想人との生活





















気持ちを抑えること

とても辛い

君への気持ち


























 HOLD内に悲鳴が轟く。
 カズマはその悲鳴に顔を顰めた。

 カズマに劉鳳。
 この場に居る誰もが悲鳴の主に視線を向ける。
 それは驚愕だったり非難だったり。
 人それぞれ違ってはいたけれど。

「うるさい〜」

 怒ったように非難がましく唇を尖らせて云うカズマの声に、劉鳳は声の主――水守とシェリスから自分に抱き着いているカズマへと顔を戻した。

「…カズマ」

「ん?何?」

 劉鳳が呼べば、カズマはすぐに顔を上げて劉鳳を見上げる。
 きょとんとした純粋なその表情に、劉鳳はカズマを思い切り抱き締めそうになるのを理性のありたっけをフル動員して押し止まる。

 ここでそうすることは出来なかった。

「どうしてここに来たんだ?
俺はお前に外へは出ないようにと云った筈だが?」

 劉鳳が少しきつい口調で云うと、カズマはしゅんとした様子で俯く。

「劉鳳に会いたかったんだもん…」

「……」

 ポツリと呟いたカズマの台詞に、劉鳳は驚きと嬉しさのあまり言葉をなくした。

 奇妙な沈黙があたりを包む。

 沈黙を破ったのは新たに現れた第三者だった。

「本当にお前の知り合いだったとわな〜」

 何処かのんびりとした気楽そうに聞こえなくもないその声の主の名は劉鳳も良く知っている。
 同じHOLY隊員のストレイト=クーガーだった。

「クーガー」

 劉鳳は不審そうにその彼を見た。
 クーガーは劉鳳の表情から彼の云わんとしていることを察し、訊かれる前に口を開く。

「そのガキがHOLD内部をお前の名前を叫びながら走り回っていたんでな。保護してお前の所へわざわざ連れ来てやったんだ」

 感謝されこそすれ睨まれるのはお門違いだと思うが…。

「そうだったのか…すまなかったな。クーガー」

 クーガーの言葉に劉鳳は云う。
 カズマを抱え上げると、カズマは劉鳳の首元に腕を回してしっかりと抱き着いてきた。

「なぁに、どうってことない。しかし・・・いったいどういう関係なんだ?」

 クーガーはいぶかしむように眉根をひそめた。

「そのガキが叫びながら走り回ってたおかげで、どうもいろんな噂が流れてるようだぞ」

 劉鳳はその言葉にようやく思い出した。
 視線を横に移す。
 そこにはいまだ固まったままの水守とシェリスがいた。

 シェリスの持ってきた噂は早退願の為。
 水守の持ってきた噂はカズマがHOLD内部で劉鳳の名を呼びながら走りまわっていた為。

 劉鳳はようやく二つの噂の出所について納得がいった。

「まぁ…それはその内消えるだろう。元々根も葉もない噂だ」

 劉鳳は冷めたような感じでそう返した。
 水守とシェリスには合えて声をかけはしなかった。
 声を掛けたが最後。
 今よりもややこしく騒がしく、そして煩わしくなるような気がしたからだ。

「しかしカズマ…お前、良くここまで来れたな」

 劉鳳が何処で働いているかなど、カズマはまったく知らないはずなのに。いったいどうやってHOLDに辿りつく事ができたというのか。

「ん〜?えっとねぇ〜黒猫のおばちゃんに聞いた〜」

「黒猫の?」

 劉鳳は眉根を顰めた。
 カズマは元は猫だ。
 猫の言葉が分かっても決して不思議ではない。
 不思議ではないが…。

「ミャオ」

「あっ、黒猫のおばちゃん!」

 床に目を向けると、そこには黒猫が一匹。
 カズマをHOLDまで送り届けたという猫だろう。
 まったくもって気がつかなかった。

「ミャオ」

「うん!ありがと!」

 そうして黒猫は来た道を戻って行った。
 カズマは嬉しそうな笑顔で。クーガーと劉鳳は不思議そうにそれを見送る。

「…カズマ、あの猫はなんていったんだ?」

 とりあえず。
 劉鳳はカズマに顔を戻しそれを訊ねた。

 カズマの嬉しそうな表情もそうだが、何よりカズマと自分以外の誰かが何を話していたのかが分からないという事が気にいらないし、その内容が気になってしょうがない。

 カズマは劉鳳にきょとんとした顔を向け、それから少し考えるようにしてから。

「へへへ。内緒」

 笑いながらそう云った。
 劉鳳は顔を顰める。

(内緒〜♪)

 劉鳳に思いきり抱き着いて、カズマは胸中で呟く。

 ――大好きな人に逢えて良かったわね。

 黒猫のその台詞に頷いたのは自分。
 でも教えない。
 大好きな劉鳳には、この気持ちはまだ秘密。

 ようやく我に返った水守とシェリスやその他大勢に、カズマは親戚の子だとか知り合いの子だとか適当な言葉で誤魔化して。
 いまいち納得のいってなさそうな彼らはもちろん無視をして。
 劉鳳は予定通り早退をした。

 本当のことを云っても良かったが、余計に混乱させそうだったし…何より誰も信じわしないだろう。

 猫が急に人間になりました。

 なんてこと。

 何着か服を買って帰る。
 カズマによく似合いそうな可愛らしい子供服を幾つかと、カズマが選んだ動きやすそうな衣服と。

 あとはそう。
 香ってくる甘い香りに引き寄せられてカズマが手に取って来たケーキやらのお菓子を少々。

 甘やかしすぎかとも思ったが、カズマの好みを知るためにも今はいろいろと食べさせてやりたい。

 せっかく自分に逢いに来てくれた事も嬉しかったから。

(言い付けを守らなかった部分はこの際多めに見ておくか)

 理由が理由なだけに、ついつい甘くなってしまう劉鳳だった。
 その時のことを思い出し、口元がゆるみそうになるのを手を当てることで隠す。

 途中顔を赤くして俯く劉鳳を、ハテナマークを飛ばして眺めるカズマを見受けることが出来たりしたのだが…劉鳳はまったく気がつかなかった。

 劉鳳がそれを知ることはないが…もしそのことを知り、尚且つその時のカズマの表情を知ることが出来ならば、自分で自分を思いきり恨んだことだろう。

 つまりその時のカズマはそれほど可愛らしかったのだ。
 少なくとも道行く人々が顔を赤らめて振り返り見惚れるほどには愛らしかった。











 家の扉はオートロックになっている。
 セキュリティがきちんと働いたらしい。

 ある意味カズマがHOLDにやって来てくれて良かった。

 劉鳳はそう思う。
 鍵がかかり、カズマが家の外に一人で放り出されたままになるよりはずっと安心である。

「ただいま〜」

 家の扉を開けてやると、カズマは嬉しそうにそう云いながら家の中へと駆けて行った。
 その無邪気さに思わず笑みが零れるのを劉鳳止められなかった。

「劉鳳〜お腹空いた〜」

 そう云って自分を見上げてくるカズマに笑みを浮かべることで応える。頭を撫でてやれば、カズマはくすぐったそうな、嬉しそうな表情で首を竦める。
 その様子が愛しくて、劉鳳は笑みを深くした。

 食事の仕度をして、一緒になってそれを食べて。
 カズマが笑顔で「おいしい」と言ってくれるから、自分もいつもよりずっと食事がおいしく感じる。

 食後には先ほど買ってきたお菓子を出してやる。
 頬を赤くして、目をキラキラさせるカズマのその様子に、劉鳳は苦笑した。

 風呂に入れてやり、今日は買ってきた寝巻きに着替えさせてやる。
 だぼっとした白い上着と膝丈までの白いパンツ。
 ボタンが自分で掛けられないカズマは、大人しく劉鳳にボタンを留めてもらう。

 劉鳳は自分のセンスに拍手喝采を送りたい気分だった。
 可愛すぎて直視できないというのはどういうことであろうか。
 頬を赤らめて顔をそむけた劉鳳に、カズマは買い物帰りの時とまったく同じ、不思議そうな表情をしてみせたのだった。











 それからどれほどの時が過ぎたのか。
 あまりにも幸せすぎるその時は大して長くはなかったが、今までの人生からすればとても長く感じる。

 しかしその間の劉鳳は大変だった。
 寂しそうな顔で仕事に向かおうとする劉鳳を見送るカズマを前にして、劉鳳に彼を置いていけるはずはなく。

 HOLDに連れて行けばクーガーだとかその他いろいろとカズマによってくる害虫は後を絶たず。

「劉鳳〜」

 駆け寄ってきたカズマの右腕と右肩には、アルターが。

「アルター能力者だったの?!」

 固まる周囲をよそに真っ先に声を上げたのはシェリスだ。
 何かと劉鳳に気を使われるカズマにあまり良い思いは抱いていないようではあるが、カズマはあくまで子供で少年。嫉妬をするのはお門違いというものであろう。

 そう自分に納得させた様子である。
 もっとも、それはもう一人の黒髪の美女――水守も同様であるらしかったが。

 まあそんなこんなで、マスコット的存在としてHOLYのみならずHOLDにまで受け入れられたカズマであった。
 劉鳳としては気が気ではない。

 ところ構わず自分に甘えてくるカズマのその行為はもちろん嬉しいのだが。
 はっきり云って理性はかなり前から限界である。

 劉鳳は一日中心労に苛まれていた。

 自分に抱き着いて眠るカズマが隣にいたのでは、そうそう心安らかに眠ることさえ出来ないのだ。

 カズマは子供である。
 カズマは男である。

 この二つの事実だけが、劉鳳の理性をギリギリで支えている要因であった。

(明日は休みか…)

 本来であればカズマをどこかへ遊びに連れていってやりたいところだが、今は少しでも休みたかった。
 でなければ体がもたない。

 そう思っていた次の日の朝。
 休日。

 いつもの習慣は中々抜ける物ではない。
 目覚ましなどなくとも身体は普段目覚める時間になると勝手に目覚めてしまうのだ。

 目覚めた劉鳳はベットの上で言葉なく呆然としていた。

 自分の隣で気持ち良さそうに眠るのは赤い髪の少女。
 細く華奢な体つきはそれでも柔らかな丸みを帯びている。
 年の頃は劉鳳と同じか一つ二つ年下くらいといったところだ。

「ん〜?劉鳳?」

 劉鳳が呆然とその少女を見下ろしていると、少女は眠気眼(ねむけまなこ)をこすりながら呟いた。
 半身を起こすと、少女の体系には小さすぎる子供用の寝巻きからは少女の白い肌が窺がい見えて、劉鳳は目のやり場に困った。

「…どうしたんだ?……ってあれ?」

 少女は目を瞬かせた。
 金色の綺麗な瞳で自分の身体を見下ろす。

「俺…また違う姿になったのか?」

 そう云ってきょとんと劉鳳を見つめるその姿はまぎれもなくカズマその者で――。

「カズマ」

 もはや劉鳳の理性を繋ぎ止めるものは何一つなくなってしまっていた。

「りゅ…劉鳳??」

 わけも分からないまま劉鳳に押し倒されるカズマ。
 初めて味わったその体験に、カズマはその日一日中ベットから起きることが出来なったとか。
 本能の赴くままに動いた男は、何やらすっきりとしていたとか。

 とにもかくにも。
 二人は出会った時から想い合い。
 相手を互いに求める関係。

 その日、二人は恋人になった。


























大好きな人が傍にいたら

触れたいと思ってしまうのは
もう仕方がないことでしょう?

その人に逢いたいと思ってしまうことも

気持ちは抑えきれなくて

「好き」はいつしか大き過ぎ
「愛している」にかわってる

ねぇ…君に触れさせて――
























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「子供との生活」の続編。
「想人」は「オモイビト」と読みます。
そしてなんと…まだ続きます。これ。
本当はもう終わりでもいいんですけどね。
というか、カズマ最後女の子になっちゃったし…(汗)
もしかしてこれの為に裏に置いたのか?!
決して否定できない自分がいる。
なぜなら女の子カズマを最終的に出そうと思っていたのは
「子猫との生活」を書き初めた当初から予定していたから。
結構最後まで悩んでたけど。
ッつうか結局劉鳳我慢できなくなっちゃったね(爆)
いろいろと書きたいシーンは細々(こまごま)と
あったりしたのですが(HOLYでの様子とかHOLD及び
HOLYの人達とカズマとの関わりとか他にもいろいろ)
例によって無駄に長くなるだけなのでカット。
もう暫らくお付き合い頂けると嬉しいです。
感想いただけたら泣いて喜びますです。



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モドル