エデン〜僕の罪と罰〜
僕が君を殺したとき、君は確かに微笑ったんだ。
君はおそらく意識なんてもうほとんどなかったのだろう。
君のその瞳は力なく閉じかけられ、僅かに薄く開かれるばかりになっていた。
なんとか開いているとでもいうかのようなその瞳は、それでも真っ直ぐに僕を見て。
何時より優しく微笑っていた。
今日は雨が降っている。
朝から止む気配なく降り続く雨。
僕が君を殺したのも、こんなふうに雨が降り続く。そんな日だった。
その日、君は突然僕の元へやって来た。
突然とはいっても、君が僕の家へやって来ることは別段珍しい事じゃなかった。
でも、その日の僕と君はとても不安定だったから。
僕は君を止めてあげる事が出来なかったし、君も自分を止める事が出来なかった。
僕らの生まれた世界は、僕らにとっては狂っていた。
この世界から言わせれば、狂っていたのは僕らの方なのだろうけど…。
僕は、どうしようともこの世界が歪んで見えたし、君はこの世界に絶望していた。
僕は弱いから、この世界に疑問を持とうともそれを問おうとは思わなかったし、この世界を捨てる事も出来なった。
ただ一人で。
自分の中だけで、僕はこの何より醜く腐った世界を見下げていた。
決して表には出さずに。
ただ自分の中だけで毒づいていた。
君はいつも問いかけていた。呼びかけていた。
君がこの世界に感じた不自然さを。
この世界がどれほど狂っているかを。
この世界は歪んでいるのだと。
いつも。
表に出していた。
叫んでいた。
人々は君をいやらしい者と。
蔑み。
疎み。
君の心と体を傷つけていった。
それでも君は強くて。
叫ぶことを止めようとはしなかった。
弱い僕は。
ただ、君を遠くから見ていることしかしなかった。
僕は、君に手を差し伸べたかった。
君のその手を掴んであげたかった。
君を抱きしめてあげる事が出来る存在だった。
それなのに。
何も出来なかった。
何もしなかった。
この世界は何もなかった。
光があって、草花が美しくて。様々な生物達が共に暮らしていて…。
けれど、何もないところだった。
正しいことしかないところ。
美しいものしか存在しないところ。
それ故に何も存在できていないところ。
「箱庭」と。
君はこの世界をそう呼んでいた。
純粋に美しい理想だけを詰め込んだ箱庭。
何も知らない偽善者の正義。
誰かの自己満足の世界。
君は言っていた。
ここは楽園だと。
君は言っていた。
この世界は美しすぎると。
美しいものしかないと。
美しいものしかない、片寄った世界なのだと。
片寄りすぎて歪んでいると。
そう言っていた。
僕には君の言っていることが少しわかって。
少しわからなかった。
僕もそう思う。
この世界はねじれて狂っている。
でも、僕にはこの世界が美しいとは思えないんだ。
僕にとって、この世界は何より醜く見えるから。
美しいものなんて何一つない。
もし在るとすれば…。
それは。
きっと君。
ねぇ、知ってた?
この世界で逆らう者が、君だけであるという事を。
他の奴らはただ受け入れるだけ。
何も拒まない。
僕もそう。
嫌だけど。わからないことだらけだけど。
弱い僕は、ただ受け入れることしかできない。
僕は弱いから、逆らえない。
おそらく。
この世界で最も醜いのは僕なんだと思う。
表と裏。
それをきりわける僕が、最も醜い存在なんだ。
君はこの世界には美しいものしかないと言う。
それは僕には理解できないけれど――。
それならば。
君の中では、僕も少しは美しい存在であるのかもしれない。
そう思うと。
嬉しかった。
本当の僕は何より醜いけれど。
せめて君の中でだけでも美しく在れるのならば。
何より美しい君に美しい存在なのだと受け止めてもらえているのならば。
僕はそれだけで、誰より幸せな存在なのだと。
そう、思えるんだ。
その日、僕は夢を見た。
君が消えてしまう夢。
僕が、君を消してしまう夢。
何より恐ろしい夢。
僕は、一人部屋の隅で。
明かりもつけずにうずくまっていた。
どうか、君が僕の元へ来ないようにと。
そればかりを願っていた。
きっと現実になる。
自分の願いとは逆の確信めいた思いに、心が押し潰されそうになりながら。
僕はじっと、一日が過ぎるのを待っていた。
一日が終わらないのらせめて。
雨が降り止むことを。
願った。
僕の夢の中で君は、雨に溶けるように消えてしまったから。
けれど君は来た。
僕の元へ。
僕の前に君が立ち、それでも僕は顔を上げない。
一度でも君を見てしまったなら。
君は僕のあの夢そのままに。
消えてしまうような気がした。
けれども僕は顔を上げた。
震えが止まらない。
「僕を殺して」
君は静かにそう言った。
たった一言。
それだけを告げた。
僕の震えるその手が、君の白く細い首を締めていく。
君のその瞳が細められていく。
君の口から細い呼吸音が洩れる。
苦しげに空気を求め、君の体が僅かにもがく。
僕の腕は震え続け、それでもその指先の力はこめられていく。
君の全身から力が抜けていき、そうして君は動かなくなった。
君の表情はどこまでも穏やかに微笑んでいて。
まるで眠っているようだった。
呼べば眠たそうにしながらもその瞳を開き。
その笑顔で僕を迎えてくれる。見つめてくれる。
そんな気がした。
僕は世界を出た。
それは君を殺した事へ対する罰であるらしかったが、僕には空虚で意味の無いものでしかなかった。
ともすれば、それは僕にとっての許しになってしまうのだから。
もっとも。
そんな許しは、僕自身が認めない。
僕の罪は君を見ていることしか出来なかったこと。
そんな僕への罰は、君の死と。
それを僕自身の手で作らねばならなかったこと。
雨が降っている。
もう死んでしまった君。
僕が殺した君。
君も、思い出しているのだろうか。
思い出すのだろうか。
僕が。
君を殺したあの日のことを。
君が死んだあの日のことを。
これは罰。
僕は、君を忘れない。
暗いですねぇ。
これは、先に書いた「エデン〜僕に出来る唯一のもの〜」の対として書いたものです。
あちらでの「君」が、こっちでは「僕」となっております(分かりずらい/汗)。なんか書いてて「これってさり気にホモっぽい?」と、汗だくでした(笑)。
でもそんなつもりで書いたわけじゃないからいいや…と。自己完結。
って言うか、どういうつもりで書いたとかってないのです。
読んだ人それぞれに感じて貰えたらいいなぁ…って感じですかね。
君も僕も男かもしれないし、女かもしれないし…どっちでもないかもしれないし。
友人かもしれないし恋人かもしれないし家族かもしれないし、実は赤の他人かもしれないし。
私の中では決定付けていません。
結局狂っていたのは君なのか僕なのか。それともどちらもなのか。
それすらも謎。
いろんな解釈が出来る話になったらなと思います。
ああ。
なんか訳の分からないことを長々と書いてしまった…。
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