+ 家族の生活 2nd +
--こどもごころ--

















だって、愛されていると知っているから























 知ってたよ。
 自分が普通と違うこと。

 気になりだしたのは最近のこと。
 でも、別にいいとも思うんだ。

 だって、自分が大好きな人たちは、いつだって自分を愛してくれているから。
 だから、いいと思ったんだ。

 どれほど、回りの目が痛くても。
 そう感じても。

 大丈夫だと、思い込もうとしてた。





 今よりももっと小さい頃は、お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんと。それから、おじいちゃん。
 自分と実際に血の繋がった人たちに、自分のことを生まれたときから知っている人たちしか、周りにはいなかった。

 だから、みんなとは少し違うな…と思っても、それだけだった。誰も自分とみんなの違うところを気にしたりはしなかったし、それが普通じゃないことだということさえ、誰も云わなかった。
 違うことは当たり前で、気にすることじゃない。

 実際、普通なんて言葉すら曖昧なもの。

 ぼくの耳は猫の耳。
 ぼくの歯はとがってる。
 ぼくの爪は他の人よりもずっと鋭い。
 ぼくの目は夜の闇の中までも見通せる。

 他の人とは違うと思った。でも、おかしいことだとは思わなかった。





「あかあさん、ぼく、猫さんと同じお耳なのに、猫さんたちの言葉わからないよ」

 云えば、お母さんは云った。

「俺は人間の耳だけど、ちゃんと今でも言葉がわかるぜ」
「じゃあ、何でぼくはわからないの?」
「しらねぇ」
「……」

 いつものことなので、お父さんに聞いた。

「人間だから生まれたばかりの赤ん坊のときから言葉を話せるわけではないし、どこの国の言葉でも話せるわけではないだろう?」
「うん」
「人間が言葉を話してコミュニケーションを取れるのは、子供のときからその言葉を聞き、理解していくからだ。カズマは初め猫の社会の中で育った。けれど、陽。お前は、生まれたときから人間の中で生きているだろう?だから、猫の言葉がわからないのは当然だし、それでいいんだ」
「うん!」

 お父さんは、きちんと答えをくれる。
 お母さんがお父さんを好きなのは、やっぱりお父さんが頼りになるからなのかな(←決して違うだろうということは、まだ夢抱く子供には語らなくていいことである)





「なんで、ぼくだけお耳が猫さんみたいなの?爪や歯もそうだよ」
「陽くんのお母様が、元々は猫さんだったからだそうよ」

 水守先生は、ぼくとお姉ちゃんの先生。とっても頭が良くて優しい。
 でも、水守先生の言葉は少しだけ嘘な気がする。
 きっと、水守先生の答えはあってるんだろうけど、水守先生はそれを信じていないような気がする。
 他の人たちも…そんな気がする。

 だって、猫が人間になるなんておかしいことだもの。
 いろんな物語もそう云ってる。
 人間以外の動物が人間になることも、その逆も、おかしいなことだって。普通はありえないことだって。

 でも、ぼくのお母さんは猫だったんだ。

 学校に行くようになってから、お姉ちゃんはそれを云わなくなった。





 おじいちゃんは優しい。
 一度、何かにひどく驚いて、ぼくはおじいちゃんにけがをさせてしまった。でも怒らなかった。
 逆に、あまりにもびっくりしすぎて泣きそうになったぼくを、こんなけがはたいしたことないからと云って、慰めてくれた。

 何に驚いたのかは、もう覚えていない。それ以上に、おじいちゃんにけがをさせてしまったことに驚いたから。

 「アルター能力」というらしい。

 お姉ちゃんとおじいちゃんにはないけど、お父さんもお母さんも、お父さんたちの知り合いの人たちもみんな持ってる。
 だから、それ自体は別におかしな力じゃないと思った。

 でも、そうじゃないと知った。










「何してんだ?ヨウ?」

 彩とりどりの花が咲き乱れるここは、劉家本宅の庭園。広大なそこに植えてある花々は、かつて劉陽の父の母親――劉陽には祖母にあたる――の、劉桂華が生前丹精込めて育て、愛したものである。

 劉陽はこの庭園を気に入っていた。
 あったことも話したことも、見たことすらない祖母の優しさに包まれているような心地になり、落ち着くことができた。

 父である劉鳳にそのことを話せば、彼も子供の頃は同じ気持ちになったと、どこか悲しそうな顔で云った。
 懐かしいのに、とても哀しくて、つらそうで。なんとも云えぬ思いになり、それ以来祖母のことを父に話すことはしなくなった。

 いつか、もう少し時間がたてば、父の方から話してくれるかもしれない。
 たくさんのことを。

 劉陽は呼びかけられて振り向いた。
 そこには、彼の母親であるカズマがいた。

 以前父親が云っていた。
 今の自分は、カズマの隣りが一番心が温かくなる。
 父が、本当に母を愛しているのだと知って、嬉しくなった。

 両親のことは、家族のことは、大好き。

 カズマはとことこと劉陽のもとに歩いてくる。
 その顔を覗き込み、にっと笑ってから、軽々と抱き上げた。

「ま〜た、つまんねぇこと考えてんな」

 高く高く抱き上げられ、まるで小さな子供が高い高いをしているような格好だ。
 事実、劉陽はまだ5歳になったばかりだから、してもらってもおかしくはないのだが。少し大人びている彼にとっては、少々不服なことであるらしい。
 わずかに顔を顰めさせれば、彼の母であるカズマは、さもおかしいといわんばかりに、くつくつと笑う。

「お母さん」

 少し非難の色を滲ませて呼び掛ければ、「悪ぃ」と、まるでそんなこと思ってもいないように云った。目がまだ笑っている。
 目だけで先を促せば、母親は口を開いた。

「お前って見た目は俺にそっくりなのに、中身は劉鳳の奴にそっくりだよな」
「お姉ちゃんはその逆だよ」

 劉陽はなんとかそれだけの反論をした。

「…なに考えてたんだ?」
「別に…なんにも…」

 劉陽が目を逸らせれば、カズマは一つため息をつく。そして、またおかしそうに。けれど、今度は優しげな苦笑を作った。

「ほんと、お前って劉鳳そっくりだ」
「……」

 父親のことは好きだし、尊敬している。だから父親に似ているといわれることに嫌な気はしない。
 けれど、なんだか面白いものを見るようにされるては、子供心にもあるプライドが許せない。

「あいつも、くっだんねぇことでいつまでもいつまでも一人で悩んで、ぐるぐるぐるぐるドツボに嵌ってくんだよな」
「お父さんが?」

 そんな父親を、劉陽は見たことがない。
 彼の知る父親は、いつも姿勢をぴんっと伸ばした凛々しい男性だ。素早い状況判断と的確な指示を出すその姿に、それが自分の父親であるということに誇りと喜びを感じたことは少なくない。

 仕事をしている父親も格好良くて大好きだが、家で自分たちと一緒にいるときの穏やかで優しく、知的な父親も大好きだ。
 けれどそれ以上に、母のことを話す父が大好きだ。
 この世の何よりも暖かで、この世の何よりも幸せ。それが伝わってきて、こちらまで幸せになれる。
 たった一人の誰かをあんなにも愛することのできる父親が、劉陽は大好きだった。

 けれど、母のいうような父というものは見たことがない。
 本当に、あの父が今の自分のように悩んだりするのだろうか?

 不思議に思って無言のまま小首を傾げていれば、そんな息子の気持ちを察した母親がまた微笑う。

「本当だぜ。すっげぇ不器用で、格好悪い」
「じゃあ、なんでお母さんはお父さんとけっこんしたの?」
「それはな……」










 結局、あの時、母はそれには答えてくれなかった。
 ただ、ぼくにこう云った。



「愛してくれてるって知ってるから」



 それは答えのようだけれど、答えではないと知っている。
 嘘ではないけれど本当でもない。
 何でそう思うのかなんてわからないけれど、そう感じる。
 ぼくが顔を顰めたら、母はまた笑った。

 そして一言。

「本当は、感じただけなんだけどな」

 また、おかしそうに。
 けれど、嬉しそうに笑った。










 思ったとおりに生きればいい。
 そうすれば、道はおのずと見えてくるから。

 立ち止まることも時には大切かもしれないけれど、自分が何をしたいのか、何を感じているのか。
 わからなくなるのだけはだめ。
 立ち止まり続けすぎると、大切なものは何も見えなくなってしまう。

 見失ってしまう。

「考えるより先に動いちまえよ」

 自分が自分であるために。
 何よりも自分らしく。

 カズマは云いながら、そういえば、こいつの父親は答えが出ると誰よりも唐突に、大胆に、考え無しに動く奴でもあったな。
 などと考え、また一人胸中で笑った。










 結局、母が何を云いたいのかったのかは、あのときのぼくには良く分からなかった。
 ただ、母も父のことを愛しているのは感じたから、いいと思った。
 どうしてそう感じたのかぼくには云うことができないように、母も云えないだけかもしれないと思ったから。
 それに、母の云ってくれたあの一言で、ぼくの悩みはとりあえずどこかに吹き飛んでしまったから。

 母は、ぼくにこう云った。

「おまえは、愛されてる」

 庭中の花が、それを肯定しているかのように舞い、ぼくはただ笑って、頷いたのだった。




















だって、愛されていると知っているから


















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お久しぶりの生活シリーズです。
今回は陽くんの成長を描いてみました(文の前後の書き方の違いとか…)
これを書いたら、もうこのシリーズは本当にこれでおしまい。
とか、思いながら書き始めたはずなのですが…あれ?
ちょっとまだ分からなくなってしまいました。
読んで下さった方の中には感じた方もいるかもしれませんが、そうです。
劉籟ちゃんです。ここではまあ、だいたい10歳位でしょうか?
彼女は学校に通うようになりました。
でもこの中ではきちんとその様子について触れてないです。
なので書かなければいけないかもしれない…などと思ってしまったり。
どうなるかは今のところまったく分かりませんし、忘れてそのままに
なる可能性がかなり高いです。何よりも連載小説の方をさっさと仕上げろ。
というお言葉の方が飛んできそうな気がします。


ではでは、ご意見ご感想ありましたらぜひ!!



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モドル