ぴくにっく
――天気がいいから――
必要なものは何? …お弁当。 やっぱりこれは欠かせないでしょ。 だってほら。 彼はとかく食べることしか興味なさそうだし…。 「サンドウィッチっとおにぎり…カズくん、どっちの方がおいしいって云ってくれるかなぁ?」 そう呟きながらダイニングで腕を組み、首をかしげて悩むのは、まだ八歳の少女だった。 名を由詑かなみ。 茶色いふわりとした髪に翠色の瞳のその少女は実に愛らしくオレンジの服も良く似合っていた。 彼女を悩ませているのは何か。 それは彼女の呟きを聞けば明らかなのだが、それにしても何故にサンドウィッチとおにぎりなのか? それは昨日の話に遡る。 「お帰りなさい!カズくん」 いつも通りの道楽亭主振りを発揮しているかなみの同居人カズくんことカズマは、今日も今日とてかなみに内緒の何でも屋の仕事を終え、君島邦彦のマシンに送られて少し遅めの御帰宅であった。 それを出迎えるかなみはいつも帰宅が遅い上に何をしているのかがさっぱりなカズマに多少文句を云いつつも、カズマがきちんと帰って来てくれたことにとても嬉しそうである。 「ただいま。かなみ」 カズマもかなみにお小言を云われながらもそんなかなみの気持ちを知っているから、苦笑のように微笑んでその頭を撫でて返した。 お小言に顔を顰めるのとかなみの気持ちが嬉しいのと一緒になった、どこか複雑な表情。 カズマのそんな微笑を見て、かなみは照れたように…それでもとても嬉しそうにして笑った。 かなみにとって、カズマは誰よりも大切で。 だから、彼が笑ってくれることは嬉しいことなのだ。 彼が穏やかに微笑ってくれる。 そうすれば、自分はいつも照れたように微笑む。 その時の穏やかな空間がとても好き。 「ねぇカズくん」 「あ?なんだ?」 「あ、あのね…あの……」 カズマが問えば、かなみは躊躇うように俯く。 カズマはハテナマークを浮かべたまま、それでもかなみの言葉をただじっと待った。 きょとんとしたカズマのその表情は、もしかすればかなみよりも幼く見えるかもしれない。 「あのね、私、明日牧場のお手伝いお休みしていいよって…云われたの…」 「ふ〜ん…」 かなみの言葉に、カズマはぼんやりと相づちを打つ。 かなみは必死で言葉を続けようと口を開く。 「カズくんは…明日、なにか予定ある…の?」 「うんにゃ。明日はなんもねぇよ」 「ほんと!?」 「あ、ああ」 ぱっと顔を上げて勢い込んで聞くかなみのあまりの勢いに押されて、カズマはいささか後ず去った。 「あ、あのね…それじゃぁ、私と一緒に明日でかけよう」 「はぁ?」 いきなり云うかなみに、カズマは呆けたような声を出した。 いったいどうしたというのだろうか。 「あ、あのね・・・だって最近カズくんいつもいないでしょ」 その通りだった。 ここ数日、カズマはいつも帰りが遅い。 今日は夕暮れ頃に帰ってきたが、最近はいつもかなみが寝入る直前かその後に帰ってくるのだ。 かなみはいつだって寂しい思いを。 カズマの身の心配をして日々を過ごしている。 少し寝不足にもなっていた。 そんなかなみの様子を見兼ねたのが、かなみがいつも手伝いに行っている牧場の人だった。 「かなみちゃん。明日はお手伝いはいいから、あのダメ男に思いっきり我侭云っておやり」 そう云ったのはかなみがいつも良くしてもらっている夫婦の妻の方だった。 「でも…カズくんに迷惑かけるのは…」 「いいんだよ。少しくらい迷惑かけてやれば。まったく、かなみちゃんがこんなに心配してくれてるってのに、いったい何をしてるんだか」 婦人はどこか怒りを含ませるようにして云う。 どっしりとした構えは、女性として強く生きてきた年期を十分に含んだ貫禄に満ちている。 「かなみちゃんみたいな良い子、あんな奴にはもったいないよ。どうだい、いっそのことうちの子になってくれないかねぇ」 「い、いえ…その…カズくんと一緒に居たいです…から……」 「あはは。お熱いねぇ」 「あ、あの……」 周囲に暖かな笑が起こり、かなみは恥ずかしそうに頬を赤らめた。 その様子がまた愛らしく、人々は暖かな目でこの少女のことを見つめる。 「まっ、こんなだけかなみちゃんが思ってるんだ。ちょっとくらい我侭云って外に連れ出しても、罰は当たらないよ」 ねぇ?そう思うだろう? 婦人が聞けば、周囲の外の方々も「そうだ。そうだ」と皆が皆一様に頷く。腕を組み、なにやら重々しそうに頷くお爺さんも居たりして、そこは笑顔にとても輝いていた。 「それで、おばさん達がそう云ってくれたの」 「それでか…」 かなみの説明に、カズマは多少反省した。 いくら仕事とはいえ、内容も帰宅時間も説明せずに夜遅くまで一人にしているのだ。 心優しいかなみが心配するのは当然のことで、少し考えればすぐにわかること。それでも彼女は自分に心配かけまいとして一人で耐えてしまうから。 「いいぜ…。で?どこに行きたいんだ?」 カズマはかなみに了承の意を示してみせた。 いつも心配ばかり掛けているから。 一人で我慢してしまうから。 人の事ばかり気にして自分の言葉を飲み込んでしまうから。 とても珍しい彼女の我侭を叶えたい。 お願いを聞いてあげたい。 そう思ったのだ。 カズマの言葉に、今度はかなみが考える。 「どこ」と、具体的に考えてはいなかったのだ。 行きたいところはいくらでもある。 でも逆に、カズマと…大好きな人と一緒なら、どこでもかまわないという思いが強くもある。 必死で考えて、かなみはようやく口を開いた。 「あのね、とってもきれいな草原があるの。お花が咲いててね大きな樹があって…そこがいいな」 「んじゃ決まりだな」 かなみが云えば、カズマはいつもの優しい明るい笑顔で返したのだった。 「あっ、君島とかも誘うか?」 大勢の方が楽しいかもしれない。 以前仕事で知り合った「寺田あやせ」とかも、云えば付き合ってくれそうだ。 「えっ…あ、でも、君島さん要とかあるかもだから…急に誘ったりしたら悪いよ。カズくん」 カズマが気を使ってした提案を、かなみは慌てて否定した。 だって、せっかくのおでかけ。 やっぱり二人だけで行きたい。 (君島さんには悪いけど…) かなみが胸中で謝罪していると。 「それもそうだな。…じゃぁ、明日はかなみと二人でのんびりするか」 カズマはかなみの言葉に疑いもなく賛成する。 そんなカズマに、かなみがそっと安堵の息を吐いたのは…誰にも内緒のこと。 そんなこんなでかなみは必死で考える。 何を考えるかといえば用意するものだ。 朝早く起きてみればピクニックには最適の日和。 お日さまがさんさんと輝き、空は青くどこまでも澄んでいる。 せっかくお天気が良かったのだ。 なにがなんでも楽しい物にしたかった。 (だって…) まるでデートみたいでどきどきする。 大好きな人と大好きな場所へおでかけ。 お弁当を持って…。 かなみは少女らしい可愛い考えに小さく頬を染めた。 「…やっぱりサンドウィッチにしようかな」 ようやくお弁当のメニューが決まったようだ。 照れ隠しに声に出して呟いた。 別に誰も聞いてはいないのだけれど…やっぱり、ね。 そんなこんなで。 今だ眠りの中にいる彼(か)の人はそのまま。 かなみはお弁当作りに精を出すのだった。 太陽は青い空の頂上。 生い茂る草は緑に萌ゆる。 カズマとかなみは木洩れ日溢れる木陰の下にいた。 二人の前には、今朝かなみが早起きして一生懸命作ったお弁当。 木の枝で編まれたバスケットの中には、たまごにハムに…色取り取りの具の入ったサンドウィッチたち。 カズマはもぐもぐとそれをたいらげていく。 「おいしい?カズくん」 「まずい」 かなみが訊けば、カズマは即答する。 そんなカズマにかなみは「酷いよ、カズくん…」と、しゅんとして。少し怒ったように頬を膨らめさせるが、でも別に本気で怒ってなんかいない。 カズマの言葉が、心から吐かれた物ではないことを知っているし…何より、彼はかなみの作った食事を残したことは一度もないのだから。 そのことが、かなみには少しだけ嬉しかった。 そのこと思うと、いつも心が温かくなる。 (でも…いつか絶対に「おいしい」って云わせてみせるんだから!) かなみは胸中で決意も新たに誓ったのだった。 のんびりと心地の良い風に吹かれて。 鳥の囀りが聞こえてくれば耳を傾けて。 暖かい陽の日差しに眠気が湧いてくる。 心地良すぎて、まるで現実ではないような錯覚を覚える。 二人は心地良い空間に包まれて。 のんびりとした時間はゆっくりと過ぎていく。 「ねぇ…カズくん」 「んぁ?」 半分眠りかけていたようなカズマの返事に、かなみは小さく微笑んだ。彼の琥珀色の瞳に自分の姿が写し出される。 「あのね…」 一度言葉を切ってから。 「また、一緒に出かけてくれる?」 少しの不安を滲ませて。 それでもありたっけの勇気を振り絞って。 「別に」 訊ねれば、素っ気無い返事。 でもそれは決して否定ではなくて。 彼の照れ隠しの肯定の返事だと分かったから。 「うん。ありがとう、カズくん」 かなみはそう云って微笑んだ。 帰り道。 もう陽は暮れかけ、辺りは陽の赤に染まる。 「カズくんv今日は楽しかったね」 赤茶の髪は陽の赤と混じりさらに赤く染まり…その頭上から、カズマに肩車されたかなみが云えば、彼は苦笑しながらも彼女と同じ気持ちを返すから。 「また、来ようね」 少女は嬉しそうに笑うのだった。 |
たまには我侭を云ってみるのもいいかもね |
--------------------------------- こめんと ----
某雑誌(笑)を見て急に書きたくなった物です。
カズかな〜。ってか、かなカズ〜。
どっちでもいいんですけどね(どっちでも好きだから)
読んで下さった方いましたらありがとうございます。
感想とか頂けたら嬉しいです。
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