美しい空などいらない













この広がる空の下
荒野が続く

何もない、ただ広がる地平

もはやカタチを成さない石造りの壁が落ち
静かにそこに佇むのみ

その石造りの壁の上
もはや壁ではなく、岩と化したそれの上

一人

空を眺める者


空を眺めているのか
地平の先を見つめているのか
あるいは何も見てはいないのか

それは何もわからない

ただそこにいる者

一人


気の無い瞳で見つめる先にあるものは
その物が思うことは
感じていることはなんだというのか


それは誰にもわからない




そして誰もいなくなる
































 美しい空なんかいらない。
 輝かしい未来など欲しくも無い。

 けれど。
 もし一つ望むのならば。
 与えられると云うのであれば。

 ただ一つ。

 暖かな寝床がほしい。


 怯えることなく。
 震えることなく。
 やすらかに寝られるところ。

 暖かな人がいて。
 暖かな思いを抱いて。
 心地良い夢を見て。

 朝になれば目を覚ますのだ。

 そんな寝床がほしい。
 そんな…空間がほしい。

 そんな、……が…ほしい……。

















 赤茶けた髪はどこか癖があり、その一部分の色は変色してしまっている。琥珀の瞳は気だるげで。
 まるでやる気など感じさせなかった。

 獣の瞳とはいつも激しくぎらついているものだと思っていたが、そうではないらしい。
 いつも隙の無い瞳でいる獣たちの眠る瞳は、それこそ実に愛らしいものであったりもする。だが、彼が時折見せるしれは、獣が眠る時に見せるようなものでもなかった。

 その瞳は虚空を写している。
 それを写していないのであれば、あとはいっそ、何も写してはいないことになる。―――その瞳は開かれているのにもかかわらず。

 飴色の瞳。
 想像も及ばない長い時間を閉じ込めた石と同じに光る色。
 カズマはぼんやりと座り込んでいた。

 特に何をしているわけでもない。ただそこに座り込んでいるだけである。
 そこに腰を下ろし…ただぼんやりと空(くう)を眺めていた。

 本当に何もないのだ。
 ただ荒野が広がっているだけ。

 それでも彼は飽きることなくぼんやりと、ある一点を見つめ続けている。

 時々見せるのだ。
 本当に時々。
 彼はそんな姿を見せるのだ。

 彼と共にいる小さな少女とか、少女の手伝いに行っている牧場の人間だとか。
 そんな、彼が特殊な能力を持つ事を何も知らない人間達に、いつも彼が見せる気だるげな様子とはまた違った・…姿。

 どこを見ているのだろうか。
 どこを見ているのだろうか。

 何も見てはいないのだろうか。

 何を想っているのだろうか。
 何を想っているのだろうか。

 何も想っていなどいないのだろうか。

 それは誰にもわからない。


 ・……彼には…分かっているのだろうか?


「何を見ている?」

 背後から…不意に声を掛けて来たのは、碧い髪に赤い瞳の少年―――劉鳳。

「……いろいろとな…」

 カズマは振り向きもせずに答えた。―――答えたことだけでもエライのだといわんばかりに彼の背中が無言で語っている。

「いろいろ?」

 ここには何も無いのに?

 劉鳳は眉を顰めていぶかしんだ。
 空も地平も雲も太陽も…瓦礫も……。特別見るとして見るような物ではないと思った。

「いろいろだよ…いろいろ………」

 たとえば過去で。
 もしかしたら未来で。
 それは今かもしれない。

 いろいろな時間がごちゃ混ぜになったようなところ。

 それは人々の笑顔かもしれない。
 自分の触れたことの無いようなぬくもりかもしれない。
 暖かな笑顔と言葉と家。

 それは自分が心のどこか…自分すら気づかないほどの深い片隅で思い描いた夢かもしれない。

 知らない国。
 知らない人。
 草原と風。

 ここではないどこか。

「どこでもいいし…なんでもいいんだ」

 実をいえば何も見ていないのかもしれないのだから。

「……」

 遠い空と海。
 風。

 劉鳳は何も云わずにカズマを後ろから抱き締めた。

 どうせ誰かも分からない自分だから。
 どうせ居なければならない場所も無い自分だから。
 どうせ、居てもいい場所なんていないし。

 自分にいてほしいと思ってくれる人間もいないから。
 だから。

「一人で…勝手にどこかへ行くな……」

 劉鳳が云い、しかしカズマは相変わらずどこか遠くを見つめたまま。……ぼんやりと。











 どうせ何もいらない自分だから。
 どうせ何も無い自分だから。

 時々。
 ふらりと流されそうになる。

 どこへともなく。

 その言葉と腕だけが、今の自分をここに止(とど)めているのかもしれない。
















 ぼんやりと遠くを眺め、そのまま。



 カズマは一筋涙を流した。






























美しい空などいらない
優しい言葉もいらない

暖かな未来もいらない

だから

ただいっそう抱き締めて
抱き締めて離さないで
キミに縛りつけていて

そうでないと
僕はどこかへ流されてしまう

何かに捕らわれていないければ
僕はどこにもいられない

























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コメント +----


カズマにはかなみちゃんも君島くんもいるじゃないか!
という突っ込みはお願いですからなしです。
これはそういう意味で書いたのではないので…。
カズマがぼんやりとして座ってるんです!
どこか見てるんです!!それを書きたいんです!!
でもちっとも書けないんです…(泣)
ご意見ご感想いただけると嬉しいです。


------------------------------------------+ モドル +----