+ 料理 k-side +




















だって、何かをしたいから

私にできることならなんでも




















 それは雨の降る日のことでした。
 突然の、そして特別の雨でした。
 雨宿りのために駆け込んできたその人に、私が差し出したもの。

 すべてを与えるか。
 すべてを奪うか。

 二つに一つだと、その人は私に云いました。
 きれいな、きれいな…まるで蜜のようにきらめく美しい琥珀の瞳。赤茶けた髪から覗くそれに瞬間見惚れ、そして私は差し出したのです。

 一つのパンを二人で分け合う。
 誰かと一緒に分かち合う。
 それが素敵なことなのだと、これほどまでに自分が感じたのは初めてのことで。

 それが、「誰か」と分かち合ったからなのではなく、「彼」と分かち合ったからなのだと…そう気がつくのは、もう少し先のことだけれど。
 それでも、感じたのです。

 やすらぎ。

 言葉にすることなどできないけれど、心の中がどうしようもなく温かくなるその感じ。
 だから、私は彼の手を取ったのです。





 彼が自分がお家にしているといって私を連れていったのは、今はもう崩れかけているようにも見える小さな診療所です。中にはいるとそこには埃が積もっていて、彼はきっと掃除などしていないのだということが訊ねなくともわかりました。
 見た感じだと…彼にはとっても失礼なのですけれど…ものぐささんに、見えます。
 きっと、お掃除もお洗濯も、お料理も…みんな苦手でできないんじゃないでしょうか。

 彼のお家へ行って、すぐに彼はお仕事に出かけて行きました。
 彼を迎えに来たの人を、そのときはちらりと垣間見ただけで…後に、その人も私にとってもとても大切な人の一人になるのです。
 でも、一番で特別なのはやっぱり彼なだということも知っていました。

 一日目は帰ってきませんでした。
 いつ帰れるかなどとは彼自身にも答えられないようで、どこか困ったような表情を見せて出かけて行った彼の姿を思い出します。
 そんな他愛も無い砕けた表情が、可愛いなんて…男の人は嬉しくないですよね?
 でも、そう思ってしまったんです。

 二日目の朝を迎えても、彼はまだ家には帰ってきていませんでした。
 出かけていく前に、使えるベットはどれでも使っていいからと彼は云っていたので、一つだけ簡単に埃を落として眠りました。
 ベットはどれも埃が積もっていて…彼がどこで寝ているのかを知るのは、もう少しあとです。

 暇を紛らわせるためでもありました。
 寂しさを紛らわせるためでもありました。
 でも、一番は。
 彼を、暖かい「私たちの家」で迎えたかったから。

 帰ってきたときに、答えてくれる人がいる。

 そんな、幸せ。





 まずは締め切っていた窓を開け放って。
 太陽の光が思っているよりもずっとたくさん、眩しいくらいに入るのだと知りました。
 元は診察室だっただろう部屋には、大きな木が床も壁も突き破って生えていて…すごく、きれいでした。

 家の中に緑がある。

 人がいない代わりに、彼を護ってきたのでしょうか。
 あの、雨の日に見た。
 彼の孤独。
 私の孤独。

 この世界にいる人たちの心には、孤独が渦巻いています。
 淋しくて、哀しくて、でも、それでもみんな一生懸命、いっぱいいっぱいの気持ちで生きています。
 感じます。

 この緑の中で。
 人とは違う、静寂の温もりと穏やかさと、安らぎの中に抱(いだ)かれて。
 彼はまるで母親のお腹の中にいるように、眠っているのでしょうか。

 上に積もった埃を落としていきます。
 葉の一枚一枚を拭いて。
 床を拭いて。

 一日ですべての部屋をぴかぴかにすることはできないとわかっていたけれど、その時間は決して辛くは無かった。だって、すごく充実していたから。
 身体がとっても疲れたんです。
 でも、まだ休むわけにはいきません。

 帰ってきて、彼がお腹を空かせていたら?

 だって、お仕事に行くと云っていました。
 お仕事から帰ってきたら、疲れているでしょう?
 お腹が空いているでしょう?
 ベットは全部ふかふかにしておくです。
 彼がどこで寝ても平気なように。……もちろん床で寝てしまってもね。

 何日同じことを繰り返したのでしょうか。

 それは問題ではありません。
 問題ではないのです。
 気にする必要が無いのです。
 数えてなどいないのです。

 だって、彼は必ずここに帰ってくる。

 彼の家であるここにではなくて、ここに。私のところに。
 きっと。

 だから、私はいつまでも、いつまででも、待っています。
 待っていられます。
 掃除をします。
 作り続けます。

 彼を迎えるための、温かな料理を。





「おいしい?カズくん」

「マズイ」

 訊ねれば返ってくる答え。
 一番初めから、それは変わらない答えです。

 照れてるんだもん。
 絶対。
 きっと。
 ……多分。

 だって、だって、まずいって云いながら、それでも、全部残さずに食べてくれてるもん。
 もしかしたら、ただ食べるのが好きなだけなのかもしれないけど……。

 でも、でも、彼のお友達の君島さんは、おいしいって云ってくれたよ。
 その人はとってもおしゃべりそうで…カズくんとは正反対で口がうまそう…だけど…でも、うそは云わないと思うの。

 だから、カズくんは照れてるんです。
 私はそう思うことに決めました。

 でも、お料理どころか掃除もお洗濯もできないうえにお金も数えられないダメ人間さんに「マズイ」なんて云われ続けるのは、悔しいから。
 だから、がんばろうと思います。

 いっぱいいっぱい練習して。
 お料理の練習いっぱいいっぱいして。

 いつか。

 かならず、心の底からおいしいって云わせてみせるんだから。
 照れなんて吹き飛ばすくらい、おいしい料理をあなたにあげます。

 だから、待っていて。

 私、がんばるから!!


 こうして、今日も今日とて、私は彼のために料理を作り続けるのです。




「カズくん、おいしい?」

「マズイ」




 ああ。いったい、いつまでこの会話は続くのでしょうか。




















彼は照れてるだけなんです

料理ができないのに、マズイって云って
でも、全部食べてくれてるから
だから、私は料理を作り続けるのです

私の料理を残さず食べる、彼だけのために



















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こめんと *--------------------------------------------------------

 あ〜ようやく書けました。
 微妙にすれ違ってる(ギャグな)カズマとかなみを書こうとして玉砕。当初考えていたものとなんだかいろいろ違いすぎるものになりました。書きたいことがうまく言葉にまとめられていないというのはかなりだめだめです。
 小説をUPしていいのか?とも思いつつ。でもこれしかUPできないんだ〜という叫びと共にUPです。
 何がどうなってこうなったんだか。
 やはり間を開け過ぎたのがいけなかったのでしょうか?(話をまとめてから書かないのがいけないんですね。ハイ。時間に余裕があれば…もう少しは…)
 ご意見ご感想いただけると嬉しいです-------2002/10/05

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