生活の外で
--side M--




















小さな命

みんな

心和ます


























 白く清潔な部屋。
 子供を抱く母親。
 それを暖かな瞳で見守る父親。

 桐生水守はガラス制の透明な壁を一枚挟んでその様子を見…顔を俯かせてその場から小走りに走り去った。















「辛いですか?みのりさん?」

「水守です。クーガーさん」

 廊下の突き当たり。
 窓から外に広がる空を見ていた水守の背後から掛かった声は、彼女も良く聞き知った物で。
 その声のいつも通りの台詞に、水守もまたいつも通りの応えを振り返ることも無く返した。

 相変わらず窓の外を見たままの水守の隣に、クーガーと呼ばれた男が立ち並ぶ。

 いつもと同じ。

「ああ、すみません」

 そう、軽く謝罪する。
 彼特有のコミュニケーションノとり方とでもいうものであった。
 だからそれに一々まじめに返してくれる相手にしか使わない。

「それで?…辛いですか?」

「…辛くないと言ったら…嘘になるでしょうね。……でも…」

「でも?」

 水守の言葉にクーガーは先を促がすように黙る。
 水守は暫らく押し黙ってから…それからゆっくりと言葉を選ぶようにしながら発し始めた。

「…でも、私には、彼に、あんなに幸せそうな表情をさせる事が出来ませんでしたから…」

 先ほど見た光景が蘇る。

 白く清潔な部屋。
 子供を抱く母親。
 それを暖かな瞳で見守る父親。

「悔しいと言えば…やっぱり悔しいです…」

 大好きな人だった。
 子供の頃から。

 久しぶりに会って、その人の瞳は厳しさに彩られ…まるで優しさなどないかのような。

 消えた安らぎを取り戻させてあげたい。
 温もりを与えてあげたい。
 傍にいたい。

 そう願ったのは素直な自分。

「だって、突然現れた人ですよ。…彼とどこで出会ったのかも何も知らないし…正直ショックだったんです……けど」

 愛しい人が選んだのは自分ではなかった。
 その人が求めてやまなかったの自分ではなかった。

 その人が心から真の安らぎを得るのも。
 その人が最も温もりを得たいと欲して止まないのも。
 その人が傍にいて欲しいと感じるのも。

 そう。
 自分ではなかった。

 彼が選んだのは。
 彼が求めたのは。
 自分ではない、自分のまったく知らない人だった。

「彼を愛していました。いえ…今も、きっと愛しているんだと思います」

 水守は云った。
 その瞳には迷いは無い。

 彼女の真っ直ぐな瞳は、もはや俯いてなどいない。

「だから、彼の愛するものも…私は愛せるんだと思います」

「と、言いますと?」

 クーガーが訊ね、そこで水守はようやく彼にその顔を向けた。
 彼女特有の、強く真っ直ぐな。それでいてやわらかさを持つ微笑だった。

「可愛いですよね…赤ちゃん」

 微笑をさらに深くして、彼女はそう云ったのだった。

 白く清潔な部屋。
 子供を抱く母親。
 それを暖かな瞳で見守る父親。

 水守は思い返していた。

 産まれたばかりの赤ん坊。
 それを優しく抱く、今は母となった女性。
 それを見守るのは父親となった男性。

 彼女が…愛した人。
 愛している人。

 悔しいのも、辛いのも、哀しいのも。
 全て本当にある気持ち。
 正直な自分の気持ち。

 でもそれと同時に心の中に湧き上がってくるものがある。

 安心しきって眠る赤ん坊を、酷く愛らしいと思った。
 あんな風に、心から優しく微笑む彼を見て、心から良かったと…涙が出そうなほど嬉しく感じた。
 彼に安らぎをもたらしてくれた人に感謝の念も沸いた。

 全て本当の自分の気持ち。

「強い女性(人)だ…」

 クーガーが云えば、水守は再び微笑んで彼に顔を向けた。
 にっこりと微笑んだ彼女が紡いだのは

「光栄です。…とりあえず、今の私の一番の目的は、あの愛らしい赤ちゃんの家庭教師ですよ」

 そんな言葉だった。

 暫らくは沈黙が続き、それを破ることも無く言葉を発したのは、今度は水守だった。

「クーガ―さん」

「なんです?みのりさん?」

 水守が呼べば、クーガーはいつも通り名前を間違えて返すから、彼女もまたいつも通りに名前を訂正して見せた。
 やはりいつも通り。
 簡単な謝罪が帰ってきて、それから話しが進む。

「…ありがとうございます」

「何のことですか?」

 水守の礼の言葉に、クーガーはとぼけたように返すから、水守はやはりいつもの余裕と穏やかさに満ちたような微笑で云う。

「励まそうとして下さったんでしょう?私の気持ちは…周知の事実だそうですから」

 言葉にすることで。
 誰かに聞いてもらうことで。
 かなり気持ちが楽になった気がする。

 自分の気持ちが整理され、心が穏やかに落ち着いた。

 一人言葉にも出来ず。
 ただ暗く沈み込んだまま黙って考え込んでいたのなら。

 きっと。
 心はそのまま暗く染まっていたかもしれない。

 自分の中にある光りをも消し去って。

「さぁ?…ただ、あなたと話すための口実なだけです」

 水守が云えば、クーガーはいつもの軽い口調ではぐらすように云うから、水守もおどけるように返した。

「そういうことにしておいてくださるんですか?」

「そういうことにしておいて下さい」

 互いに小さな笑いを含ませて。
 それからまた、窓の外に広がる空に視線を向けた。

 そこに広がるのは青い澄みきった空。
 白い雲が緩やかに流れる。
 陽の光が暖かい。

「一緒に、行ってもらえますか?」

「どこへです?」

 水守が云えば、クーガーは視線を上げて云う。
 否定の言葉なく、おそらくは彼女の云いたい事など聞かずとも察しているのだろう。

 それでも尋ねるのは、彼女とより長く話したいからか。
 彼女に自分の気持ちをはっきりと紡がせる為か。
 それとも別の理由からか。

 水守は云った。
 その手に持っている袋を掲げて見せた。

「お祝いの言葉と…せっかく持ってきた贈り物を渡しに」

 彼女のやわらかな微笑に、クーガーは「もちろん」と肯定の意を示して。

 二人は並んで向かった。

 新しく誕生した命を抱(いだ)き、幸せに満ちた空間。
 愛しい人のいるところ。

 そこへ向かって。































新しい命

もたらす

優しい心




















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「日溜まりの生活」の続編。
タイトルは考えるの苦手なのです(怒らないで下さい;;)
今回は水守さんとクーガー兄さんでお話書いてみました。
カズマも劉鳳も直接出てこないお話って始めてかも?
クーガー×水守って結構好きです。
何だかんだ云って水守さんは強い女性だと思うのですが…。
結構願望が入ってるっポイ?(汗)
どうなんでしょう?やっぱりいつものように偽者…?(滝汗)
劉鳳とカズマ。二人の赤ちゃん産まれちゃってます。
今度こそようやく子供ネタ?でもその前に別サイドも書きたい…。
ちなみにこれ最終話放映前に書いたのです(その後にUPしたけど)
感想いただけたら嬉しいです☆



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モドル