+ 祈り +




















厄災を運んで流れて…

























「なんだ?それ?」

 カズマは琥珀に輝く瞳をきょとんと見開いて訊ねた。
 その目に写っているのは、彼にとって最愛の少女。
 今は兄と妹ほども歳の離れたその少女の名前は由詑かなみ。実年齢よりもずっとしっかりとした強い子である。強くて…優しくて健気な…。カズマにとってはかけがえのない存在。

 そんな少女が持っているのは小さな造りかけの人形が二つ。
 どちらも掌サイズの物で、特別に凝って造られているとかいったものではない。余った布などで簡単に造ったものといった感じのものだった。

「えへへ。これはね、雛人形っていうんだよ」

 かなみはどこか照れたように頬を朱めらせて云った。
 人形は二つ。
 一つは女の子。もう一つは男の子をかたどっている。

「ひなにんぎょう?」

 初めて聞く単語に、カズマは小首を傾げた。
 そんなカズマの様子を見て、かなみはかわいらしく笑う。
 くすくすと笑うかなみに、カズマは居心地悪そうに顔を顰めて頭を掻いた。

「これね、私とカズくんなの。これを川に流すとね、一年の危ないこと、全部消えるんだよ」

「ふ〜ん…」

 いまいちカズマの興味を引くような話ではなかったらしい。
 相変わらずの――とはいっても、彼がそんな自然な表情を見せるのは極限られた人間だけなのだが――ぼんやりとした表情で、頭に手を置いたままかなみの様子を見やっている。
 かなみはそんなカズマの様子を横目に見て微笑すると、まだ造りかけのその人形を造る作業を再び再開した。











「でーきた!」

 暫らくしてから、かなみの嬉しそうな声が荒野に佇む廃診療所に響いた。
 椅子から腰を上げ、できたばかりの雛人形二つを掲げて見る。

「うんv上出来だよね」

 かなみは自分で作り上げた人形のできに満足そうに笑って云った。
 種類を問わず物資が不足しているロストグラウンドだから、とうてい上等の布など手に入るわけがない。余り物の布を寄せ集めて作ったものだから、つぎはぎだって多い。
 けれど、それはとても可愛らしい物に仕上がっていた。

「カズくんに…」

 見せに行こうと踵を返しかけて、かなみは躊躇い立ち止まった。
 思い出すのは先ほどの光景。
 人形にはまったく興味のなさそうなカズマの姿。

(見せにいったら…迷惑かなぁ……)

 かなみは小さく頷き、できたばかりのその人形をぎゅっと胸前で抱き締めた。
 自然と涙が出そうになって、慌てて頭を横に振る。そうすることで、嫌な考えを追い払おうとしたのだ。

(見せるだけなら…いい…よね……)

 見せるだけ。
 目の前に掲げて見せるだけ。
 別に何かを云ってもらいたいとかじゃなくて、本当に、ただ見てもらいたいだけなのだ。

 かなみは胸中で必死にくり返しながら、無意識の内に小走りになっていた。
 向かうのはカズマがいつも寝室にしている元診療室。
 今日は仕事がないといっていたから、彼はそこで寝ているはずだ。

(今日じゃなきゃだめなんだもん)

 その為に牧場のお手伝いもお休みした。
 だいぶ前から布を集めて、牧場の手伝いと家事の合間を縫って少しずつ少しずつ、人形を作ってきた。

 今日は三月三日。
 雛祭り。
 雛人形を祭り、幸福を祈る日。

 雛人形は依りしろ。

 一年の厄災をその身に受けて、川を渡って遠く遠く大地の果てへ。










「カズくん!」

 音を立てて部屋を訪れれてみれば、目的の人の姿はそこにはなく。
 いつもは必ず出かける前に声をかけてくれるはずなのに…。

 聞き逃した?
 自分が?

(そんなはずない!)

 かなみは心の中で首を激しく振って否定する。
 自分が彼の声を聞き逃すはずがない。

(カズくん?!)

 どこへいったの?

 怖い。
 どこ?
 どこにいるの?!

 がたん。

 扉の開く音が玄関から響き、かなみは過敏なほどにそれに大きく反応して振り返った。
 体が動かない。
 胸に人形を抱き締めたまま、ただ硬直したかのように廊下と部屋を繋ぐその場を見つめる。
 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。

「かなみ?」

 姿を現したのは赤い髪に琥珀の瞳。
 きょとんとした不思議そうなその顔。
 どこも怪我などしていない。

 いつもの彼。

 かなみはぺたり。と、その場に座り込んでしまった。
 目は呆然と見開かれたまま、カズマを凝視している。
 慌てたのはカズマの方だ。
 いきなり座り込んで泣き出したかなみに慌てて駆け寄ると、その頭を自分の胸の中へと抱き寄せる。

「おい…どうしたんだよ……」

 自分の胸の中で涙を流し続ける少女に、カズマはどう対応していいかが分からずにただおろおろするばかりだ。
 元々こういうことにはなれていない。

「心配…したん、だよっ……」

「かなみ?」

 嗚咽交じりにかなみは声を上げる。
 カズマの胸に抱きついたまま、必死に言葉を紡ぐ。

「カズくん、私、知ってるよッ。いつも…危ないこと、してる、って……」

 でも、いえないよ。
 やめてなんて云えないよ。
 とめられないよ。
 あなたの生き方を、とめることも、否定することも出来ないよ。

「だ、からッ。雛人ぎょ…う……作って……」

 聞いた話。
 どこで聞いたかなど忘れた話し。
 聞いたことがあるだけで、実際には実行したことなどないこと。


 雛祭り。
 三月三日。
 人形に厄を乗せ、一年の幸福を祈る日。
 厄は人形に乗って…川を流れてこの世の果てへ……。


 あなたの無事を祈って。
 これから起こるかもしれないあなたへの危険を少しでも取り除きたくて。
 今日というこの日のために造った。

 かなみはかずまにしっかりと抱きつき、その腕を離しはしなかった。
 彼女にしてはとても珍しいその行為に、カズマが自分の身に回された、まだ頼りない腕をとこうとすることはなく。いつも以上に優しい仕草で、その少女の頭を撫でてやるのだった。











 小さな川原。
 夕日が川の水にはね返り、きらきらと赤く輝いていた。

 かなみの造った雛人形を二人で流す。
 二人の今年の厄は、あの人形に乗って。
 遥か世界の果て。

 そう願う。

 危ないことばかりしているこの人の無事だけでも…せめて。
 この人が無事に帰ってきてくれることが、何より私の幸せだから。

「かなみ、これ」

「?」

 人形がだいぶ流された頃におもむろに差し出されたのは、小さな掌サイズの人形。
 かなみは一瞬だけ不思議そうな顔をして人形を見つめて。きょとんした翡翠の瞳のままにそれからカズマを上目遣いに見て。
 カズマの顔は夕日に染まってではなく、朱い。
 照れているのだろう。
 かなみから視線は外されている。

 かなみは嬉しそうに笑い、カズマの手からその人形を受け取った。
 そうすれば、カズマはホッと胸を撫で下ろして、かなみに視線を戻す。

 かなみは先ほど受け取ったばかりの人形を胸に抱いて微笑んでいる。

 それは―――。






























それが嘘でも構わない
でもね
それでも
いつも危険なことばかりする
あの人の無事を祈らせて

あなたの生き方
あなたのすべて
私はそれを見続ける
一緒に歩けなくても…
邪魔になら無いようにするから
傍にはいさせて

そして祈らせて

あなたの無事を
祈らせて






















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こめんと +--------------------------------------------------


 なんか微妙に暗い?
 雛祭りネタを書こうと思っただけなのになぜ?
 雛祭りについて気ちんと調べ直せば良かったなぁ〜。ちょっと時間がなくて浅い知識の中でやっちゃったのが悪かったですね。
 しかも言葉足らずな部分ができてしまったかもです(汗)そしてあとはタイトルですか。タイトル考えるの苦手です…(泣)

 書き方、いつもと少し変えてみました〜。
 ご意見ご感想頂けると嬉しいです。


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