+ 明日は明日 +






















なにがどうなってこうなってなに?































 カズマは混乱していた。
 それはもう酷く激しくこれでもかというほどに。

(なんで…)

 わけの分からないまま胸中で呟く。
 その台詞はまさにこの時には適切であった。というよりも、この時に使わずしていつ使うというのかという感じである。

 カズマは子供になっていた。

 見た目は五〜六歳の少年だ。
 赤い髪に琥珀色の瞳はそのまま。身体だけが逆行したとでもいうかのように、見事なまでに縮んでいた。

(…ええっと)

 未だ混乱する頭で、カズマはこうなった原因を探ろうと必死に一瞬前の記憶を呼び戻そうとする。

 身体が縮んだ瞬間に記憶のすべてがすっ飛んで、頭が真っ白になったからだ。

(確か飴食って…)

 それは仕事の帰りだった。

 小腹が空いたような口寂しいような。
 そんな気分に襲われて、なにかないかと自分の(HOLY隊)服のポケットをさぐる。
 すると中からは飴玉が一つ見つかった。

 パクン。

 と、まるで「ラッキーv」とでもいうかのような気楽さで、カズマはその飴玉をなんの警戒心もなく包みからだし口に含んだ。

 その瞬間。

「……」

 身体が縮み、そこからは冒頭の通りである。

 不思議なことに服までが縮んでいた。
 子供の頃に着ていたダボダボでボロボロのティーシャツに、これまた大き過ぎて裾を幾重にもまくったズボン。

 カズマは再び考えた。

 あの飴はいったいどこから手に入れたものだっただろうか?

 普段特別使わない上に、記憶力が良いとも云えない頭だが、なんとなくこれはただ事ではない非常自体な気がする。
 よって、考え事が苦手だろうがなんだろうが、何がなんでも動いてもらわなければならなかった。

 記憶の底から浮かび上がって来たものは、まだ…というかまったくこれっぽっちも遠くない記憶。

 たかだか数時間前のこととだ。

 これもやはり仕事のことだった。
 今回のHOLYの任務は荒野に点在する村々への援助物資を運ぶこと。

 とある村の一つに到着して他の隊員やHOLDの人間が物資を運ぶのをボーっと見ていたカズマに、村の…だろう。何やら馴れ馴れしいオバチャンが、見た目の通りに馴れ馴れしくカズマに背後から声をかけてきた。

 声のした方にカズマが振り向くと、そのオバチャンはにっこり笑って飴玉を一つ差し出した。

「?」

 疑問符を浮かべて差し出される飴玉とオバチャンを交互に見やるカズマに、そのオバチャンはにっこりと…あたかも人の良さそうな――端から見れば怪しいことこの上ない――笑みを浮かべて見せた。

「いつもありがとうね。これはほんの気持ちだよ」

 そう云うオバチャンに、カズマの本能のどこかが妖しすぎると警告を発するが、特に断る理由もないのでカズマは黙ってそれを受け取った。

「ふ〜ン…サンキュ」

 云って飴玉を受け取れば、オバチャンはまたにっこりと微笑んでその場から離れていった。

「……」

 あの時のだ。

 カズマは胸中でうめいた。
 あの後他の隊員に「黙って座ってないで手伝え」と急かされ、飴玉をポケットに入れたままその場を離れた。
 それきりすっかり忘れていたが…。

 さてどうした物か。

 カズマは考えた。
 飴玉を自分によこしたオバチャンのいる村。
 はっきり云ってカズマはそれがどこにあるか憶えていない。

 どこにあったか他の隊員に聞けばすぐに分かるであろうが…だがしかし。

 カズマはそこまで考えてその顔を歪ませた。

 他の隊員に尋ねるということは、自分の今の状態を知られるとうことだ。当然そうなった理由も訊かれ、そして…。

(ぜってぇバカにされる…)

 笑い者になるのは目に見えていた。
 ともすれば元に戻った後も延々とからかわれ続けるかもしれない。
 迂闊(うかつ)だ、なんだと説教を受けるのもゴメンだった。

 どうしたものかと頭を巡らしていると、不意に部屋の扉の外から声がかけられた。

「カズヤ〜。いるか〜?」

 カズマを「カズヤ」と云い間違えるのその声の主は、間違えようもないほどに良く知った人物だった。
 ストレイト=クーガー。
 カズマの兄的存在の人間だ。

 ギクッ。

 と、身を竦ませ気配を消す。
 今部屋の中にいることを悟られるはなんとしてでも避けたかった。

「入るぞ〜」

 にもかかわらず彼の兄は部屋の主の了解など取りもせずに、ロックされた部屋をいとも簡単に開けて勝手知ったるなんとやらとでも云うかのように、ずかずかと遠慮もなしに入ってくる。

 逃げることも隠れることもできずに、唖然と突っ立っている事しかできなかった小さいカズマ――通称ちびカズマ(爆)は当然のことながらクーガーの目に止まる。

「ん?誰だ?」

 ここはカズヤの部屋だよな〜?

 などとのんきに首を傾げるクーガーに、カズマは大量の冷汗をかきながらじっと黙っている。

「しっかし、ガキの頃のカズヤに瓜二つだな…。あいつには血の繋がった兄弟なんていなかったと思ったが…」

 いたとしてもカズマは自分の出生を自分でも記憶していない。
 どこかに兄弟がいたとして、それをカズマが安穏と受け入れることもなければ、また兄弟がカズマを訊ねてくるような事もいないだろう。

「おい、お前なんて名前だ」

 とりあえずクーガーは訊ねた。
 特別詰問するというような口調ではない。
 迷子であろう子供に純粋に問い掛けるものであった。

 だがしかしカズマはおおいに焦っていた。
 名前を訊かれて素直に答えられるはずがない。

 かといってそれをやり過ごす為の名前をとっさに名乗れるほど今のカズマは心穏やかでもなければ、たとえそれが普段であったとしても、とっさに嘘をでっち上げるなどという芸当はカズマにはまず無理だろう。

 のでカズマの頭の中は真っ白だった。

「カ…」

「か?」

「カズヤ…」

 出たのは彼の兄――クーガーがいつも自分の名を意図的に間違えて呼ぶものだった。

「カズヤ?」

 クーガーは僅かに目を見開いて驚いたようであったが、すぐにその顔を引っ込めるとにやりと、人の悪い笑みを浮かべた。

 カズマはクーガーのそんな笑みを見て嫌な予感に襲われる。
 ぞくり。と背筋に悪寒が走るのが分かった。

「そうか。カズヤか」

「お、おう…」

 クーガーの言葉に、カズマは警戒心丸出しで、引きながら応じる。
 しかしクーガーはそんなカズマの様子にはまったく意に介しはせず、にっこりとした笑顔を作っていった。

「おもしろいからみのりさんに見せに行く」

「は?」

 カズマの呆けた言葉が発せられた頃には、カズマはすでにクーガーに抱えられて部屋の外にいた。

 ストレイト=クーガー。
 何よりも早さを求める男。
















「ほんとに、カズマさんにそっくりで可愛いですねv」

「でしょう、みのりさん。面白いのでぜひお見せしたくて」

「水守です。…ところでクーガ―さん」

「ああ、すみません。で、なんですか?」

 カズマはそんなクーガーと水守のやり取りをぼんやりと見上げていた。

 もはやこの二人相手では自分が逆らうことなどできないと、日々の経験から悟っている。
 大人しくしているのが一番だ。

「ええっと…カズヤ君…でしたっけ。この子の名前」

「本人が云うにはそうです。な、カズヤ」

 クーガーが突然自分に言葉を浴びせてきたので、カズマはとりあえず慌てて首を縦に振った。
 彼はニヤニヤと相変わらず意味深な嫌な笑みを浮かべている。

(にゃろー…ぜってぇなにか感づいてやがるな)

 クーガーの笑みを見て、カズマは胸中で悔しげにうめく。
 決して表に出したりはしないように注意ながら。

「どうぞどうぞ。良かったな、カズヤ」

「へ?」

 カズマが胸中で毒づいている間に、二人の間で何らかのやり取りがあったらしい。

 クーガーが笑ってカズマに聞いてくるが、話を聞いていなかったカズマには何の事だか分からない。ほうけたような声を出せば、クーガーは呆れたようにカズマを見た。

「聞いてなかったのか…まったく」

「良いんですよ、クーガ―さん」

「しかし、みのりさん」

「水守です」

 毎度の同じ会話の後に、水守はカズマに向き直った。
 カズマの視線に自分の視線を合わせるように、僅かに膝を曲げてくる。

「あのね、その服だと、カズヤ君にサイズが合ってないでしょう?それに、少し汚れて過ぎてるし・・・。私、今日はこれで仕事も終わるから、これからお洋服を見に行かないかしら?」

 水守の言葉に、カズマは別にどうでも良いと思った。
 はっきりいって、今は服になど構っている場合ではない。
 一刻も早く元に戻る方法を見つけなければならないのだ。

 否定のために首を横に振ろうとして、しかしカズマはそうすることができなかった。

「行くよな…カズヤ」

 低くそう云うクーガーに頭が抑え付けられ、縦にしか首が動かせなかったのだ。
 彼の目は据わっている。

 コクコク。

 その余りの恐ろしさに、カズマは慌てて首を縦に振る。
 クーガーに逆らうことのできないカズマは、クーガーが好意を抱いている水守には自然逆らえないということに、この瞬間になってようやく、始めて気が付いた。

「良かったわ…それじゃあ」

「送ります!みのりさん!!」

「水守です。送って頂かなくても結構です、クーガーさん。それに、あなたはこれから仕事でしょう?」

 にっこり笑って云う水守を見上げながら、カズマは先ほど思ったことをすぐさま訂正することとなった。

(こえ〜…)

 彼女に逆らえる者などいないのだ。
 最高の冷笑で我が道を行く彼女には…。

 桐生水守。
 自分の我侭に全てを巻き込む女性。
 自分の欲望の為には全てを犠牲にする強さ。

 カズマはこの日、少し大人の世界を垣間見た気がした。
















「イヤだ〜!!!」

 そう泣き叫びながら出てきたのは、ピンクのフリルが可愛いドレスに身を包んだ五〜六歳の子供だった。

 子供が出てきたのはおしゃれな外観の子供服専門店。
 市街の奥様方にはかなり人気があると評判の店だった。

「カズヤ君!!」

 子供の後に慌てた様子で外に顔を出したのは長い黒髪の美しい女性。桐生水守だった。

 そう。
 店から泣ながら出てきたのは赤い髪に琥珀色の瞳…ピンクのドレスを着せられたちびカズマだった。

 水守が店の扉から顔を出した時にはすでに遅く、水守の着せ替え人形よろしくフリルのドレスをとっかえひっかえ着せられてとうとう我慢できなくなり店を飛び出したカズマの姿は、遥か人ごみの彼方に消えていた。

「残念…。せっかくあんなに可愛い子を見つけたのに…」

 水守の呟きはしかし、誰の耳にも届かなかった。

 彼女の心にあるのは可愛く愛らしいお嬢様と化したちびカズマの姿。

 赤いくせのある髪には透明なオレンジのの髪留。琥珀色の瞳とグラデーションになるように服をコウディネートして…。

(もっと遊びたかったのに…)

 彼女の心の中にあるもの。
 それは謝罪でも心配でもなく、ただ無念の思いだけであった。



















 カズマは途方に暮れていた。
 ピンクのひらひらフリルの服はそのまま、髪にはお揃いの大きなリボンが結えられている。

 とぼとぼと歩くその姿は、どこか良い所のお嬢さんその者だ。
 元気なく歩く迷子のようなその姿を、人々はちらちらと横目にしながら通りすぎる。

「どうしよ…」

 カズマは溜息を吐いた。
 この姿でHOLDの自分に与えられた自室まで行くのは無理だ。
 というよりも、知り合いや顔見知りには絶対にこの姿を見られたくないというのがカズマの素直な心境だった。

 女の子の格好をさせられた自分のそんな姿を知り合いに見られたいと思う少年は普通はいまい。
 その格好には意味も何もないのならば尚更だ。

 ぼすっ。

 にぶい音と共に鼻頭に衝撃を受け、カズマは痛みに顔を顰めた。
 痛む鼻を押さえながら前を見やると、そこには誰かの足。
 どうやら下を向いて歩いていたために、通行人とぶつかってしまったらしかった。

「あっ…すみませ…ん……」

 非は下を向いて歩いていた自分にあると思い、カズマは慌てて謝ろうとし、途中で言葉を切った。

(ゲッ…)

 胸中でうめく。
 目の前にいたの良く見知った赤い瞳に碧い髪の――。

(劉鳳…)

 だった。

「こちらこそすみません。大丈夫ですか」

 やわらかな…女性が見たら一様に頬を朱く染めそうな微笑で劉鳳は云った。

 カズマの現在の容貌、服装。
 そしてすぐに謝罪を返してきたその態度に、劉鳳は彼女がとても良い子のお嬢ちゃんだと思ったに違いない。

「あ…えっと…平気…です」

 カズマは視線を反らしながら云った。
 何がなんでもばれるわけにはいかない!
 そんな焦りがカズマの心を支配する。

(クッソー!!なんでよりもよってこいつに逢うんだよ!!)

 カズマは胸中で思いっきり悪態を付いた。
 今日はこれで何度目だろうか。
 もう数えるのもバカらしかった。

 そしてこちらは劉鳳。
 彼は出会ってすぐに恋に落ちた(爆)

 赤い髪に琥珀色の瞳。
 全体からかもし出す全ての雰囲気、愛らしさが、彼の思い人を連想させるその少女。

 ピンクにフリルのドレスがとてもよく似合い、尚且つその少女少女としたおしとやかさ。

 まさに理想の異性!!

 彼の脳は振る回転で回った。
 現代の源氏物語計画!
 源氏物語の主人公光源氏が理想の女性として紫の上を育て上げた様に、理想の姿のこの少女を理想の女性に育て上げたい!

 その為にはどうすれば良いのか。
 彼の頭はかつてないほどに急速回転し、彼の穏やかな表情はいつもの数倍の冴えを見せて彼の心中を覆い隠していた。

 五〜六歳の少女に十七歳の少年が萌える。
 はっきり云って危ない。
 というか犯罪…(汗)

「こんな所を一人で…お母さんかお父さんは一緒じゃないのかい?」

 危ないおじさんが子供に声を掛ける時のお決まりの台詞で劉鳳は訊いた。別に善良なおまわりさんもこういう訊き方をするのだろうが、今の彼はどちらかといえば前者の心境に近い。

「ああ、ええっと…一人だから」

「一人?」

 しどろもどろに俯いて話すカズマに劉鳳がいぶかしんで眉根を寄せた時、不意にカズマの腹の虫が「グ〜」というこきみよい音を立ててなった。

「お腹が空いてるのかな?」

 劉鳳の微かに笑いを含んだ台詞に、カズマは顔を真っ赤にした。

(よりにもよってこんな時に…!!)

 自分の腹だが今はとてつもなく忌々しい。
 こんなにも情けない姿を見られただかには飽き足らず、よりにもよってこんな情けない醜態を晒すとわ!

 一生の恥とでも云うかのような苛立ちにもはや顔も上げられないカズマの姿を、しかし劉鳳は別の解釈で受け取った。

 異性。もしくは見知らぬ他人の前でお腹が鳴るなど、少女にしてみれば余りにも恥ずかしいことなのだろう。
 幼心にもそれを感じ、余りの恥ずかしさに顔も上げられない。

 劉鳳はそう考えたのだ。
 そこで黙ってしまった少女世よりも先に言葉を紡ぐ。

「アイスでも御馳走しましょう。ぶつかってしまったお詫びに」

 劉鳳の言葉に、カズマはぴくりと反応した。

 アイス。

 それはカズマが市街に来てからはまった、今では彼の好物の中でもかなりの上位にランク付けされている代物(しろもの)だ。

(食いてぇ…)

 お腹は空いていた。
 いろいろ考えたりもしたからそれはもう酷く。

 一瞬よりも長い逡巡。
 カズマは首を縦に振り、劉鳳に手を引かれていた。




















 次の日の朝。
 劉鳳は困惑していた。

 昨日の仕事帰りのことだ。
 カズマにそっくりの可愛らしい少女と出会った。
 それからアイスで餌付けをし、家までつれて帰った(←それは一般には誘拐という)

 そこまでは良い(←良くない)

 問題は今朝だ。
 現在だ。

(なぜカズマがここに寝ている?)

 劉鳳はいぶかしんだ。

 彼の隣。
 白いシーツに包まれてすやすやと眠るのは、昨日劉鳳が拾ったカズマにそっくりな少女ではなく、カズマその者だ。

 気持ち良さそうに眠る彼は、今はまだ一向に起きる気配を見せはしない。

 劉鳳はほんの少し逡巡し。
 それからカズマを腕に抱き込み彼にしては珍しく二度寝を楽しむことにした。

 どうせ今日、自分は休みだし。

(やはり本物の方が断然気持ちが良い)

 そんなわけの分からないことを胸中で呟きながら、劉鳳のその表情は実に満足で幸せそうなものだった。



















 その日HOLYを無断欠勤したのは一人。

 名をカズマという。

 劉鳳のベットの中で彼に抱き締められて目覚めた赤い髪に琥珀の瞳の少年は、昨日に引き続き頭が真っ白になったと云うことだった。




































それはいったい何が起こってこうなったのか

真相は深い闇の底に隠されたまま

混乱は混乱のまま

それでも

明日は明日の陽がまた昇る
























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真闇様に捧げます5555Hitリク小説です。
内容は
「カズマが突然幼児化しちゃって劉鳳達に好きな様に扱われる話」でした。

アハハ…(汗)
すみません、すみません、本当にすみません!!
劉カズで思いっきりギャグに突っ走ったアホ小説に。
というか、これってもう小説ですらないですね(滝汗)
しかもどれもこれもが偽者臭い(特に劉鳳)

待たせに待たせてこれ…。
もう何も…こんな物でも受け取って頂ける…でしょうか?
本当にすみませんでした!(脱兎で逃げる/爆)


----------------------------------------------- モドル ----