかぼんやりと空を眺めている。 青い空は龍の消失以前と何ら変わりが無いようだ。 相変わらずどこまでも続いている。 「まだ行っていない街は?」 夜来は真っ直ぐと前を向いたままで云う。 淡々と云う夜来とその隣の嗄鑼烙は、まるで対照的で。それでいてとても良く似ていた。 「この先にある句欄(くらん)かな?…でも、今日中に行くとなると森を通らないと無理よ」 「かまわない」 相変わらず淡々と云う夜来に、嗄鑼烙は予測済みだったのだろう。 ただ肩を竦めるだけで何も云いはしなかった。 森は危険な場所だ。 獣は統制を失い、盗賊は目を光らせて潜んでいる。 街から街へ行く場合は、普通整備された街道を通る。 間間にある宿屋に泊まりながら行けば、それらに襲われる心配はずっと低くなる。 決して皆無ではないにしろ、わざわざより危険な場所を選んで通る必要などない。 そう考えるのが普通であった。 夜来と嗄鑼烙は森の中へと足を踏み入れた。 鬱蒼と繁る緑。 零れる陽光。 むせ返る草木の香り。 清々しい風。 どれもが心地良いと、素直に思える。 ガサリ。 小さな草の擦れる音に目を向ければ、そこにはこげ茶色の瞳に薄茶色の毛をした獣の子供。 「見たことない動物だね〜」 のんびりとした声で云うのは嗄鑼烙だ。 夜来はそんな嗄鑼烙には何も云わず、いつもの事だとして視線だけで見ていた。 「でも可愛いよね」 とてとてと恐れもなく獣に駆け寄っていく嗄鑼烙はこれでもかというほどの笑顔だ。彼女の言葉が決して嘘ではないことが、その笑顔からありありと感じ取る事ができる。 嗄鑼烙が軽く獣の頭を撫でてやれば、獣は気持ち良さそうに喉を鳴らす。 まるで猫のようであった。 「最近は遺伝子の狂った亜種が多く生まれているらしいからな…そいつもそうなんだろう」 夜来は相変わらずの淡々とした様子で云う。 実際、その獣は猫なのかもしれない。 良く見れば大きさも子猫のそれだ。 雰囲気もとてもよく似ている。 「そっかぁ…ってあれ?」 「どうした?」 「あっ…うん…。この子、瞳が宝石になってるよ」 「なんだと?」 嗄鑼烙の言葉に、夜来は眉を顰めて獣と嗄鑼烙のもとへと足を運んだ。 「本当だ…」 獣の瞳を除きこんだ夜来は信じられずに呟いていた。 獣は真っ直ぐに前を見ているが、どうやら何も写してはいないようだ。そのこげ茶色の瞳は生物の有機的なそれではなく、無機質で硬質な輝きを放っている。 「キュ〜」 獣は一声鳴くと身を翻して歩き出す。 まるで二人に付いて来いとでも云うかのように、時々立ち止まっては振り返りながら。 「どうする?」 「行こう…」 問う嗄鑼烙に夜来は即答した。 獣が進むのは森の最奥。 獣道さえそこにはかった。 獣に導かれて二人が来たのは、大きな木の一歩生える開けた場所だった。 さらさらと風が流れるように吹き去って行けば、草花はそれにあわせてその身をしならせる。 陽の光さえ届かない。 それほどまでに濃密に生い茂った中央の大樹はまるでこの森の父か母のようである。 「これは…」 夜来は茫然自失とでもいうかのような様子で呟く。 ふらふらとした足取りで大樹の元へとその両の手を伸ばす。 嗄鑼烙は黙ってその様子を見ていた。 「なんだ…?とても懐かしい…」 夜来が呟く。 その大樹に触れ瞳を閉じた。 「…音が聞こえる」 静けさが続き、次に声を発したのは嗄鑼烙だった。 彼女もまた風に身を任せるかのようにその瞳を閉じている。 「音?」 「そう…。私を呼ぶ音……」 嗄鑼烙がそう云った時だった。 不意に夜来が触れていた部分の大樹が光り輝く。 目も眩むほどの、大量の光源。 余りの眩しさに、夜来と嗄鑼烙は瞳を庇うために腕を目の前に持ってきていた。 どれほどの時間だったのだろうか。 それは一瞬にも長くとも感じた。 光量が弱まり、二人はようやく目を開けることができるようになる。 翳していた腕を様子を窺がうようにゆっくりと下ろしていくと、そこにはそれまでと何も変わらない風景が広がり…。 「夜来!あれ!!」 嗄鑼烙が大声を上げて指差したのは大樹の幹。 夜来が手を置いていた部分――大量の光が発せられた場所だった。 「これは…」 「これ、私が探してた物の一つだ…」 嗄鑼烙が駆け寄り、振るえる手でそれに触れる。 それは大樹の息吹を詰め込んで凝縮したような、実に不思議な光を持つ濃い緑の石だった。 キンッ。 嗄鑼烙が石に触れたその時、夜来のこめかみのあたりに小さな痛みが走った。小さくとも無視できないその痛みに、夜来は思わずうめいて顔を顰める。 「夜来…?」 夜来の様子に気がついた嗄鑼烙が心配そうに彼を除き込めば、夜来は軽く手を上げることで心配ないとの旨を伝える。 「夜来、私、少し思い出したのよ」 ほっと安堵の息を吐き出したものの、嗄鑼烙の表情にはいまだ心配の色が残っていた。 それでも彼女は、できるだけ明るく云う。 彼が心配ないといえば、自分は心配など出来ない。 「ああ…俺も、少し思い出した…」 「ふふふ。やっぱり、はじめて会った時に感じた通りだったね」 夜来はいつもの無愛想ともとれる無表情で。 嗄鑼烙は彼女特有の可愛らしい嬉しそうな笑顔で。 「やっぱり、私達どこかで繋がってるよ」 「そうだな…」 「ミュ〜」 不意に獣が無く。 二人をここまで導いた獣だ。 「…来るか?」 「って云うか、絶対この子ってば私達と繋がってるよ」 「ミュ〜」 夜来が云えば嗄鑼烙は笑いを含ませながら言葉を紡ぎ、それに答えるようにして獣が鳴く。 「名前…何かな?」 「なんでもいいだろ」 夜来は一つ溜息をついて歩き出す。 「あっ、待ってよ、夜来!」 嗄鑼烙は慌ててその後を追おうとして。 「行きましょう。…陽座璃(ひざり)」 嗄鑼烙が云えば、獣――陽座璃――は嗄鑼烙の腕の中へと飛び込む。 たった今陽座璃の名を貰った獣を胸に抱き、嗄鑼烙は先に歩き出し、それでも少し先に行っただけで止まって待っている夜来の元へ駆けて行った。 「なんで陽座璃なんだ?」 嗄鑼烙が隣に並べば、夜来は獣の名前の由来を尋ねる。 嗄鑼烙はにこりと笑ってから。 「陽の光。星座。宝石。三つ集めてみたのよ」 そう云った。 陽の光の中で手にした石は、夜空に輝く星座を形作る星の一つ。 全てを集めた時に、きっと星座が夜空に現れるように記憶は鮮明になり、新しい道が開ける。 「後は…陽の光で出来た粒で星座ができたらおもしろそうだし…」 「…そうか……」 云う夜来の声には、もしかすれば呆れと諦めが含まれていたかもしれない。 けれど嗄鑼烙は知っていた。 何も云わずにいるということは、彼がそれについてなんの異存もなく、実はかなり気に入っていたりもすることを。 だから嗄鑼烙は小さく微笑んだ。 彼の隣にいることに、今はまだ知らぬ暖かな安心感と、そして言葉にできぬ喜びを感じていることに。 夜来は自分より頭一つ分ほど小さな背丈の嗄鑼烙を視線を動かすだけで盗み見た。 何が嬉しいのか、とても機嫌が良さそうにいつも笑っている嗄鑼烙を見れば、どうにも心が温かくなる。 それは決して不快な感じではなく、むしろ心地良い。 記憶の手掛かりは皆無といって良かった。 それでも、自分が求めるものは自分のことを呼んでいると。なんの確信もないが確かにそう感じているから、自分の思う通りに歩んでいく。 自分の思いに忠実に。 偶然と必然の間で、それは不意に見つかる。 自分に繋がる物は増えていく。 「次はどこに行こうか?」 「街に行くんだろ」 「うん♪」 「ミュ〜」 二人と一匹は森を抜けるために歩く。 それから街へと行き、これから先も一緒に歩いて行くだろう。 時間に限りはなく。 路はどこまでも続き。 隣には心地良い安堵できる存在。 旅はまだまだ続く。 |
夜空には星が来(く) 渇きが打ちつけられ 陽は煌く 眩しい朝に歩く 隣には笑顔 歩こう 僕と君と君達と 全てを求めてどこまでも |
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まいさまに捧げます5000Hitリクエスト小説です。
リクエストはオリジナル小説で
「記憶のない少年が、途中で出会う仲間と
記憶を取り戻すために世界をまわる…」でした。
申し訳ありません!!×無限
なんか一ヶ月近くも待たせてしまったにもかかわらず
全然リクエストに応えられていないということに…。
こんなものですが受けとって頂けたらありがたいのですが…。
ウウ…。
できるだけ続きになってしまわないようにとだけ考えて書いたので、
なかなか話しが短くまとまってくれなくて、結局未消化です。
主人公の過去とかも一応設定だけはしてあるのですが、
リクエストでは記憶を取り戻すために…ということでしたので、
あえて記憶は取り戻させずに終わりにしました。
なんかコメントも長くなってしまって…。
それでは!(逃げさせてください/泣)
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