蜂蜜




















受け取ってくれる?
































 とろとろ溶けてキラキラひかる。
 ふんわりとした甘さが口の中全体に広がる。
 幸せになれるおまじない。

 コロコロ転がる甘い玉。
 口の中に広がる甘酸っぱい幸せ。
 初めて知った味。

 お礼をしよう。

 とろとろ溶けてキラキラひかる。
 自分の知ってる幸せのおまじないで。

 受け取ってくれる?





















 カズマは市街に来ていた。
 誰にも内緒。
 一人で潜り込んだのだ。

 手に大事そうに持っているのは小さなコビン。
 直径5センチ高さ10センチほどのそのビン中には、黄色くてとろりとした液体が入っていた。

 カズマはきょろきょろと辺りを見まわす。
 市街に来てみたはいいが、目的の人物がどこにいるのかが分からない。
 闇雲に探しまわるには、市街は少々人が多すぎる。

 依然逢ったのは空港でだった。
 しかしそこにはいないだろう。
 普通そこで寝泊りする人はいないから…。
 用もないのに日参する人もいないらしいし…。

 さて困った。

 カズマはその金色の瞳で再び辺りを見まわす。
 行き交う人々は皆、薄汚れ伸びきったティーシャツ姿のカズマを、不審人物を見る目で横目にしながら無視して行く。

 …実際市街においては不審人物であるカズマだ。
 そんな人の視線に良い心地はもちろんせず気に触りもしたが、特別気にしようとも思わなかった。

 どうでもいい。

 どこか投げやりな気持ちで、煩わしく自分が惨めになりそうなそのれらの視線を無視しようとする。

 自分は何も悪い事はしていない。

 そんな事は露ほども思ってはいなかったし、それを綺麗な言葉で覆い隠すつもりなど毛頭なかったが、誰かに責められる筋がないとも思っている。
 自分の信念に反した事はしていない。

 仕方なく歩き出した。
 運が良ければそれだけで逢えるだろう。
 何もしないで突っ立っているよりはずっとマシだ。

 てくてく。
 とてとて。

 歩くカズマに声を掛ける人間がいた。

「君、どうしたんだい?」

 カズマは振り返る。
 そこにいたのは何やらピシッとした感じの服に帽子をかぶったまだ若い男性だった。
 市街や本土の人間であればすぐに分かる。
 いわゆる「おまわりさん」というやつだ。

 だがカズマがそんな存在を知っているわけもない。
 自分を遠巻きに眺めては通り過ぎるばかりの市街で、優しそうな顔で声を掛けてきた男性を不審人物として警戒しても、誰が責められようか。

 警戒心を隠しもせずに身を後ろに引くカズマに、男性――おまわりさんは笑みを深くして再び訊ねる。

「どうしたのかな?」

 清く正しく美しく。
 いくら不審な子供とて、子供は子供。
 いきなり連行したりはしない。
 もしかした本当にただの迷子とかなだけかもしれないし…。

「…人、捜してんだ」

「人?迷子かい?お父さんかお母さんでも探してるのかな?」

「ちげぇよ…ただの知り合い。りゅうほうってヤツ…」

 警戒心は解かないままに、それでもカズマは答えた。
 もしかしたら知っているかもしれない。

「劉鳳…って、劉家の?君、劉家と関係ある子?!」

 男性は思いがけず出てきたカズマの言葉に驚きを隠しもせずに云った。
 劉家といえば市街でも一、二を争う資産家。
 知らない人間などいない――とは言い過ぎかもしれないが(どこにだってそういうことに興味を持たない人間はいるものである)まぁ普通に名前くらいなら知られている。

「なんかよくわかんねぇけど…知ってたら教えてくれよ。
 りゅうほうってヤツに逢いたいんだ」

 男の驚きように多少なりいぶかしみながらも、カズマはせがむように云った。
 せっかくの手掛かりだ。
 みすみす逃す手はない。

「いや…君、いったいどんな用があるんだい?」

「別にそんなのどうだっていいだろ。早く教えてくれよ」

 せがむカズマに、男はどうしたものかと頭をかいた。
 そう簡単にほいほいと教えて良いような家ではない。
 しかも目の前にいるこの子供。
 あやしいくらいにみすぼらしい。
 とても劉家と縁があるとは思えない。

 どうしたものかと頭上を仰ぎ、ふと視線を戻すと。

「あ、あれ?!」

 子供はどこにもいなかった。
 後には「どこだどこだ」とひたすらそれだけを喚(わめ)きながら辺りをきょろきょろと見まわす不審な警官が一人。
 人波の中に残された。











「ッたく…。なんだったんだよ、あいつ」

 不審な警官が喚いている場所から少し離れた所を、ぶつぶつと文句を零しながら歩いていたのはカズマであった。

 自分をあからさまに怪しんでいる男が自分から視線を反らせたのを隙と取り、さっさとその場を離れたのだ。
 野生の感が働いたとも云う。

 しかしせっかくの手掛かりを逃したのは痛かった。
 さて次はどうしよう?

 思い悩んだ挙げ句(実は大して悩んでもいないが)カズマは結局、市街に着いて一番初めに自らがそこに捜し人がいることを否定した空港に行くことにした。












「「あっ…」」

 声を発したのは同時だった。
 お互いに口を開いて目を丸くして。
 指で差し示して。

 まるで鏡のように同じ。

「カズマ…」

 先に呟いたのは劉鳳だった。
 どこか呆然とした…信じられないとでも云いたそうな顔をしている。

「どうして…ここに」

 そう呟いた彼に、今度はカズマが云った。
 にっこりと笑みを浮かべて。

「なんか俺ってけっこう運がいいかも☆」

「?」

 カズマの云っていることの意味がさっぱり分からない劉鳳は、ただハテナマークを飛ばすばかりだ。
 カズマはそんな劉鳳に満面の笑顔で駆け寄り、それから今までずっと大切に抱えていた小ビンを差し出した。

「えっ…?」

「お返し」

 問いかけるようにカズマと小ビンを交互に見やる劉鳳に、カズマは一言云った。

「この間のやつの」

 それで劉鳳は合点がいった。
 そうと解かると心の中にふんわりとした暖かさが広がってくる。
 嬉しくて顔がにやけそうになり、劉鳳は手を顔に当てた。

「これ取って置きのやつなんだぜ」

 嬉しそうに笑いながらカズマが差し出した小ビンの中に入っているのは黄色いとろりとした液体。

「俺が知ってる限り最高に甘いんだ。はちみつっていうんだぜ」

 知ってる。
 しかももっと純度の良いやつを。

 だが劉鳳はそれを云いはしなかった。
 カズマの行為が何より嬉しかったし。

「おいしい…」

 カズマに勧められて一舐めめしたその蜂蜜は、彼が口にした事のあるどんな蜂蜜や甘いお菓子よりもおいしかったから。

 思わず零れた劉鳳の呟きに、カズマはそれまでで一番の。輝かんばかりの笑顔を彼に向けた。

「だろ!」

 あまりにも嬉しそうにそう云うから、蜂蜜の甘さよりもそっちにばかり気がそれてしまう。

 赤くなる頬を必死で掌で押さえている劉鳳と、何も解からずに笑ってそんな劉鳳を見つめているカズマ。
 一見すると何の接点もないようなそんな二人の周囲を、和やかで暖かな空気が包んでいた。

「そういえば…」

 ふとカズマが思い出したように云った。

「?」

 劉鳳が視線だけで問いかける。
 その手にはカズマから貰った蜂蜜入りの小ビンがしっかりと握られている。

「いや…お前さ、どうして今日ここにいたんだ?」

「!!」

 カズマの台詞に、劉鳳は思いきり動揺した。
 とたんに顔が真っ赤に染まる。
 今にも爆発しそうな勢いだ。

「そ、それは…」

「なぁ、なんでだ?そんなにここに用があるのか?」

 それともここが好きなのか?

 しつこく問いかけるカズマに、劉鳳は曖昧な態度で返す。

(云えない…)

 劉鳳はカズマから視線を外して胸中で呟いた。
 冷汗が流れる気がした。

 それからずっと二人は話し込んで。
 笑い合って。
 楽しくて。

 時間が経つのあっというま。

 二人はそれぞれの居場所へと帰って行った。
 自分の今、生きる場所へ。






















 云えないよ

 もしかしたら
 もう一度
 君に逢えるかもしれないと
 そう思って通っていたなんて

 絶対に云えない

 止める全てを振りきって
 こんなに我侭になったのは初めてで

 君に貰った何より甘い幸せに
 心から感謝を送りたい
































コロコロ転がる甘い幸せ
キラキラひかる甘い香り

お礼をしよう

君に貰った甘い幸せ
甘い甘い幸せを送ろう

幸せのおまじない





ねぇ…

受け取ってくれる?


































































甘い蜂蜜 トロトロリ

































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劉鳳に蜂蜜をあげるカズマが書きたかっただけ
ってこれだと「飴玉」の時と同じじゃんか(汗)
とうわけで(どういうわけだ?)「飴玉」の続きです
子供劉カズ…になってるのか?これ
これは「飴玉」を書いてる時にセットで思いついた話です
劉鳳に蜂蜜を届けに来るカズマ〜vv
ゆうひの中でカズマは蜂蜜が好物です(笑)
感想いただけたらとっても嬉しいです(切実)



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モドル