飴玉
それは偶然だった
碧い髪に褐色の瞳の十歳程の少年――劉鳳は、どこか簡素ともいえる広い空間にいた。 そこは空港。 市街と本土を繋ぐ橋ともいえる所だ。 人々の行き交うそこで、彼はぼんやりと父の用事が済むのを待っていた。 目の前を通り行く人々は自分など気にはしない。 自分もそんな人々など気にはしない。 いつもそうだった。 ただぼんやりと目に写るだけのその中に、ふと違和感を感じたのがきっかけだった。 目を瞬(またた)いてみる。 行き交う人々の群れの中。 浮き立つようにその人物は劉鳳の目に写った。 それは劉鳳と同じ年ほどの少年だった。 少しくせのある褐色の髪に金がかった瞳。 服は市街にはまったくもって相応しくない。 薄汚れただぶだぶのティーシャツにやはり汚れたズボン。 そんな不衛生な格好をしている人など、ここにはいない。 けれど劉鳳の目を惹きつけたのはそんなことではなかった。 はっきりと云えば、なぜその少年が自分の目を引いたのかなど、劉鳳には分かりようも無かった。 ただ心がどうしようもなく惹きつけられた。 だからこんなことは初めてだった。 少年を遠巻きに見ながら避けて通る人々の間をぬって自分からその距離を縮める。 妙に心臓が早く打つ。 「あ…あの」 声を掛けた。 …しかし少年は振り向かない。 劉鳳は戸惑った。 初めて自分から声を掛け、そして初めて無視された。 「……」 どうして云いか分からず、二の句が次げない。 劉鳳は暫しの逡巡の後、どうすることも無くて結局再び声を掛ける以外に方法は無かった。 「あの!」 「んぁ?」 劉鳳にしてみればかなり大きな声だった。 それが功を奏したのか、褐色の髪の少年は呆けたような声を上げて振り返る。 「なんか用か?」 少年はどこか陰険な目つきで劉鳳に問うた。 牽制するような鋭い目つき。 劉鳳はその目つきの鋭さに一瞬身を竦めた。 初めて向けられる視線だった。 「あ…ええっと」 何を云おうか考えていなかった為言葉に詰まる。 意味の無い言葉が漏れるまま、どうしようかと逡巡していると。 「…変な奴」 少年が零した。 「君の方が変わってると思うけど…」 少年の言葉に思わず劉鳳は呟く。 少年は少し嫌そうな顔で劉鳳を見た。 初めてまともに見られたことに、何故かどきりと心が跳ねる。 「どう云う意味だよ」 「……」 少年の問いに、劉鳳はどう云おうかと困った。 ただ他の誰とも違うと思って出てしまった言葉で、自分でも少年がどう他と違っているのかよくわからないのだ。 服装などはそれには当てはまらないような気がしたのだ。 「…ったく、だから嫌なんだよ」 暫らくして。 劉鳳が何も云えずにいると、少年は溜息と共に吐き出した。 「みんな遠巻きにして人のことじろじろ見ていきやがるし」 嫌気が差す。 少年の表情はそう語っていた。 「そんなに荒野のインナーが珍しいかね」 「君は荒野の人なの?」 少年の言葉に劉鳳は驚いて零す。 市街には普通壁の外の人間が入ることは出来ない。 きちんとした身分証があるのなら話は別だが…。 「見りゃ分かるだろ」 「でも…外の人は市街には来れないんじゃ…」 まして本土になどもってのほかだ。 空港に何の用があるというのか。 「絶対に無理なことなんかあるもんか。方法はいくらだってあるさ」 少年は軽く肩をすくめて云った。 人が決めた禁止事項など、あってなきが如しである。 「ここへは仕事探しに来たんだよ」 外の荒野よりも、市街の方が楽で儲かる仕事が多いらしい。 「仕事…って。君が?だって僕と同じ位……」 子供が仕事をする。 劉鳳には信じられなかった。 子供を労働させるのは、ある意味罪である。 「ああ?何云ってんだ、お前。働かないと生きていけねェじゃん」 食事にもありつけない。 五体満足に生きているのであれば、働くの当然の事である。 生き物は働くことで生を維持する。 「でも…ここではそうなんだな。こっちで仕事探そうと思ったけど、どこ行ってもガキは雇えないって云って追い返されちまう」 少年は些か憤慨しているようだった。 「じゃぁ…どうするの?」 「連れが働いてるから…それが終わるまでとりあえず待ってる」 本当は外に戻って働こうと思ったが、迷子になるからと無信用のままにここで待ってろと云いつけられたとのことだった。 「何日続くかわからねぇんだってさ。ここだったら隠れる所も多いし、水はただで呑めるから干からびることもないし」 床で寝ても早々風邪を引くこともないだろう。 少年の連れだという人物は、そう云って少年を空港に連れてきたらしい。 それを聞き、劉鳳はもはや言葉もない。 空港は時間が来れば閉められる。 人が残って良いわけもないけど…それでも隠れていれば泊まってしまえなくないのも確かで…。 「なんか…めちゃくちゃだね…」 唯一それだけが出た。 「アハハ。生まれた所がめちゃくちゃな所だしな」 少年が初めて笑う。 その笑顔に、劉鳳は思わず見惚れた。 今まで見たどんな子の笑顔よりもきれいだと思った。 「ね、ねぇ…君、名前は?」 思わず訊いていた。 焦っていた。 今を逃したら、もうそれを訊ねることが出来なくなりそうで。 「ん?名前?」 「そう。僕は劉鳳。君は?」 「カズマ。名字はねぇ。ただのカズマだ」 「カズマ…」 劉鳳は少年――カズマの名を繰り返し呟く。 記憶力が悪いと云うわけではないが、絶対に覚えておきたいものだから。 こんなに真剣に何かを覚えようと思ったことなどあっただろうか? こんなにもどきどきして…。 今日。 今この時。 ほんの数分。 その短い間に、たくさんの初めてを経験した気がする。 ぐぅ〜。 突然響いた音。 顔を上げると、カズマがお腹をおさえて情けない顔をしていた。 (可愛い…) 一瞬そんな思いが浮かび、劉鳳は一人顔を赤くする。 頭を振って考えを否定していると、カズマが疑わしげな声を掛けてきた。 「何やってんだ?お前…」 「な、なんでもないよ。…それより、お腹空いてるの?」 「もう丸一日水しか飲んでねェ…」 カズマの台詞に、劉鳳は慌てた。 それではお腹が空いていて当然だ。 何か食べる物は無いかと思考を巡らすが、生憎劉鳳はそんな物を持ち合わせていない。 空港には食堂もあるが、劉鳳はお金(現金)を自分で持っているわけではないので、食事をとることは出来ない。 誰か人に頼んで…とも考えてみるが、身元の分からないインナーの子供と話していたなどとばれれば、カズマの身の方がどうなるか分からない。 空港から…ともすれば市街から追い出されるか。 あるいは強制的に施設に送られてしまうかもしれない。 いつもならその方が安全で良いのかもしれないと思っていたはずなのに、今は何故かそうしてはいけない気がした。 カズマはそれを決して望みはしないだろうと思う。 そしてそれが本当に良い事なのかが分からなくなる。 カズマを見ていると、今までの自分の価値感がおぼろげな物になっていくような気がした。 市街の外の世界に対する知識が、実は間違った思い込みなのではないのかと…。 どうしようと慌てに慌て。 劉鳳はようやく気が付いた。 ポケットの中の飴玉。 その存在に。 「あ、あの。これ…良かったら……」 そう云って劉鳳が差し出したのは、ピンク色の包みの小さな飴玉。 コロンと手のひらの上に乗っかっているそれを、カズマはいぶかしむように眺めた。 「これ…食いもんなのか?」 人差し指で飴玉を指し示して云う。 劉鳳は肯定の意を示し、包みをはがしてカズマの口に飴玉を運んでやった。 ぱくっ。 カズマが劉鳳の手から飴玉を貰う。 「……」 「どう?」 劉鳳は些かどきどきしながら訊ねた。 口に合わなかったらどうしよう…。 にか。 訊ねる劉鳳に、カズマはにっこりと笑って見せた。 「すっげーうめぇ!こんなに甘くてうまいもん初めて食った!!」 嬉しそうに云うカズマに、劉鳳はホッと胸を撫で下ろす。 良かった。 心からそう思い、カズマの極上の笑みにまたも頬が赤くなるのを感じる。 心臓がやけに大きく、そして速く打つのが分かる。 カズマに心臓の音が聞こえやしないかと、些か心配になるほどに。 「ええっと…りゅうほう・・・だっけ?お前って良いヤツだなぁ♪」 思いがけずカズマに名を呼ばれ、劉鳳は今度こそ顔が真っ赤になるのを止められなかった。 (もう…いいや) 赤くなった顔を抑えながら、劉鳳は胸中で呟いた。 目の前には相変わらず、嬉しそうな笑顔で飴を舐めているカズマ。 コロコロと飴玉を口の中で転がしながら舐めている姿がどうしようもなく可愛らしく写る。 そんなカズマを眺めながら、劉鳳はどこか苦笑じみた微笑みを浮かべた。 その日の夜。 やけに嬉しそうな様子の劉鳳に声を掛けたのは、彼の母だった。 「あら、やけに嬉しそうね。劉鳳、何かいいことがあったの?」 優しく尋ねる母親に、劉鳳はやんわりと微笑んで。 「秘密です。母様」 一言。 それだけを云った。 嬉しそうに「秘密」を繰り返す息子の初めての態度に、彼の父と母は顔を見合わせて、困惑に首を傾げるばかりだったという。 |
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甘い飴玉 コロコロロ
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カズマに飴玉をあげる劉鳳が書きたかっただけ
私の書く劉カズはちゃんと劉カズになっているのでしょうか?
いまいち不安(←毎回毎回なんか違うような気が…)
誰か教えて下さい(切実←不安でしょうがないです)
劉カズ…難しいです…本当に――
好きなんだけどなぁ…とってもとっても
感想いただけたらとっても嬉しいです(これも切実)
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モドル