+ 香る匂い +










甘い香り
心を惑わし
僕の心を引きつける

心に響く
心地良い香り

香る










 愛しい人を抱き締めて、劉鳳は僅かに顔を顰めさせた。

 肩口からうっすらと香るのは花の香り。
 甘い良い香り。

 しかし腕に抱き込む愛しい人からそんな香りが放たれることの原因が彼には何一つとして思い当たらずに…碧い髪のその人は美麗なその表情を顰めさせた。

「どうした?」

 劉鳳のそんな様子を感じ取ったのだろう。
 彼の腕に抱かれるその存在は、きょとんとした声音と表情で彼を上目遣いに見上げた。

 綺麗な琥珀の瞳が覗き、劉鳳はその視線に己が褐色の瞳を向ける。

「なんの香りだ?」

 憮然とした表情をかくしもせずに訊ねれば、腕の中の愛しい人は一瞬なんのことかと視線をさ迷わせ。
 それから思い当たることが見つかったらしく、劉鳳の瞳を真っ直ぐと見て口を開いた。

 悪びれる様子など微塵もない。
 至極不思議そうな表情だった。

「さっき風呂入った。クーガーからニュウヨクザイ・・・だっけ?貰ったから入れてみたんだ」

 曰く。
 その時に香った匂いが花の香りだったので、それが残り香として身にしみついているのだろうとのことだった。

 劉鳳の腕に抱かれるその存在の名をカズマ。
 彼のいうクーガーというのは、劉鳳とカズマの仕事の同僚であり、カズマにとっては兄のような存在であるらしかった。

 カズマの答えに、劉鳳は再び眉を顰める。

(またクーガーの奴か…)

 胸中で苦虫を噛み潰したように呟く。
 眉間の皺も一層増えたようだった。

 そんな劉鳳を不思議そうに見つめながら、カズマは入浴剤の香りがそんなに自分から香っているものかと、自分の肌に鼻を近付かせていた。

(う〜ん…自分じゃわかんねぇ)

 そんなに分かるものだろうかと首を傾げる。
 見上げれば劉鳳は相変わらず自分を抱き締めたまま、何やら考え込むように黙り込んでいる。
 その険しい表情を見ながらカズマは呆れたように胸中で呟く。

(ま〜た、一人で考え込んでるなぁ…こいつ)

 何かあるとすぐに自分の中へ没頭して周りが見えなくなるのだ。
 これではただ声を掛けたくらいでは気が付かないだろう。

 カズマはどうしたものかと頭を巡らせる。
 そしてすぐに思いつくちょっとした悪戯。
 気が付かれぬ程度に悪戯っ子の見せるそれと同じ笑みを零し、カズマは未だ自分の世界に没頭中の劉鳳を覗き見た。

 そおっと。
 自分を包み込むようにしっかりと抱き締めるその人には気が付かれぬよう、慎重に腕を伸ばし…。

「!」

 劉鳳の肩に手を置きその唇に己のそれを当てれば、彼の赤い瞳は驚愕に見開かれるから…。
 褐色の瞳に自分の姿がはっきりと写っていることに満足して、カズマは胸中で悪戯成功に微笑った。

「余所見してんじゃねーよ」

 生意気そうな微笑と共に投げ掛けられた言葉に、劉鳳は暫し呆然として。
 それからふっと笑みを零した。

「それは悪かったな」

 そう云って今度は自分から口付けを送る。
 くすぐったそうに、それでも嬉しそうにカズマは劉鳳からの口付けを受け、劉鳳の肩に置いてあったその腕を彼の首へと回す。

 そうすれば劉鳳は尚もきつくカズマを抱き締めて返すから。
 口付けは次第、深いものへとなっていき。


 夜が深くなっていく。


 抱き締めるカズマのその柔らかな肌。
 いつもとは違う意味での良い香りに、劉鳳は我を忘れて溺れていった。



 その…愛しい存在に。










「で?」
「何がだ?」

 ベットの上。
 共に横になりながらカズマが訊ねれば、劉鳳がそれに疑問符で返す。――何を質問されたのかがわからない。

「だから、いったい何考えてたんだよって訊いてんだよ」
「何と云われても…」

 劉鳳は口をへの字に曲げた。
 考え事といわれていも、一体いつの事をいっているのか。

 言葉足らずなカズマの言葉の真意は一向に飲み込めず、表情でそれを伝えればカズマは苛立たしそうに、それでも律儀に言葉を紡ぐ。

「だから!…ニュウヨクザイ!……クーガーにもらったって云った時だよッ。なんか考え込んでただろ!お前」

 云われ、劉鳳はようやく合点がいった。
 あの事か…と、今の今まで自分でも忘れていた事を掘り返されて瞬間きょとんとする。
 劉鳳にしては珍しいその表情も、少々苛立っているカズマには感慨深げに鑑賞している余裕がない。
 暫らくは互いに黙したまま…ようやく劉鳳が重い口を開いた。

「…お前はいつもクーガーの事を話す」
「は…?」

 思いもよらない劉鳳の言葉に、カズマはそれまでの怒りの表情を呆けた物へと変える。
 その表情の愛らしさに劉鳳は思わず顔を綻ばせ、カズマを胸に抱き込んだ。

「一日の内に一度以上だ。…お前が奴のことを語らない日はない」

 不貞腐れたような劉鳳の声音が響き、カズマは暫らくぽかんとしていたが、不意に小刻みに肩を震わせて笑い出した。

「ククク…」
「?」

 突然笑い出したカズマに、劉鳳は訝しげな視線を向ける。
 その視線に気づき、カズマは劉鳳の胸に抱かれながらも彼の表情を見やるために顔を上げた。

「いや…なんつーか……。それってヤキモチ…ってやつ?」
「……」

 にやりと笑って訊けば、劉鳳は上目遣いに自分を見ているカズマに視線を合わせたまま押し黙る。
 そんな劉鳳を見て、カズマは再び笑みを零した。

「かわいーのなぁ、お前ってさ」
「な…」

 それはお前の方だろう。
 とは云わず。劉鳳は余りのカズマの台詞に絶句する。

「照れるなって。…でも安心しろよ」

 前半は笑ながら。
 後半部分は笑いを一切消し去り真剣な声音で云うから、劉鳳の表情も自然と真面目なものとなる。
 カズマの真意を促がすように次の台詞を待てば、カズマはやんわりとした微笑を作り。

「クーガーは好きだけど…愛してるのはお前だけだからな、劉鳳」
「カズマ…」

 劉鳳はその台詞の内容に一度目を見開く。
 信じられない。
 正直に云えばそう思った。
 彼からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったのだ。

 しかしそれはすぐに喜びの表情に変わる。
 驚き以上に、後から湧きあがってくる嬉しさの方が大きい。
 だから伝えずにはいられなかった。
 言葉にせずにはいられなかった。

「俺も愛している…カズマ」


 お前だけを……。


「うん」

 知ってる。

 そう答えて、カズマは瞳を閉じた。
 愛しい人に抱き込まれ。
 やわらかな眠りにつくために。

「おやすみ…劉鳳」

「おやすみ…カズマ…」

 言葉を交わして。
 暖かな夢の中へ。

 落ちていく。


 共に…。










甘い香り
香る

夢の中

暖かく

心地良い香り
君の…
香り……













僕の心を満たしてくれる

君の香りに酔いしれて

どこまでも落ちていく

君に溺れていく

誰にも渡したくなくて

腕の中へ閉じ込めさせて

君の…

その香りさえも











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こめんと *----------------------------------------------------------

 nanao様に捧げます11111HITリク小説です。
 リクエストは「劉カズで劉鳳が嫉妬しているところ」でした。
 嫉妬…?
 すみません!!もう本当にすみません!!全然応えられてないです。
 もっと劉鳳が嫉妬しているところをギャグテイストにきちんと(←重要/笑)書こうかと思っていたのに…何がどうなってこう?というか、最初に思い浮かんだのって鬼畜?(爆)リクエストで指定もされてないのに裏行きはダメだろう…(滝汗)――と云うことで。
 せっかくリクエストして頂けたのにこんな物を…受け取ってもらえると嬉しいです(謝)---2002/01/02---2002/12/08微改

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