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ゆっくりと崩れていく躯を

どうにかして保っていた―

























 ゆっくりと。
 ゆっくりと。
 まるで風にさらされて岩山が崩れていくようにゆったりと。
 この体が、崩れていくのが分かった。

 抱き締められても、その熱を感じられず。
 傷ついても、それに対する痛みは感じず。
 ただ、常に絶えず襲いくる痛み。

 叫んだりはしない。
 泣いたりもしない。
 眉根すら、もう顰めない。

 麻痺してしまったわけもなく。
 そんなこと、絶対にさせてくれず。

 ただ、もうこの痛みにすら笑っていられるようになってしまっただけ。

 笑うことしかできないほどの痛みが、この体を疼いて疼いて疼いて…。





「劉鳳…お前、バカだろ?」

 自分の体を抱き締め続けるその碧い髪の人に向けて呆れたように云えば、案の上の不愉快そうな表情が帰ってきた。無言だが良くわかるその感情。
 思ったことがなんでもすぐにその表情に出てしまう…。実はそういう奴なのだ。

「貴様にだけは云われたくない」

 案の上の言葉。
 もう幾度となく交わし続けた言葉。

 これで何度目?

 呆れた表情の自分と不機嫌そうな彼の表情。

 あと、どれだけ続けられる?
 いつまで続けられる?
 こんな他愛もないことを……。



 こんなことが幸せだとは、もうずっと知っていたのに…。
 望んでいるのに。
 手を伸ばせばすぐこの手に入るのに…。

 それを選ばなかったのは自分。


 後悔をしていない変わりに、ただ痛いだけだった。



「こんなことされても、もうなーんも感じねェぞ」

 感覚なんてもうとっくの昔になくなったんだから。
 カズマは琥珀の瞳に呆れたような光りを湛えたままで云う。隻眼の見つめてくるその瞳は、それでもやはリ綺麗な色だった。

 ぼんやりとしている時のカズマは、実年齢よりもずっと幼く見える。
 淋しく、哀しく。静かに見える。
 静かで…酷く愛しい。

 彼の腕が劉鳳の頬に触れた。
 風と同じ色をしていた。

「手が…痺れて感覚が無くなったみたいだ……」

「カズマ…」

 劉鳳が言葉を紡ごうとして、それをカズマが遮った。ただ、穏やかに笑みを作るだけで、彼は彼に何を云うことも許さずに止めた。
 ただ、笑みを作るだけで。

 このまま、泪でも流してしまえれば楽なのに。
 お互いに。

「逢いたい人がいて…逢えるなら。逢っておいた方がいいぜ。絶対に」

 動ける内に。
 自分の体が、自分の意志で動かせる内に。
 自分が自分の行きたいところへ行けるその内に。

「ならばお前も連れていく。いるだろう?お前にも」

 劉鳳は静かに云った。
 腕にかかるカズマの重みは、本来掛かるべき重みよりもずっと軽く稀薄で…その赤茶けた髪はそれでもまだやわらかく手触りの良いもだった。

「…逢える内に逢っておけって…伝えとけよ」

 ここでは、そんな人がいるだけでもかなりの幸運だから。
 それを手放さないで。
 それに気がついて。
 大切な人。
 自分を思ってくれる人。
 そんな人が今、現実として逢える。そんな些細なことでさえ、ここでは相当の強運。

「お前が自分で伝えろ。もっとも、俺がそれを伝えたならば、彼女は間違いなくその言葉をお前に返すだろうがな」

 逢いたい人達。
 伝えたい言葉。

「オレの…家族?」

「彼女は間違いなくそう思っている」

「そっか…な……」

 劉鳳の言葉に、カズマはどこか照れたように、それでも嬉しそうにはにかんで微笑った。
 そんなカズマを見て、劉鳳はその深紅色の瞳を細めた。微笑んだのでは決してなく。心の痛みに顔を顰めた。

「なーんか悔しいよな〜」

「何がだ?」

 カズマがぽつりと呟いた。
 その瞳の色は相変わらず綺麗で…とても綺麗で。……磨き込まれた宝石のように光り輝いているのに。
 その声にはいつもの力がなく、その瞳は眠たそうで。

 ぼんやりとした表情に、劉鳳は再びその瞳を細めた。

「だってよ〜、なんでオレは今こんなんなのに、お前はまだもうちょい平気そうなんだよ」

「元々の鍛え方が違うからだ」

「うわ。すっげぇムカツク」

 カズマはゆっくりと手を伸ばした。
 それは何を触れようとしたものだったのか。
 彼は、何をその手で掴もうとしていたのか。

「これが…始まりだったんだ……」

 穿たれた手の甲が、ゆっくりと彼の胸の上に下りる。

「会いに行けよ…」

 ―――劉鳳―――

 そう云って、彼の瞳が閉じられた。





 彼は、逢いたい人に逢いに行ったよ。





「私の逢いたい人は、彼だけです」

 少女はただ、それだけを呟いた。
 そこにはただ風が吹いていた。
 彼女はただ、それだけを呟いた。

 それからしばらくして、その深紅の瞳も閉じられた。

 どこかでひっそりと。
 その瞳は閉じられた。

 あの、琥珀の瞳と同じように。
 会いたい人に会う為に。



 そこは、静かな所だった。





















逢いたい人に、会いに行ったよ


灰になった僕を、いつか

風が運んで君にも逢える




















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 あとがき +-----------------------------------------------------


 し、死にネタ?裏に置いた方が良かったんでしょうか?!(汗)
 はじめはそんな予定ちっともなかったんですが…。
 ええと。水守とかも出そうと思いました。あえてなぜかは云いません。以前、日記の方に散々書いた記憶がある…ようなないような(爆)
 感想とか頂けたら嬉しいです。こんなの配布小説にしてごめんなさいです。

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