見えない街
みんな同じ顔で 同じ事をしていて 何が楽しい? きれいで 清潔で 豊かで だから何だという? 本当に生きてる? みんな どこかぼんやりしていて ねぇ… ここにいる人達は みんな 本当に生きているの? |
――活気のない世界―― はじめてそこに足を踏み入れての第一印象だった。 自分の住んでいる世界とはあまりにかけ離れた所。 見たこともないような複雑な機械が所狭しと置かれ、高く過ぎて頂上も見えないような建物が隙間無く立ち並んでいた。 綺麗な服を着て。 綺麗な所に住んで。 美味しい物を好きな時に好きなだけ食べて。 みんながみんなそんな生活を営んでいた。 けれど羨ましいとは思わなかった。 決してここに住みたいとは思わなかった。 ここで生きていきたいなどとは欠片ほども思わなかった。 それは大切な人や愛する人が今現在において自分の生きる世界にいるからとかそう云うことではなくて。 そもそも大切な人も愛する人も…家族と云う者ですらもそこには居ないけれど。 けれど、ここで生きていくくらいならば、外の方がずっとマシだと思った。 ――市街―― そう呼ばれるこの活気なのない世界の外。 「ロストグラウンド」と呼ばれる荒れ果てた世界。 ここで生きるくらいならば、自分はそこで生きることを選ぶ。 荒れ果てて、危険で。 寂れた何も無い世界。 けれどずっとマシだと思った。 何がどうマシなのかは自分でも良く分からなかったけれど。 けれど、そこにはここには無い何かがある気がした。 あえて云うならば力強さだろうか。 開拓精神とでも云うのか。 自らの力で切り開き生き抜いて行こうと云う力強さ。 殺伐として廃(す)れたそこは暗く陰惨で。 けれど何としてでも生き抜いてやる。 とでも云うかのような力強さに満ちていた。 諦めているように見えて。 棄てているように見えて。 寂れているように見えて。 実はとても力強い。 「……」 夜。 じっと身を潜めていて訪れるのを待っていた夜。 ようやくやって来た時間。 とぐろを巻く蛇のように連なる舗装道路。 その一角に身を潜めていた小さな影が動く。 金色に輝く瞳が夜の闇に映える。 小さな瞳だった。 夜なのにもかかわらず明るい街。 明るすぎて…逆に何も見えなくなりそうだ。 動いた影は子供のものだった。 少年だ。 十歳前後だろうか? まるで野生の獣のような雰囲気を持つその子供は、真っ直ぐに他のどの建物より立派な建物へと近寄って行った。 赤茶けた髪が軽く揺れる。 辺りの人々が遠巻きに少年を見送る。 ここでは夜中に子供が出歩いていても珍しくは無かったけれど…。 人々はそれとは別に少年に注意を惹かれた。 独特の――人を引き付ける雰囲気を持った少年だった。 けれど少年は一向に意に返さない。 人の行き交う波を真っ直ぐに歩いていた。 少年はとある大きな屋敷の前で足を止めた。 暫らく見上げるようにしてから、くるりと踵を返す。 少年は屋敷の裏側…より一層闇の濃い場所へと赴く。 まるで闇の潜む場所を本能的に知っているかのように、そこには誰の目もなかった。 高い高い塀。 少年はおもむろに塀を登り始めた。 身軽に、軽やかに塀を登る少年にとって、それはあってない物であるかのようだった。 塀の向こう側。 屋敷の敷地内に下り立った。 闇が彼を隠してくれる。 誰もこの少年の侵入に気が付かない。 少年は慣れた様子で屋敷の中へと侵入して行く。 夜の闇は少年にとっては何の障害でも無いようだった。 むしろ味方だ。 まるで少年はその本能により夜と対話できるかのような…。 そんな気さえ思わせる。 カタッ。 小さな音が発ち、少年は見を強張らせた。 視線だけで辺りを窺がう。 誰もいない。 「フゥ…」 小さな溜息が漏れた。 安堵の溜息。 少年はそっと目的の物に手を伸ばした。 それは小さな時計。 手に取り、大切にしまい込む。 屋敷の外へと戻る為に踵を返しかけ、その動きを止めた。 「誰かいるんですか?」 誰何(すいか)の声。 子供の声だった。 明かりはつけられてはいない。 少年はじっと身体を強張らせた。 息を潜め、声の主が去るのをじっと待つ。 闇の中に身を潜め、知らず右腕に力を込める。 足音。 声の主がゆっくりと少年の方へと近付いてくる。 少年に逃げる場はない。 「!」 声の主は驚愕に目を見開いた。 何の前触れもなく暗闇から飛び出してきた影に、声の主は思わず後ず去った。 ニ、三歩後ろによろけ、どうにか立ち止まる。 「子供…?」 声の主は思わず呟いていた。 暗闇の中から飛び出してきたのは、自分と同じ年頃の少年であった。 暗闇で顔貌ははっきりとはしないが、獣の目のような金色の瞳がやけに際立って見えた。 「――あ!待てっ」 子供――声から察するに少年だろう――は、思わずその金の瞳に見惚れ。そのまま逃げ去ろうとした少年を慌てて引き止めた。 当然菌の瞳を持つ少年は立ち止まりなどしない。 反射的にその手を掴み引いていた。 「くっ!」 金の瞳の少年の口元から小さな呻き声が漏れる。 触れて気が付いた。 少年の手には幾重にも包帯が巻かれている。 「離せっ!」 少年が叫び、捕まれた手を振りほどこうと腕を振った。 雲間からそれまで隠れていた月が顔を出し、月明かりが二人の少年を照らす。 互いの少年の姿が露わになる。 赤茶けた髪に琥珀のように明るい金色をした瞳の屋敷に侵入した少年は、真っ直ぐに屋敷内から現れた少年を睨みつけている。 碧の髪に褐色の瞳の柔和な顔つきの少年だった。 「あなたはいったい…」 誰か。と、問いたいのだろう。 碧の髪の少年はどこか呆然とした様子でそれだけを云った。 「……」 琥珀色の瞳の少年は何も答えない。 碧の髪の少年の動向を探るように注視しながら、ゆっくりと後ず去って行く。 「僕は劉鳳といいます。この屋敷の住人です。あなたは何の目的があってここに…」 「…お前…バカだろ」 「なっ?!」 琥珀色の瞳の少年のいきなりの言葉に、劉鳳と名乗った少年は言葉を失った。 「どう考えたってこんなの泥棒に決まってるじゃねぇか。んなの一々聞いて、しかも名前なんて名乗ってんじゃねぇよ」 呆れたように云う少年に、劉鳳は言葉もない。 「そんな奴が名前なんて名乗るわけねぇだろ」 そう云いながらも、少年の様子はかなり気楽な物である。 立ち止まって自ら盗みを働きに来たと言っているのだ。 誰でも呆れてしまうだろう。 「あ…あなたは…」 「云っとくけどな、オレは仕事でここに来たんだ。ここに在るある物を取り返してきてくれって、依頼されてな」 依頼人の名は明かせないけどな…。 少年はそう付け加えた。 「取り返す?」 「そうだ。それが本当かどうかなんてオレにはどうでも良い事だけどな…。依頼されたら仕事はこなすぜ。当然だろ?」 「あなたの仕事は…」 「何でも屋だ。信用第一な商売なんで、出来れば見逃してほしいんだけど?」 尊大に見えなくもない態度で云う少年に、劉鳳は呑まれていた。 もはやきちんとした言葉を紡ぐ事が出来ず、言葉を覚えたばかりの子供のように、かたことでたどたどしく。そして最後は途切れてしまっているばかりだった。 「何でも屋って…あなたはまだ子供ではないですか」 「子供っていうなよな。お前だって子供じゃん。それに、ここじゃどうだか知らねぇけど、外じゃ普通だぜ」 「外?」 「壁の外…ロストグラウンド……。あそこじゃ、オレくらいの奴がこんなことすんのは普通だぜ」 少年は云う。 生きる為に、生活する為に働く。 それは至極当然の事だと。 「ってそうでもないか?こんなことする奴は然然いないかも…」 働いている事に間違いはないけどな…。 さらりとそう云う。 「?どうしたんだよ?奪ったり奪われたりなんて珍しくもねぇだろ?それとも…やっぱりここじゃ盗みも珍しいのか?」 もはや言葉も紡げぬ劉鳳の顔を、少年はきょとんとして覗き込んで来る。 当初の印象や紡ぐ台詞よりも、ずっと幼く見えた。 「そんな…奪うなんて…。それではあなたは誰かが傷ついても良いと云うんですか」 少年の独特の雰囲気に飲まれそうになりながらも、劉鳳は毅然としていった。 盗みを正当化する事は出来ない。 それが日常的に行なわれているなどと云うことは、到底信じられなかった。 「奇麗事云うんじゃねぇよ。生きるなんて行為は、所詮何かを傷つけることで成り立つもんなんだ」 「けれど…!」 劉鳳は云った。 彼が父から聞いた壁の外の世界の事を。 貧しい人々が、数多く苦しんでいると。 「あなたのように、僕と同じ位の方が働かなければならない状況というのは…想像できます。納得も…。でも、だからと云って盗みを働いて良いなんて事はないはずです。ましてや他人を傷つけるなんて!あってはならないことです」 子供も働く。 そうしなければならないような、苦しい状況なのだろう。 子供だって一人前に働く。 それは認められる。理解できる。 けれど、それで目の前の少年の言葉全てを正当化する事は出来ない。 人から物を奪うだとか、人を傷つけるなどという行為は、やはり行われるべきではない罪なのである。 毅然とした態度で云う劉鳳に、けれど少年は素っ気無く返した。 どこか見下すように。 怒りさえも含んでいたかもしれない。 あるいはやはり何の感情もないのか。 「想像?無理だね。お前みたいな奴にそんなこと出来やしねぇよ。だいたいお前…傷つくのは人間だけだと思ってるのか?」 「え…?」 少年が何を言っているのかがわからず、劉鳳は目を丸くした。 問うような視線が答えを求める。 「生きてりゃなんだって誰だって傷つけないわけにはいかねぇんだよ。てめぇが毎晩食ってる肉の元とかさ。なんだって傷つく。もちろん自分もな。それでもオレは生きるぜ。だから奪う。欲しいもの全部」 「でも、動物と人は違います。やはり人を傷つける事とはあってはならないことです。それに父さまと母さまは…」 「違わねぇさ。人も、それ以外の生きもんも…みんなおんなじだよ。なんだって誰だって生きてる。それにお前…さっきからそればっかりだな」 「え?…どう云う――」 話の腰を折られ、それでも劉鳳は問わずにいられなかった。 「自分で実際に見聞きして出した答えじゃなくて、人から聞かされて、云われて出した結論ばっかりだ。お前、自分の意見てもん持ってるのかよ」 「でも、それだったらあなたは…!」 「カズマだ」 「え?…」 いきなり云われた言葉が何を意味しているのか、劉鳳には初め分からなかった。 暫らく経ってから、それがこの琥珀色の瞳を持つ少年の名前なのだと気づく。 名前を名乗らない。 そう云っていたから、絶対にそんな事はないとも思ったが…劉鳳のどこか本能的な部分が、それこそが彼なのだと伝えていた。 「オレはオレでオレとして生きてる。それはこれからも変わらねぇ。 だから「あんた」なんて云うその他大勢と一束たにされるのは許せねぇんだよ」 「…それだったら僕は劉鳳だ」 どこか強気な態度で言い張る少年に、劉鳳も自分の名をもう一度名乗る。 自分は自分だと、胸を張って名乗らなければ、今この場に相対する少年に一生追いつけないような気がした。 今の自分が目の前の――平然と盗みを働くような少年よりも劣っていると…漠然と感じる焦燥感。そして不安。 それを拭い去るように、劉鳳は自分の名を名乗った。 「へっ!お前みたいに他人(ひと)や世間の常識ってやつの云う意見に流されてるような奴、その他大勢と何が違う?もしお前が本当に自分自身で何かを見て、知って、感じて…。それで自分の迷わねぇ絶対の信念ってやつを得てたら…」 「得ていたら…?」 「…さぁな。そんときゃ、お前の意見をちゃんと聞いてやるよ」 もう絶対、逢うこともないだろうけど…。 最後にそう云って、カズマと名乗ったその少年は屋敷の外へと駆けて行った。 劉鳳はそれを引き止めも追いかけもしなかった。 誰かを呼ぼうとも思わなかった。 ただじっと。 去って行く少年の後姿を見つめていた。 結局、劉鳳はその夜のことを誰にも云いはしなかった。 その内にそんな衝撃すら忘れてしまうほどの悲しみと痛みを受けて…。 月日が流れる。 「と、云うことを思い出したんだが…」 「へぇ…」 白いベットの上でそう云ったのは、碧の髪に褐色の瞳の十七、八の少年だった。 やけに整った顔立ちの少年だ。 片肘を枕に押しつけ、すらりと伸びたその片腕で頭を上方で支えるような形になったまま、横で布団に包まる少年を上から見下ろすようにしている。 どうでもよさそうに答えたのはその少年の横。 一緒にベットの中で横になっている少年だった。 碧の髪の少年よりも幾つか幼く見える。 「…それだけか?」 碧の髪の少年――劉鳳は、興味無さ気に答えたもう一人――赤茶けた少しくせのある髪に琥珀色の瞳の少年――カズマ――の反応に納得いかないらしく、どこか不満そうに顔を顰めて問うた。 「だってオレそんなこと憶えてねぇもん。だいたい、それ本当に俺なのかよ」 「ああ。間違いない」 疑うような眼差しを向けながら、口元を尖らせて云うカズマに、劉鳳はやけに自身有り気に答えた。 そんな劉鳳の様子に、カズマが半眼で突っ込む。 「なんでそんなに自身満々何だよ。今まで忘れたくせに…」 「…そうだな。名前や髪の色もそうだが…一番は目か」 忘れていたと云うところには深く触れずに、劉鳳は思い出すようにその視線をさ迷わせながら答えた。 カズマが問う。 「目?」 「ああ。そんな風に琥珀のように明るく金がかった瞳はお前しかいない。しかも、こんなに強い瞳なら尚更だ」 「ふ〜ん。で?それが何なんだよ。昔話にゃ興味ねぇけど?」 やはりどこか眠たそうに。 素っ気無くぼんやりと受け答えするカズマに、劉鳳は詰め寄るように顔を近づけて低く云った。 「…あの時、お前はオレの意見を聞くと言ったな」 「そうなのか?」 「そうだ」 「まぁ…いいけど。で?お前の意見ってなんだよ」 「それは…」 そう云いながら、劉鳳は不敵に微笑み――― |
流れる時は決して止まりはしない 出逢いと別れをくり返し 苦しみと悲しみを積み重ね 時に嘆き 時に歓喜し 誰もそうして成長していく 幾つもの物を見、聞き、そして知り 最後に己が得る答え 自らの心が 自らの経験の全てから導き出す 誰にも曲げられぬ信念 自分が自分であること 自分を確かに成すもの ――何もなくても それさえあれば自分は自分であり続けられる 心の中で絶えず燃え続ける炎 得られぬか否かは…己次第――― |
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最後に劉鳳はなんと云ったのでしょう(笑&爆)
劉鳳とカズマが子供の頃に逢ってたら…。
みたいな話を書きたかったはずなのに…。
なんか違う。というか見事に玉砕。無駄に長い。
パラレルにするしかないやん。こんなの。
劉鳳って子供の頃どう喋ってたっけ?いまいちよく分からない。
カズマなんてさっぱり。
最後を書き初めの方に思い浮かんだから、ちょっとおかしいかも…。
って云うか全体的にどこもかしこもおかしい。
これは劉カズなんだよ!!
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