赤い羽根

























古来、善良なる天使は赤い翼を持っていた――





























 燃えるように赤い三枚の羽根は、その一枚一枚に意志が込められている。
 一枚の羽根に一対の大翼ほどのエネルギーが凝縮されているのなら、三枚の羽根を持つあの人は、六枚翼の――。

 その炎はいったい何を焼き尽くすのか?

 水の中でも消えぬその凍てついた焔。
 ともすれば、それは何を暖めることも、傷つけることも、消し去ることも出来ないのか。

 決して太陽のように輝く赫ではなく、それは夜の闇を混ぜたような紅。
 静かな静かな銅(あか)。
 静かにただ黙って、水のように落ち着いた赤。

 重く強い彩(いろ)。

「カズくん…どこにも、行かないよね?」

「はぁ?」

 不安を隠すことも出来ず、その身全体に湛えて云ったのは、長い栗色の髪にエメラルド色の瞳の愛らしい少女だった。
 歳は八つかそこらだろう。
 名を「由詑かなみ」という。
 オレンジで統一された服がとても良く似合っていた。

 そんな少女の問い掛けに呆(ほう)けたように答えたのは、彼女の隣を歩く十五、六の少年――カズマだった。

 眉を顰め、わけが分からないとでも云うかのような表情をしてみせる。
 赤茶けた、少し癖ある髪に金を帯びた瞳の形作るその表情は、彼を実年齢よりも幼く見せていた。

「どうしたんだよ、急に」

「・・・だって、そんな気がしたんだもん」

 問うカズマに、かなみは俯いてそれだけを答えた。
 何を云えば良いのか自分でも分からないのだろう。
 まるで叱られていることに耐えるかのように、眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。

 カズマは困ったように視線を宙にさ迷わせ、それから自分のすぐ隣を歩く小さな少女へと視線を戻した。

 ポンポン。

 と、軽く頭を叩いてやると、かなみが不思議そうな不安そうな表情で顔を上げる。
 かなみの翠(みどり)色の瞳に自分が写し出されているのを確認してから、カズマはゆっくりを口を開いた。

「…安心しろよ。オレはどこへも行かねぇから。――たとえどこかに行ったとしても、必ず、ちゃんとお前のところに戻ってくるから」

 それは決して、一つ一つ噛み締めるように…などというように吐かれた言葉ではなかったけれど…。
 重要なこともまるで些細な当然の事のように自然と流れるように云ってしまう彼らしいといえば…実にそうかもしれなかった。
 些細な彼らしさを感じ、かなみは僅かにその表情を和ませた。

「本当に?カズくん」

「ああ…。……たぶんな…」

「もうっ。私、真剣なんだよっ」

「わかってるって」

 カズマは再びかなみの頭を軽く叩いた。
 ポンポン。
 まるであやすように優しく。

 頬を膨れさせて起こるかなみの機嫌を取るようで…それはかなみの不安を払うようでもあった。
 それからもう一つ。

「だから、安心してろよ」

 無駄な心配だから考えるな。

 そう、優しく云った。

 それは小さな小さな声だったけれど、かなみには確かに聞こえたし、不安は完全消えたわけではないけれど…その何気ない優しさに、かなみは漸く、胸を撫で下ろすように小さく微笑んだ。

 そんなかなみの様子を横目に見、カズマも安心したようにホッと胸を撫で下ろし、小さく小さく笑む。
 カズマよりもずっと背の低いかなみがそれに気付くことはないまま、その日はいつものような青空だった。

























白い羽に色を染めた天使は、実に自由に――

どこへでも勝って気ままに飛び去って……

―――決してつかまらない。

























 あの時から感じていた不安はこの事だったのだと…。
 かなみは働かない頭でぼんやりと考えていた。

 いつもは陽の光に照らされた水飛沫の様に透明に輝くエメラルド色のその双眸からは光が消え…その瞳に写るのは赤い三枚の羽。

 翼のような荘厳さはなく、けれどその代わり。
 心に直接訴え掛けてくるような…心を直に叩くような力強さを湛えていた。

 赤い…赤い羽根。

 燃え盛る炎のように強く…。
 けれど決して明るく輝く色ではない。
 それは夜の闇を混ぜたような紅。
 荒々しく、厳しく…そして広大なる気高き大地の色。
 乾いた血の色。

 治りかけの傷痕。

 思い出す。
 去って行く彼の後姿。
 背中に生えた三枚の羽根。

 開いた傷口から流れる…黒い血の色にも似ていた。
 乾いた風吹く…荒野の大地の色にも似ていた。

 けれどそれよりもっと赤く。

 炎のように強く…氷のように厳しい色。

 けれど光ってもいない。
 透明でもない。

 確かに力強くその存在を誇示する色。

 思い出す。
 彼が去って行った時の夢。





 小さな小さな羽根は集まり、やがて輝く金色の大翼となり。
 天から差す虹色の輝きが、愛しいその人を攫っていってしまう。

 けれど翼を持つあの人は誰より自由で。

 目も眩む眩しき光も、あの人をとらえる事などできはしないでしょう。

 強く気高いあの人は誰より孤独で。

 その羽根と同じ。
 乾いた血のような心でした。

 痛くて。
 辛くて。
 でも洗い流すことも出来ない。

 爪を立てたくなるような。
 そんな乾いた傷痕。

 傷痕はその傷を負った時の光景を思い出させます。
 傷痕はその傷を負った時の痛みを思い出させます。

 でもその人はとても強く真っ直ぐで。
 決して負けないんです。
 前だけを見てる。

 自分には絶対に負けない。

 孤独で孤独で孤独で。
 誰よりも自由で。
 絶対にとらわれない。

 だから不安なんです。

 あの人を疑っているのではなく、ただ不安なのです。

 だから。
 ただ待つだけでなく追いかけることを…。
 あなたに逢いたいと願い続ける気持ちを。
 あなたを求めることを――。

 ―――許してください。

 そしてできることならば。
 あなたのその痛みを私に教えて下さい。
 傷つくあなたのその体を。
 その心を…私に支えさせて下さい。

 支えることが出来ないのなら。
 せめて隣にいさせて下さい。
 傍にいさせて下さい。

 心を許してください。



 あなたの―――。


























―――逢いたいよ……――カズくん―――


























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コメント-----



 なんか結局中途半端なお話しに…。
 カズマとかなみが書きたかっただけ。
 ただそれだけなのに…。

 カズマとかなみちゃんの間には誰にも入れない優しい穏やかな空間がありますよね。
 そういうのを書きたかったんです(ホントは!)
 いいなぁ…この二人。
 本当にいいです。
 ずっと一緒にいて欲しいなぁ…と純粋に思います。

 「カズくん!!」って呼んだかなみに「あいよ」って、返すカズマ。
 抱きつくかなみを抱き締めるカズマ(←これまでの中で一番好きな場面かも)
 いっぱいいっぱい謝るカズマの表情がもう…。
 かなみにだけ見せる穏やかなカズマの表情が本当に好き。
 カズマを純粋に思うかなみちゃんも大好き。
 しつこいけど、この二人の関係(この二人自身も含め)別格的に好きです。
 だから二人のお話書きたい。



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モドル------