傷痕
〜自由な孤独な獣〜
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誰しも他人に知られたくない過去の一つや二つあるだろう。 それはしばしば未来の行く末さえも決めてしまうほどに、本人にとっては大きな出来事であったり。 誰もが傷の一つや二つ持っているだろう。 傷のない人間など、それは何も知らない赤ん坊。 傷の無いまっさらな心と体は、代わりに強さを持たない。 カズマは己に纏わりつく奇妙な薄皮のようなそれを何の感慨もなく見やった。 薄く開けた目に写るそこには、何やら文字らしき物が書き連ねられている。もっとも、彼には文字などと云う物は読みこなせない。 その代わりに直接脳内に響いて来る物に意識を向ける。 口元だけで薄く笑った。 それは自分に、これからすべき行動を強制してきている。 実に愉快で滑稽な行為。 道化師でさえここまで馬鹿にはなれないだろう。 さて、どこまで付き合ってやろうか? ああ…。 あいつと闘う場面があるようだ。 実にふぬけた闘い。 そこまでは付き合おうか。 これはこれで面白そうだから。 食事をしよう。 馬鹿みたいに笑って、騒いで。 せっかくだから、どこまでも道化でいてやろうか。 カズマは薄暗く長い廊下を歩きながら考えた。 目的地は小さなコンピュータールーム。 先ほど見た建物内の地図で見つけた所だ。 別にコンピューターを使えるわけではない。 そこに行けば目当ての物が調べられるはずも無い。 けれど、そこがやけに目に付いた。 勘は信じる性質だ。普段から自分の信念には逆らわないようにしている。 カズマはある扉の手前で歩みを止めた。 この奥が目的の場所。 「……」 さて、どうすればこの扉は開くのだろうか? カズマは首を傾げた。 と…。 「ここで何をしている?」 聞き覚えのある声に、カズマは頭だけをそちらに向けた。 あったのは予想通りの顔。 蒼い髪に褐色の瞳の、やけに整った顔の男。 「別に」 勘はこれを指し示していたのかと。 カズマは嘲笑うかのように口元を歪めて答えてみせた。 男――劉鳳は、そんなカズマの様子にその端正な眉を寄せた。 「何を笑っている」 「別に」 苛立ち混じりの尋問するようなその声に、先ほどと同じ答えを返す。 劉鳳の顔が更に苛立ったように歪むのを見て、カズマもその嘲るような笑みを深くした。 「この時間は大人しく眠ってる予定になってたからな。少しくらい予定が狂ってもいいだろう?」 「貴様…」 云うと、劉鳳は探るように目を細めた。 彼が何を云わんとしているかを察し、カズマは見下すように云う。 「俺に精神攻撃なんて通用するかよ。それでも、昼間あんだけあの滑稽な馬鹿騒ぎに付き合ってやったんだ。HOLD施設内の見学くらい大目に見ろよ」 「やはり雲慶のマッド=スプリクトにかかってはいなかったようだな」 「へぇ…マッド=スプリクトって云うのか。それは知らなかったぜ」 「ふざけるな!」 劉鳳の激昂が飛ぶ。 「ふざけてなんかいねぇよ。それより…この奥が見てぇんだけど。どうしたら扉が開くんだ?」 だがカズマはあくまでも淡々と言ってみせた。 尊大な態度。 そう見えなくもない。 「ふざけるな…。ここにはお前のような奴に使える物など何もない」 「そんな事は問題じゃねぇよ。お前なら開けられるんだろ?さっさと開けろよ。そしたら…まだ明日もこのくだらねぇ遊びに付き合ってやるぜ。暴れる前の暇つぶしにな」 何かが弾けた。 まさしくそんなふうだった。 カズマの言葉を聞くやいなや、劉鳳はカズマの襟元に手を掛け彼を壁に押し付ける。 鋭い瞳には、どれほど熱を持っても満足することなどない憎悪の炎がたぎっているかのようだった。 「貴様のような者がいるから、アルター能力者の迫害がなくならないんだっ!」 取り止めも無いようなことを云う。 しかしカズマはそのことには気を止めなかった。 カズマの気を引いたのは、劉鳳の吐いた台詞の内容そのもの。 「何も知らねぇくせにほざいてんじゃねぇよ」 酷く静かな…怒気をはらんだ声だった。 カズマの表情は、彼が俯いている事によって見受けることが出来ない。 「お前が何を見てそう思ってるのかなんて興味ないけどな…。生きるだけで……生き残るだけで精一杯の人間の、何がお前にわかる?」 「なんだと…」 劉鳳に抑えつけられたまま、カズマは上目遣いに彼を睨み付けた。 金がかったその瞳は、彼を睨み付けた褐色の瞳に劣らぬほどに鋭い。 「こんなにも傷だらけの世界で。それでも何がなんでも生き残りたいと願う奴らの気持ちが、お前にわかるのか?お前が何を知ってそう思ってるのかなんて興味ないけどな…お前があたりまえだと思ってる物のほとんど何一つ、あっちの世界にはねぇんだよ」 安全な生活も。 優しい親たちも。 温かい寝床も。 必要最低限の食事でさえ。 「手に入れるのにどれほどかかるか知っているのか?」 カズマは劉鳳の手を振り払った。 幾つもの痛みを知り、幾つも苦痛を味わって。 幾人もの同じような痛みだらけの人間を見てきた。 だからわかる。 目の前にいるこの彼が。 この鋭い褐色の瞳の奥に、今彼の信念の元になっているであろう――彼を支えているであろう痕が見える。 けれど関係なかった。 痛みを知らない人間なんていないのだから。 だれだって、精一杯生きていることを知っているから。 「別にてめぇらを責めやしねぇよ。ただどうしたって気にいらねぇけどな。どんな人間にだって…譲れねぇもんの一つや二つあるのは知ってるさ」 カズマは言葉を切り、劉鳳は何も言わなかった。 ただ暴れまるだけの…獣のような男だと思っていた。 それはある意味で間違いではないのだけれど…何かが違う。 劉鳳はどこか呆然とカズマを見つめている。 赤褐色の髪に金の瞳。 気が付けば、自分はいつもそればかりを捜していた気がする。 目で追いかけ続けていた気がする。 「何に捕らわれてるんだか知らねぇし、知りたくもないけどな…」 ポツリと…。 思わず零れてしまったと云うかのようなカズマの声に、劉鳳ははっと我に返る。目の前に写るその姿は…いつも追いかけていたはずの――。 「俺は…何にも捕らわれねぇ」 縛りつけられない。 カズマの瞳が真っ直ぐと劉鳳を捉える。 二人の瞳が重なる。 宣戦布告のようなカズマのそれに、劉鳳は気負いを落としたかのように口の端だけを僅かに上げて笑みの形を作った。 一度振り払われたその手で、再びカズマの襟元を捉える。 自分の方へ引き寄せた。 宣戦布告。 互いに打ち立ててみようか。 「ならば…捕らえてやる」 俺が。 劉鳳のその言葉に、カズマは一瞬きょとんとしてから。 すぐに笑みを作った。 挑発するような。そんな笑み。 「やってみろよ」 そんな簡単にはいかないだろうけどな。 名前を刻み合った時から。 違う。 きっと、あの時。あの瞬間。 初めて相対した時から。 こうなる運命だった。 ―――そんな気がする。 もしかしたら、もう互いに捕らわれているのかもしれない。 その強い瞳に。 決して曲げぬ信念に。 心踊る高揚感。 それをもたらすこの相手に。 まずは一つ、くちづけて―― 宣戦布告をしてみましょうか。 |
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シリアスな劉カズが書きたかったのです。
なのに何がどうなってこんな事に?
テスト終了直後の浮かれた脳味噌でシリアスはやはり無謀だったのか?!
うう。途中微妙にカズ劉っぽくなってかなり焦ったり(爆)
ワタシはあくまでも劉カズ好きーなのよーー!!
と、心の中で叫んでたり(滝汗)
って云うかこれ劉カズでもなんでもない??
っつーか、一体私は何を書きたかったのでしょうか?(←それすらもかい)
否、あすかのエタニティ=エイトの精神支配にも打ち勝ったカズマが
ピンクアフロ(雲慶)のマッド=スプリクトに本当にかかってたのかな?とか思ったので。
とにもかくにも表での初スクライド(劉カズ)小説。
やっと置けたぜ!(←でもへタレ。そして書き逃げ)
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